色々なモノに囚われてます(後編)

 熱が引いてからは、頭の中にモヤが掛かったような感じで、物事に集中するのが難しくなった。妙に疲れやすく、何かを始めてもすぐに手を止め、ぼーっとすることが多くなった。


 以前のように「カク」と「ヨム」に集中することも出来なくなった。

 本を読もうとしても、漠然と文字を目で追うだけで、内容が頭の中に入ってこない。新聞は文字列がぐちゃぐちゃと並んでいるのが耐えられず、見出しとリード以外は目を通すことが出来なかった。カクヨム上の作品も、文字数が多く、行間がぎっしりと詰まった長編は文字を追うのが困難だった。

 エッセイを書こうとしても、思うように考えがまとまらず、言葉がつづれなくなった。空想の世界に想いを馳せるのは絶対に無理だと分かっていたので、ハイファンタジーを書くのはきっぱりあきらめた。「カク」については、昨夏、父が亡くなった際、同じような状態に陥ったので「ああ、またか。つくづく弱いね、私」くらいの気持ちでいたが、「ヨム」が出来ないのは初めての経験だったので、正直、かなり戸惑った。

 出来ないことが多くなると、「私、頭がおかしくなってきたんかなあ」と不安になり、口数も少なくなった。シュリやサスケの遊び相手をしながら大はしゃぎで走り回ることもなくなった。



 晴天になると、相方は率先して私を外に連れ出すようになった。

 「市内のバラ園が見頃らしいよ」とドライブに誘ってくれたり、新緑がまぶしい森の中をゆっくりと散策したり……

「だって、きゃあきゃあ言いながらシュリやサスケと追いかけっこしたり、意味不明の鼻歌(日本語だけにね)を口ずさみながら家事をしていたワイフが、急に口数が少なくなって、ソファに座ったまま、ぼーっとしていることが多くなったりしたら、何か変だなって普通は気付くよ。でも、『Don't worry. You'll be fine.(心配ないさ、大丈夫だよ)』と言ったところで、キミが本当にそう思えなきゃ意味ないしね。だからサスケと共謀して、キミを太陽の下に引っぱり出すことにしたんだ」

 後々、その頃のことを、相方はそんな風に語ってくれた。


 本当に申し訳ないことに、この頃は、相方の優しい気遣いも全く功を奏さなかった。

 「この葉っぱの裏にマダニが隠れているかも」とか「頭の上からマダニが落ちてくるかも」などと良からぬ思いに囚われて、外出中はずっとビクビクしていた。帰宅後、すぐに浴室に駆け込んで、頭からシャワーを浴びて身体中をゴシゴシ洗い、全身を鏡に映してマダニに咬まれていないのを確認するまでは、生きた心地がしなかった。

 この頃の私は、木々が生い茂る自宅の裏庭に出ることさえ恐怖でしかなかった。


 手先を動かしていると少しは気が紛れたので、食事の支度は全く苦にならなかった。マスクやトートバッグなどの布小物を、気が向いた時に気が向くだけ縫い続けた。パンや焼き菓子も、気が向いた時に気が向くだけ作り続けた。

 気が向いた時に気が向くだけ手先を動かし続けた結果……

 山のように縫い上げたマスクは、『医療従事者と本当に必要な人々に、あなたが作った布マスクを届けよう』的キャンペーンを行なっている近所の手芸洋品店に寄付することにした。二人で食べ切れないパンと焼き菓子は、相方がトートバッグと一緒に職場に運んだ。同僚達にトートバッグを配り、パンとお菓子を好きなだけ入れて持ち帰ってもらう「詰め放題サービス」は、独り身で料理が苦手な若い部下達の間で好評だったそうな。

 図らずも、無計画な生産活動が身近な社会貢献につながり、そのことが私の心のリハビリにもなったようで、「今は、出来ることだけすればエエやん」と開き直るだけの余裕が生まれた。


 気力が途切れると、昼間でもベッドやソファに寝転がって休むことにした。そんな時は、シュリが一緒に寝転がって添い寝してくれた。

 小さな温もりに手を置いて、ごろごろ、ごろごろ、と耳に心地良い低音が漏れ出すまで、ふわふわの毛玉のような身体をゆっくりと撫で回す。それだけで、ピンと張りつめていた心が、ふわりとゆるんで楽になる。

