ぎろんぶっ!~東高校議論部~
TK
プロローグ 議論部創設
第1話
公立東高校。
とある地方都市の数ある高校の中でも東に位置するという理由で名づけられたちょっとかわいそうな高校である。一番東に存在するわけでもないのに。
何の変哲もないはずのこの公立高校には少し変わった部活が存在していた。
それは議論部。日常にありふれたどうでもいいことから時事問題まで幅広いことを「議論」する部活である。
討論ではなく議論。ディベートではなくディスカッションであるところがミソといえばいいのだろうか。競技としてのディベートならまだしも、明確な答えや勝敗なんてない議論に終始するだけの部活がどうして存在しているのか甚だ疑問ではあるが、現に存在しているのは確かで顧問もいれば部員もいる。
かくいう僕、日根呉夫も数少ない部員の一人だ。おいそこ、名前が捻くれとかいうな。気にしてるんだぞ。
その経緯は先週に遡る。
「おい、今なんて言った!」
「だから、バカ騒ぎしたいだけなら外でやれって言ったんだよ。こっちからしたらいい迷惑なんだ。みんな我慢してくれてるけど、僕みたいに思っている人だって一定数いるんだよ。君たちのためだけの教室じゃないんだから少しは配慮してくれ」
「こいつ、生意気なんだよ!」
相手は腕を振り上げる。やばいやばい。
「なんだ、暴力にでも訴えかけようってのか? 少しは考えろよ。周りの奴だって変な目で見てるだろ」
相手は周りの目を気にしたのか手をゆっくりと降ろす。実際は僕の側のはずの教室の皆さんは目をそらして、相手の取り巻きだけが変な目で僕を見てるんだけどな。
「ふざけた口ききやがって。普段はあんまり喋らないくせに早口で気持ち悪いんだよ!」
確かにちょっと緊張して早口気味だがそんなことを指摘された程度で動揺なんてしない。ほ、本当だぞ! 決して怒ってなんかないぞ!
「口で勝てない、手を出したらまずいと思ったら人格攻撃か。全くもって救いようのない奴だな。バカ騒ぎしてるだけじゃなくって本当に馬鹿なのか?」
相手のこぶしがプルプルと震える。一度下げたはずの腕を上げようとしている。しまった怒らせすぎたな。こうなってしまっては後の祭り、言い出すのを我慢できなかった僕の負けだ。
皆は我慢してやり過ごしてるのに我慢できなかった僕が悪い、難癖をつけたのは僕の方。そんな風に片が付くんだろうなとぼけーっと考えていたその時廊下から大きな声がした。
「ちょっとまったー!」
その声に皆の注目が集まる。僕も相手もそちらに気がそれた。あの子は確か……名前は忘れたがみんなが可愛いって言ってた女子だ。多分。
周りの女子と比べてもその容姿は整っていると言えるだろう。制服は微妙に着崩し、髪は少し明るめの色をしている。染めてるのかな?
「この喧嘩の原因は何?」
皆の注目が集まってから一呼吸おいて僕達に聞いてくる。僕より先に相手が反応した。
「こいつが急に俺たちに外に出てけって言い始めたんだよ」
おいおいそんな言い方したらまるで僕が悪者みたいじゃないか。うるさいくてみんな迷惑してるからだろ?
「何の理由もなくそんなこと言うわけないよね。君、理由は?」
彼女はこちらに目を向け聞いてくる。
「教室で読書とか雑談してる人たちがいるのに、我が物顔で大声で叫んだり笑いあったりしてて鬱陶しかったから外に行けって言っただけだよ」
それを聞いた彼女が辺りを見渡すと、数名の生徒が首を縦に振った。お前ら、さっきは目をそらしてたのに。
「ということだけど、本当?」
「あ、ああ。だけどこっちは楽しくやってたのにこいつが水を差しやがったんだ」
「それで腹が立って怒鳴り散らしたのね。なるほどなるほど」
うんうんと頷く彼女はなんだかちょっとうざったらしかった。ドヤ顔するな。
「単純な第三者としての意見なんだけど、騒いでた方も悪いし、きつい言い方で事を荒立てたこの人も悪いと思うんだよね。でも室内で他の人に影響が出るような騒ぎ方をするのはちょっとマナー違反だろうから、ここはあなたたちが別の場所に行くのがいいと思うんだけどどうかな。この人にはきつく私が言っとくから、それで手打ちってことで」
あとから来た人に自分たちの騒ぎ方をダメだしされて気が引けたのか、相手はちょっと気まずそうにちらちらと他方を見渡す。女の子もそうだけどこいつの名前も知らないな。覚える気があるかと言われればないけど。
「いや、砂尾さんがそういうならまあ」
可愛い女の子相手にはスッと引きやがったな。これがスクールカーストってやつか。
女の子は砂尾っていうらしい。変な名前だな。僕が言えたことじゃないけど。というかサラッと僕に対してきつく言っとくみたいなこと言ってなかった? やだよやめてよ。女の子は苦手なの。
こうして事態は収束し、うるさかったあいつらは教室の外に出ていった。まあなんにせよ、あいつらに僕が嫌われて外で陰口叩かれていることは明白だ。ああ、早まったな。
まあいいか、読書でもしよう。そう思って席に着こうと僕も身を翻す。
「あ、ちょっと待って。君、こっちに来てもらえるかな」
チッ、忘れてなかったか。
なぜか人気の少ない場所に連れ込まれた僕は、スクールカースト上位であろう目の前の女の子に、一体どんなひどいことをされるのかと考えるだけで憂鬱な気分になりそうなので、もう思考を放棄していた。
「私は砂尾奈子。よろしくね」
まずは自己紹介か。それにしてもすなおなこって、やっぱり変な名前だな。何も考えていないところにそんなことを吹き込まれたら笑いが止まらなくなっちゃうよ。
「あっ、笑った! 人の名前で笑っちゃいけないよ! ていうか笑い方気持ち悪いし。もう、そっちは?」
笑い方気持ち悪いは失礼では? 普段表情があまり動かないから不自然なだけで、しょうがないと思うんだが。僕は必死に笑いをこらえて答える。
「ごめんごめん。僕は日根呉夫。僕も変な名前だけど、僕ぐらい変な名前な人は初めてで笑っちゃって」
そう自己紹介をすると今度は彼女が腹を抱えてぷるぷるしている。おい、人の名前を笑っちゃいけないんじゃなかったのか。
「ふ、ふふふ、ご、ごめんなさい。ひ、捻くれ男……ぷふっ」
この子の笑い方も大概だなと思いながら眺めていると、彼女は落ち着くためかふうと一息ついてこちらに向き直った。
「まあ、それは置いといて。今回助けたことを貸しにしておくから」
そら来た。何かしらパシリにでもしようというのか。
「私の作る部活に入ってみない?」
わあ―そんな無理難題、絶対嫌だーもう学校になんて来たくないよーってあれ?
