第4話 兵隊の実
「まさか肉を実らせることが出来るとはなぁ……」
俺は目の前に垂れ下がった肉の実を見て呆然としていた。
「さぁめしあがってください!」
「あ、ああ」
自信満々のラシエルに促されるまま肉を切って焼く。
大きめの脂身を切ってフライパンを拭くように油を行き渡らせると、スライスした肉を焼き始める。
ジュワジュワと音を立て、香ばしい匂いが辺りに漂う。
さっそく、焼けた肉にかぶりつくと、口の中に肉汁が溢れる。
「うん美味い!」
「よかったです!」
俺が思わず感動の声をあげると、ラシエルが喜びの声をあげる。
いやしかし美味い。これまで食べてきた肉の中で一番美味いんじゃないか?
「うーん、こうなると塩や香辛料も欲しいな」
このままでも肉汁で十分美味いのだが、やはり味付けをしたいと思ってしまう。
「おしおとこうしんりょうですか? ちょっとまってくださいね」
ラシエルがそう言うと、俺の前に複数の小さな実が生る。
「おしおのみとこしょうのみです!」
どうやら今度は調味料を実らせてくれたらしい。
「世界樹ってなんでも実るんだな……」
そのあまりにも非常識な光景に、俺は思わず関心してしまう。
まぁ肉が生った時点でもうびっくり何だが。
「はい! なにしろわたしはばんぶつのそですから! なんでもみのらせることができますよ!」
万物の祖か。確かに神話では世界樹はあらゆる命の源と言われていたが、もしかしてそれはこういう意味だったのか?
何でも実らせることが出来るからこそ、あらゆる命の源。
そう考えると、俺達人間も最初の一人は世界樹から生まれたのかもしれないな……
「ああそうだ。ラシエルは野菜の種を作る事も出来るのかい?」
「やさいですか? どうぞ!」
俺が聞くと、ラシエルは色々な野菜を実らせる。
「いや、野菜そのものじゃなくて種をさ。畑を耕したいから」
うん、やはりいつまでもラシエルに頼る訳にもいかないからな。
なにかあった時の為に自給自足は出来たほうが良いだろう。
「そ、そんな……!?」
だが何故かラシエルはショックを受けたように動揺する。
「わたしのおやさいはおいやなんですか!?」
「え? いやそうじゃなくて、あんまりラシエルに頼るのも悪いかなって思って」
「そんなことないです! わたしはおにいちゃんのおやくにたつのがとってもうれしいんです! だからやさいもわたしがみのらせたいんです!」
な、なんだか良く分からないが、何か植物繋がりのプライドみたいなものがあるんだろうか?
「おにいちゃん……ラシエルはいらないこですか?」
「うっ……!」
ラシエルが今にも泣きそうな顔になり、俺は罪悪感にかられる。
「い、いや、そんな事は無いよ」
「だったらもっとラシエルをたよってください! なんでもみのらせますから!」
う、うう、小さな女の子を虐めているようで気が引ける……
「わ、分かったよ。野菜もラシエルに作ってもらおうかな……」
「はい! おまかせください!」
俺が折れるとラシエルが心から嬉しそうに大量の野菜を実らせる。
仕方ない、しばらくは畑を耕すのは諦めるか。
しかしこれじゃ幼女に養われるヒモみたいだな。
いやいや、こちらも肥料を提供するんだからギブ&テイクだ。そう信じろ俺!
「好きなだけ食べてくださいね!」
「お、おう……」
あれ? もしかしてこれ全部俺が一人で食べないといけない流れ?
◆
「うっぷ」
なんとかラシエルの出してくれた野菜を食べ終えた俺は、吐きそうになるのを堪えながら今後の事を考える。
「畑を作るのを嫌がるとなると残るは狩りだが、森にはゴブリンが大量にいるからなぁ……」
さすがに森の中で一人ゴブリンの大群を戦うのは危険すぎる。
「せめて味方が居てくれればいいんだが、ゴブリン狩りで人を集めるのは無理だよなぁ」
ゴブリンは単体では弱い魔物だ。
そして得られる素材も大したものはない。
はっきり言って金にならない。
冒険者がゴブリンと戦う時といったら、新人が村の畑を荒らすゴブリン退治を依頼された時か、遺跡やダンジョンの探索中に住み着いたゴブリン達を蹴散らす時くらいだ。
好んでゴブリンと戦う奴なんてまずいない。
「冒険者ギルドに依頼をするにしても、金がないしなぁ」
何より問題なのは、依頼するための報酬が用意できない事だ。
俺の手持ちの金も残り少ない。村に帰って来るまでに結構使ったからなぁ。
「キングが居る可能性が高いから冒険者ギルドや領主に報告するべきだが、あの領主だとキングの存在が確認されなきゃ動いてくれないだろうからなぁ。冒険者ギルドも依頼がなけりゃ動かない。何より、この村はとっくに滅びてるから猶更だよなぁ」
どこか周辺の村で本格的な被害が出るまでは、動きようがないか。
「とはいえ、放っておくわけにもいかないし、近く町に行った時に冒険者ギルドと衛兵隊に報告しておくか」
金も権力もない俺にはこの程度しか出来ないが、それでも何もしないよりはマシだろう。
せめて衛兵隊がマシである事を祈ろう。
「しばらくは森の外周にやってきたゴブリン達を狩りながら、ラシエルの肥料を作る事に専念するか……」
大体の方針を決めた事で気が緩んだ俺は、久方ぶりの戦闘で疲れていたこともあって、そのまま沈むように眠りについた。
◆
「よし、それじゃあ今日もゴブリン狩りに向かうとするか!」
「いってらっしゃーい!」
ラシエルに見送られ俺は森に向かって行く……のだが。
「んん?」
森の中に動く者を見つけて即座に隠れた。
「あれは……」
なんと森から現れたのはゴブリンの集団だった。
「気づかれたか!?」
俺は自分の存在が感づかれたかと身を固くするが、幸いにもゴブリン達は俺に気づいていなかったらしく、こちらを警戒する様子はない。
俺はそっと草むらに隠れながら後退してゆく。
「何で外に出てきた? 食料が欲しいなら森の中の方が良いだろうに? 少なくとも、まだ実りを狩りつくしたわけじゃない筈だ」
ゴブリン達が本当に飢えているのなら、昨日の様に収穫した果物を持ち帰ろうとする事は無かった筈。寧ろその場で奪い合っていただろう。
「と言う事は、狙いは食料以外……まさか、俺か!?」
この状況で考えらえるのは俺だ。
仲間が帰ってこなかった事で、ゴブリン達が仲間を探しに来たのか?
