人間病

岩犬

序 ハルクバルク恐獣森林地帯のエコシステム

草木も凍る 北の大地の外れにハルクバルクの恐獣森林地帯はある。


その森は寂しく無人島の様にぽつんと取り残されていて、周囲はゴツゴツした岩がいくつも転がる荒地に囲まれ、生物の気配はない。


森の木々は枝を蜘蛛の巣の様に張り巡らせ、森に沿って歩くと綺麗な小川さえある。日の光を浴びると葉は薄緑色に輝き、一見砂漠のオアシスの様にも見えるが、それは大きな間違いだ。土は硬く、雨水を吸わず、作物は育たない。


一年を通して乾燥していて、夜は身を切る様な寒さだが、雪の降り始める冬の季節になるとさらにひどい。ずっしりと質量感のある雪が森を一夜にして呑み込み、純白に染め上げる。鉛の様に重く、粘土の様に粘り気のある雪が空高く聳える木々の枝の隙間に引っかかり、その下を偶然にも通りかかる動物を押し潰し、喰らわんと虎視眈々と睨みを利かている様で、さながら白い形のない化け物の様だ。


我先にと太陽に向かって手を伸ばす木々の枝々がおり重なり、絡まり合い、鍋に蓋をする様に天をすっぽりと覆い隠す。ドームの様に森全体が覆い隠されているせいで日の光は弱く、葉に生気はなく、死んだ様に茶色い。

そんな辺鄙な場所に誰も近寄らないおかげで、生態系はそのまま保存され、一種の独立したガラパゴスとして危険な植物や虫の楽園と化すようになった。


獲物が通りかかれば触手の様に絡みつき、絞め殺すまで離さない蔓。


地面に擬態し、踏み抜けば、真っ逆さまに地下に落ちていき、落ちた先で鉄さえ溶かす溶解液で生きたまま獲物を溶かす食獣植物。


甘い匂いを放ち、それに騙され蜜を吸うの愚かな犠牲者の腹の中で根を張り、養分を吸い取り、腸を食い破って開花する邪悪な花。


果実を食べた者の脳に寄生し、宿主の主導権を奪い、少しずつ脳を貪り喰う寄生虫。


毒針で刺した相手を躁鬱状態に陥らせ、自ら命を絶たせてその死肉を漁る蝿。


一度に百万の卵を産みつけ、集団で行動し、森一帯に致死量の毒の雨を降らせる蛾の大群。



そんな地獄をそのまま絵にした様な場所にわざわざ立ち入る様な物好きもいるはずもなく、旅人、商人は例え回り道でもその森を避ける様になった。ハルクバルク恐獣森林地帯ははんば忘れ去られ、はんば危険視され、一つの秘境として完成する。


そして、物語はゆっくりと始まる。やがて蛇の猛毒が体を駆け巡る様に次第にスピードを上げ始める。



人間が滅びて数百年、地球の環境も大きく変わった。大幅な地殻変動で地球の底に埋まっていた未知の物質がハルクバルクの森の様な前人未踏の危険地帯があちこちで形成されるとともに発掘され、数々の無謀な冒険家達を魅了してやまない。



そして、動物も進化する。手始めに動物達は人間達が遺した情報デバイスを頼りに言語を覚え、他の動物とコミュニケーションを取り始め、いくつかのコミュニティを作り始める。



そして人の文明を素地に驚異的な自分達の叡智と発掘された新たな資源で新しい文明を創りあげた。




彼らは世界各地で高度な文明を築き、自分達を「獣人」と名乗った。



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