「部活?」
「そう、部活。実は私とある部活を作りたくて、でも部員がなかなか集まらないのよね」
「部に所属するだけなら別にいいけど……どんな部活なんだ?」
「ちゃんと活動にも参加してもらいたいけど、まあ人数合わせでも欲しいからいいわ。私が作ろうと思ってるのは議論部なの」
議論部? 聞いたことないな。語感からなんとなくディベート部的なものを想像する。
「名前の通り、議論する部活よ。討論とは違って明確な立ち位置は必要とせずに各々の意見を出し合って一つの答えを導き出すの」
「それ、部活として成立するのか?」
「そこらへんはもう先生と話がついてるから大丈夫よ。同好会は三人からだから今から申請しに行くわ。今日から多分活動を始められると思う」
「急な話だな。僕は参加しなくてもいいんだろ?」
「先生も来るから最初は参加してもらうわよ。それで貸し借りはなしってことでいいわ」
そう言われると断れないな。もっとひどいことをされるかと思ったが大丈夫だったようだ。
「それじゃあ放課後に職員室前に集合ね」
一方的にそう言って彼女は去っていった。
放課後、職員室前に行くと二人の生徒が立って待っていた。
一人はもちろん砂尾さんである。もう一人は顔も見たことないが、一つ上の学年であることはスリッパの色で分かった。
「あっ、来た来た。中舘先輩、この人がさっき言った日根君です」
「君が捻くれ男君か、今回はこの子が無理言ったみたいでごめん。私は中舘中子、二年生だ」
「よろしくおねがいします」
若干俺の名前のイントネーションに悪意を感じた気がしたがスルーしておこう。
それにしても意外や意外、砂尾さんが誘った人だって事だからてっきりイケイケのチャラチャラした人がいるんだろうなと思っていたが、ばっちりと校則に則った服装をしてメガネをかけている。見るからに真面目タイプだ。
人は見た目で判断してはいけないとはよく言われるが、これはそう言わざるを得ないだろう。纏う雰囲気も砂尾さんとは真逆に思える。
軽く挨拶を済ませたところで職員室から誰かが出てきた。
「あっ、外村先生」
うちの担任の外村先生だ。もしかしてこの人が顧問なのか。
「三人になったって聞いたけど、もしかして日根君が三人目なの? 先生びっくりだなー」
最初の自己紹介で部活には入らないって言ったことをしっかり覚えていたのか、先生は目を丸くしている。僕だって入りたくて入ったわけじゃないやい。
「まあいいわ、とりあえず部室? になる教室まで行きましょ」
部室と言われて案内されたのはほとんど使われていないことで有名な地学教室だった。うちの高校、地学やらないのに何でこんな教室があるんですかね。
「それじゃあこれからは放課後、ここで活動してね。提出してくれた活動内容をしっかりやってれば自由に使っていいわよ」
「ありがとうございます」
「それじゃあ私はこれで」
「えっ、活動観ていかないんですか?」
「初日だし居たいのも山々なんだけど私他にも部活の顧問掛け持ちしてるからね。たまには来るけど、基本的には来ないわよ」
「そうなんですか、わかりました」
先生は忙しいとばかりに颯爽と廊下を歩いていった。
「……」
「……」
「……」
教室に沈黙が下りる。
「それじゃあ僕はこれで帰っていいですかね」
先生が来るから居ろってことだったけど、ほとんど来ないならいなくてもいいよね!
「いや、待って日根君。先生は不定期にくるんだからむしろあなたは毎日こなきゃならなくなったんじゃない?」
理屈はわかるけど約束が違う。
「最初と話が違うんですが」
僕がそう問いかけると今度は中舘先輩が答える。
「今は正式な部じゃないの、せめてもう少し人が集まるまではサボってもらっちゃ困る」
「お願い日根君! それまででいいから毎日顔出してくれるかな」
ここまで頼まれるとなぁ。別段用事もないから断りづらい。僕は首を縦に振ってしまった。
「決まりね! それじゃあ放課後すぐここにきて5時半までが活動時間ってことになってるからよろしく」
「はあ」
こうして僕は議論部に入部したのだった。
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