英霊崇拝

 「見えますか?」


 サールは隣に来たアリアに向かって尋ねる。アリアは森に目を凝らすが、暗い森が広がっているようにしか見えない。


 「判らないは、何か居るの?」


 サールは真っすぐ手を伸ばす。


 「良く見て下さい、この先の木々の間あたりです。」


 サールの言葉に従って、アリアは伸ばされた手に沿ってゆっくりと視線を森に向ける。


 !!


 何かいる、動物?いや、、、


 木々の間に何かの影が走った。それは小さくは在ったが動物が跳ねている訳では無く、明らかに二本足で移動する影に見えた。


 「レティシアが気付いてくれました。脱走兵かこの辺りに住み着いている者の類だろうと思います、今確認していますが数は居ないようです。」


 サールは仕事の仲間に事態を確認させ、現状と推測を簡潔に口にした。


 「あれ?そう言えば金髪君、ヘムの彼女はどうしたの?」


 サールが口にした人物が見当たらない事に気付き、アリアは所在を訪ねる。


 「他に何か問題がないか宿営地の周囲を確認してもらっています、気配に限ってだけですが。あ、貴方の従者にも協力して頂きました。」


 元「竜の血筋」とは言え、サールは亜人デームとは思えない柔らかな物腰と礼儀正しさで応対する、格下や主従関係でも無いのにこう言った口調で対応してくる相手は、亜人デームで言えば実力者か相手の油断を誘おうと何か企んでいる奴と言うのが相場だが、サールに限って言えばそう言った気配は感じない。

 知り合って数日だが、サールの所作を見ればそれが亜人からどれほど程遠いかに驚かされる。アリア自身、己と比較する滑稽さを感じながらも、彼の出自、過去に興味を禁じ得ない。


 まず彼が崇拝する英霊「ゴア」は「調和の神」の眷属だ。


 どの眷属も自身の神に連なる祖先であった英雄を祭るが、英霊崇拝には眷属間の諍いを超えた事象が存在する。

 まず英霊達は亜人、人問わず「自由の神」が建てた「英霊の塔」に残火ザンカとして集められ、そこから世界シア見守っているからだと言われている。

 そして過去、世界創生に於いて「三柱ミハシラ」が手を携えていた時代から存在する英雄達。

 その逸話は亜人と人が争う前から語り継がれ、眷属達の心に根付いている。英雄たちの偉業や生き様、在り様から眷属達は彼等にあやかり、見守ってもらおうと職業や生活様式の守護として「英霊」に祭り上げた。

 それにより英霊はどちらの眷属かではなく、神話に語られる英雄の偉大さへの憧れ、支配者の社会規範の導として亜人、人どちらの社会にも根付き、営みを支え、人心統制に活用されている実態がある。

 そして英霊への祈りがもたらす「奇跡」の絶大な効果は誰もが無視できない。

 「癒し」と言った肉体修復の奇跡をはじめ、魔法では模倣しえないその技は代理戦争に於いて欠く事が出来ない。

 また「鬼火オニビ」と言った「残火ザンカ」が消えずこの世を彷徨い、生きる者を恨み害をなすものとして変異したモノを払い滅する事が出来るのも「奇跡」の業だからだ。


 祈りを捧げれば奇跡が起こる。


 老いも若きも問わず各地、各コミュニティー、個人に浸透している。誰もが持つ心の弱さ、迷い、見通せぬ明日への不安を払拭するため、祈りを捧げ、縋ったとしても不思議ではない。

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