しかし、ゴブリンがそこまで仲間思いな魔物とは思えないんだが。
「それともたまたま森の外に食料を探しに出てきたのか?」
ともあれ、今は考えても仕方がない。
理由はどうあれ、この状況は非常に不味い。
ゴブリン達の数は多く10匹以上。
「15、16、17……20匹か。さすがにあの数を一人で倒すのはキツイぞ。それに体格の大きな奴が三体。上位種か」
しかも困った事にゴブリン達は村に向かってきている。
「急いでラシエルを連れて逃げないと!」
村にラシエルが居る事を思い出した俺は、ゴブリン達に見つからない様に物陰に隠れながら急いで村に戻る。
村の中入った所を奇襲すれば、地の利がある事もあって時間をかければゴブリン達を倒す事は難しくない。
幸い上位種の数はそこまで多く無いからな。
だが幼いラシエルを守りながらとなると、そう簡単にはいかない。
なんとかゴブリン達が到着する前に村に戻ってきた俺は、世界樹の根元にもたれて座っていたラシエルを呼ぶ。
「ラシエル!」
「おかえりなさいおにいちゃん!」
事情を知らないラシエルが、笑顔で俺を迎える。
「逃げるぞラシエル!」
「にげる? どうかしたんですかおにいちゃん?」
「ゴブリンの群れが向かってきているんだ! このままだとここが襲われる! だから逃げるぞ!」
俺はラシエルを抱えて村を離れようと駆けだしたのだが、その瞬間、腕の中のラシエルの重みが消えた。
見ると俺の腕の中にラシエルはおらず、ラシエルは世界樹の近くに立っていた。
「ラシエル、逃げるんだ! ここは危ない!」
「おにいちゃん、わたしはせかいじゅのせいれいです。 だからきからはなれることはできないんです」
「なっ!?」
もしかしたらそうかもしれないとは予想はしていた。
だがこんな時に予想が的中しなくてもいいじゃないか!
「なんとかならないのか!?」
「ごめんなさい……」
ラシエルが申し訳なさそうに俯く。
違うんだ、俺はそんなつもりじゃ……
どうする? どうすればラシエルを救う事が出来る!?
俺一人じゃあの数は対処できない。
助けを呼びに行く時間もない。
何より冒険者ギルドに依頼する金もないしな。
領主……はもっとないか。
あのクソ領主が滅びた俺の村を助けてくれるわけがない。
何せ、皆が居た村を見捨てたくらいだからな……
「そうだな。そうだよ。見捨てる事なんて出来るわけがない!」
決心をした俺は、村に近づいてくるゴブリン達の群れを睨みつける。
「そうだ、あの時とは違うんだ! 俺には戦う力がある! 冒険者として鍛えてきた力だ! ラシエルが治してくれたこの体が!」
もう逃げない! もう見捨てない! あの日助ける事が出来なかった大切な場所を、今度こそ守って見せる!
「ラシエル、危ないから隠れているんだ。俺はあのゴブリン達をやっつけてくるからな」
「ごぶりん? だいじょうぶなんですか?」
ラシエルが心配そうな目で俺を見つめてくる。
「なぁに、ちょっと数が多くて不利だが、必ずお前を守ってやるさ! だから、心配するな」
「かずがおおい? じゃあおにいちゃんのかずがおおかったらだいじょうぶなんですか?」
「え? まぁ仲間が多かったら楽になるな」
確かに俺がたくさんいたら戦いも楽になるよな。
でも残念ながら、頼る事の出来る人がここにはいないんだよ。
「わかりました! おにいちゃんのなかまをみのらせますね!」
「え?」
仲間を……実らせる?
ラシエルがそう言うと、俺の目の前に何個もの細長い実が実り始める。
そして実の四辺から細長い手足が生え、頭部が生まれる。
「まさか!?」
そして実の腕に剣と盾の形をした硬い皮が生まれると、ブチリと音を立てて実が地面に着地した。
「こ、これは……」
地面に着地した実達は、俺の前に整列してピシリと姿勢を正す。
「おにいちゃんのなかま、かじつへいです!」
「果実兵!?」
まさか兵隊まで実で作ることが出来るのか!?
「かじつへいはせかいじゅのおうであるおにいちゃんのちゅうじつなぶかです! なんでもめいれいしてくださいね!」
「「「「「!!」」」」
果実兵達は、俺達に任せろと剣を持った手の甲を、己の胸に叩きつける。
「あ、ああ、よろしく頼むよ」
ホントに良く分からんが、どうやら仲間が出来たらしい。
「しかしホントになんでもありだな世界樹……」
とはいえ、いつまでもぼーっとしている訳にもいかない。
ゴブリン達を迎撃しないと。
「よ、よーし! それじゃあゴブリン達を迎え撃つぞ!」
「「「「「!!」」」」」
果実兵達がおーっと手を挙げて応える姿は、とても心強か……った?
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