 もふもふパワーって本当にスゴイ。

 もふもふは世界(と私)を救う。

 もふもふ万歳。

 

 テレビやYouTubeのニュースやドラマ、ドキュメンタリー番組などは、今までと同じように観て理解することが出来た。相方が定期購読している『National Geographic(ナショナル・ジオグラフィック)』も、写真や図解が豊富に使われている記事なら、時間は掛かるがなんとか読めた。「映像と音声、視覚情報なら、今まで通り理解できるんやわ」と気が付いた。

 ツイッターに流れてくる時事ニュースや、カクヨムで公開されている一話完結の短編や文字数の少ないエピソードなら、ゆっくりと何度か繰り返し読めば、内容も理解できた。 

 ツイッターにはマダニの話題や写真は皆無だった(そりゃそうだ)ので、フォロワーさんや地域情報などのツイートには目を通し、なるべく自分からもツイートをするようにした。ツイートのように短文で完結している文章は読んで理解できたし、たった140文字の言葉を綴るのは苦にならなかった。一時期、毎日のようにツイートしていたことがあったが、「(オンライン上とは言え)外界との接触を完全に断つのはヤバイ」と心のどこかで焦っていたのだと思う。


 その頃、相方が「色々な『恐怖症』について調べたんだ」と、あるサイトを見せてくれた。

 虫に対する被害妄想は意外に多いそうで、『Acarophobia(=皮膚寄生虫妄想/ダニ恐怖症)』という医療用語まであるのだとか。マダニに咬まれた直後から感染症の恐怖に囚われて、普段していたことが出来なくなるという「被害妄想」はごく普通のことで、私の頭がおかしくなったワケではなかった……そう思ったら、心の中がぱあっと明るくなった。



 そんなこんなで、自分史上最悪に絶不調の日々が、のろのろと過ぎて行き……


 背中からマダニを剥ぎ取ってから4週間後の、5月下旬。 

 ようやく、「どうやら私、感染してなかったみたいやね」と納得した。途端に、心がふわりと軽くなり、食欲も戻ってきた。食事が出来るようになると、あっという間に気力も回復した。

 そうなると、現実が見えてくる。

 5月のバージニア州は、初夏の訪れと共に様々な花に彩られる美しい季節。なのに、その月のほとんどを悶々と無駄に過ごしてしまった。そんな自分の不甲斐なさに無性に腹が立ち、「えーかげんにせーよ!」と自分で自分に活を入れ、シュリとサスケと相方には「長い間、心配かけてゴメンね」と平謝りした。


 何はともあれ、5月末には私も平常運転を再開。

 めでたし、めでたし。



 ……のはずが。


 それから数日後の早朝。

 まだ寝惚けまなこのまま、左腕に違和感を覚えた。何というか、シュリ(=体重約5.4キロ)が二の腕に1匹、そして肘から下にもう1匹、どーんと乗っかっているような……それくらい、妙にだるくて重い。指先はどうかと思い、左手に力を入れて指をぐーんと開き、ぐっと握りしめてみたところ、特に異常はなかった。とりあえず起き上がろうとしたところで、左肩に激しい痛みが走った。どくんどくんと脈打つような痛みが後から後から押し寄せて、なかなか治まってくれない。 


『コロナウィルス騒動が収まるまでは気軽に病院にも行けないから……』


 分かってる。分かってるってば。

 それでも痛いものは痛いんだってば!


「とりあえず痛み止めを飲んで、2、3日様子を見よう。それでも我慢できないなら、かかりつけ医(PCP:Primary Care Physician)に電話するよ。でも、最近、ストレッチをしてなかっただろ? 多分、そのせいじゃないかな」

 涙目で「痛い、痛い」と訴えながら隣で寝ていた相方を無理やり起こしたら、痛いところを突かれてしまった。


 以前、両肩の腱板断裂と診断された時のこと。

 投薬治療で肩の炎症が治まると、3ヶ月間のリハビリが始まった。担当の理学療法士から「切れてしまった肩のスジの代わりに肩を動かすのが、肩甲骨周囲の筋肉なの。だから、そこを鍛える必要があるのよ」と説明を受けて、「ほおお、人間の身体ってスゴイなあ」と感動したのを覚えている。

 その時に教わった筋力トレーニングと、関節の柔軟性を高めるためのストレッチは、リハビリ期間が終了してからも、自宅で毎日コツコツと続けていた。

 なのに5月中の私ときたら、そんなことも頭からすっぽりと抜け落ちてしまい、筋トレはおろか、ごく簡単なストレッチさえしていなかった。そのツケが回ってきたとしか言いようがない。PCPかかりつけ医に予約の電話をしたところで、「リハビリは続けていたのか?」と聞かれたら、答えようがない。


 相方の言うように、しばらくの間、市販の鎮痛剤を服用しながら様子を見るしかないか……と腹をくくり、出来る限り家事を手抜きし、サスケとの散歩も我慢して、なるべく安静にして一日を過ごした。



 その日の夜。ベッドに入ってすぐ、左の肩甲骨辺りが痙攣でも起こしたかのように、ぎりぎりと引きり始めた。痛みをこらえようと身構えたら左肩に力が入り過ぎ、肩全体から鎖骨の辺り、二の腕から肘の辺りまで締め付けるような痛みが一気に広がった。

 まるで、何かとてつもなく重いものが、左肩に乗っかったまま腕を引っ張り続けているような……なんとも形容し難い痛みだ。相方が背中や肩に氷枕をあててくれたが、一向に痛みが引かない。

「痛い、痛い! もうイヤや、日本に帰りたい! 整形外科の先生に診てもらいたいだけやのに、なんでいちいちPCPを通さなアカンの? 手際悪すぎやし! アメリカなんて大キライやあ!」


 痛さのあまり日本語で泣きわめくワイフを前にして、相方も「これはマジでマズイかも」と思ったのだろう。翌朝、クリニックの受付時間開始と同時に、電話でPCPとの予約を取ってくれた。電話口での問診だけなので、当日の受付が可能だったそうな。

 その日の午後、PCPから直接電話が入った。症状を伝え、質問にいくつか答えたところで、新たな発見があった。 

「以前、あなたを担当していた整形外科医のカルテを確認したんだけど……『腱板断裂』については、右肩しか治療の記録が残っていないのよ」



 ……なんですと?


 思わずうめき声を上げるほど痛いステロイド注射と、それから半年後の検診後、再びステロイド注射――その流れを2年半に渡って繰り返したというのに、その間の「左肩」の記録が残っていないって、どういうことよ?

 しかも、PCPからは「本当に、左肩も同じように治療したの?」と私の言葉を疑うような聞き方をされる始末。

 この質問には、ハンズフリー通話で問診を聞いていた相方もキレたらしい。

「整形外科の医師のミスで左肩の記録が残っていないのは、ワイフの落ち度じゃないでしょう? 出る所に出ても良いんだけど、今はとにかく、彼女の痛みを取ることを第一に考えて、問診を続けてくれませんかね?」

 要は「そちらの落ち度を認めないなら訴えるぞ。それがイヤなら、ワイフをちゃんと診ろ」と暗に脅しをかけたワケで……訴訟大国アメリカで生まれ育っただけのことはある。普段は無口で争いごとを好まない相方がマジギレするなど滅多にないので、驚愕しながらも「相方よ、よくぞ言ってくれた」と心の中で拍手喝采した。


 相方の脅し……もとい、ワイフを愛するが故の怒りが効いたのか、その後はスムーズに話が進んだ。

 PCPから指示されたのは以下の通り。


 ・鎮痛剤を今の倍量(!)服用し続ける。それでも1週間後にまだ痛みがあれば、理学療法の担当医を紹介する。

 ・痛み止めの注射を打つ予約をする。(翌日、担当者から「注射の予約、いつにする?」と電話が入った。)

 ・どうしても我慢できない場合は、アージェント・ケアに行く。


 「対面での診療は必要ない」と思ったのか、それとも「これ以上、この患者のダンナを怒らせて訴えられては困る」と思ったのかは定かではないが、PCPとの対面診療なしでここまで話がとんとんと進むのは、アメリカではかなり珍しい例だと思う。



 PCPとの電話診療から3日後、クリニックに出向いて痛み止めの注射を打ってもらった。肩甲骨周辺と二の腕の痛みは少しだけマシになったものの、左肩が重いのには変わりない。

 痛みで熟睡できない日が続いたためアージェント・ケアの医師に診てもらうと、「これは専門医に診てもらうべきだわねえ」とあっさり告げられた。私が「PCPが整形外科に回してくれないから、ここに来たんだけど……」と言うと、「ああ、そうよね。新型コロナウィルスでどこの病院も診療制限してるから、仕方ないわよね」と薬を処方してくれた。



 そして現在。


 PCPの指示通り、市販の痛み止め(普段の倍量)を「これ、絶対、身体に良くないヤツやわ」と思いつつ、1週間服用し続けた。それでも痛みが引かなかったので、PCPに再度電話を入れると、すぐに理学療法の医師に連絡を入れてくれた。いつもの手際の悪さがウソのように、スムーズに事が進むのはナゼ?


 私の担当は、以前と同じ理学療法士の女性だった。電話口で「あなたのこと覚えてるわよー。両肩を痛めたジャパニーズって、私の担当ではあなたしかいないのよね」と言われた時には、びっくりするやら、ホッとするやら……少なくとも、左肩については私の思い違いではなく、整形外科医のミスだったと判明したワケだ。

 何はともあれ、週に1度、iPhoneのハンズフリー通話を利用してのリハビリを行っている。今回はたったの3週間と異常に短いのが非常に気になったが……まあ、クリニック側にも色々と思うところはあるんだろうな、と気にしないことにした。

 今後、「リハビリでは改善しない」と判断されれば、MRI検査を経て、整形外科に回されるはずだ。まだまだ、道程みちのりは長い。


 アージェント・ケアで渡された筋肉弛緩剤(らしきもの。Cyclobenzaprine Hydrochiloride:日本では未認可)は、痛みが酷い時だけ服用している。副作用に「眠気」とあったが、とにかく昼夜を問わず眠くて仕方がない。それでも熟睡からは程遠く、寝返りを打った拍子に左肩に痛みを感じて目を覚ますことも少なくない。「眠いのに、寝不足」というワケの分からない日もある。


 リハビリを再開してからも、左肩と二の腕は相変わらず重くてだるい。肘から下は自由に動かせるものの、手先を使う作業を長く続けると肩の痛みが酷くなるので、なるべく左腕を使わないようにしている。が、右手ばかり酷使すれば右肩までもが痛み出しそうで、困ったものだ。

 左手を後ろに回すことが出来ないので、後ろホックのブラの着用はあきらめた。カップ付きキャミソールの肩紐さえ耐え難いほど、私の左肩は弱っている。バージニアは既に真夏の暑さなので、ブラなしで半袖一枚のまま戸外に出るワケにもいかず……


「アメリカじゃ、ブラを着けていない女性なんて珍しくないよ。それに反応する男がいたら、反対に女性の反撃にあう」

 相方は簡単に言ってくれるが、生粋のヤマトナデシコとしては、大らか過ぎるアメリカ文化は受け入れ難い。

 仕方ないので、サスケの散歩や食料品の買い出しで外出する際は、肩紐の締め付けが少なく脱ぎ着も楽なノンワイヤーブラ(日本で購入)でガマンすることにした。胸を強調させるファッションが多いアメリカで、アメリカ人女性と比べて貧相な身体つきの日本人がこのブラを着けると、よけいに「お子サマ」に見える。なので、タンスの奥に封印しておいたのだけれど、背に腹は代えられない。


 思うように左腕を動かせない。

 iPhoneの操作なら右手の親指だけでなんとかなるが、ラップトップのキーボードとなると、両手で打つクセがついている。肘を曲げた状態で左手の指先を動かすと、肩と二の腕に鈍い痛みが走るので、かなりツライ。右手一本でキーボードを打つよりはiPhoneの方が早いが、右手だけで操作を続けると指や手首を痛めてしまう可能性もある。どうしたものか。


 

 あせらずゆっくりと。

 そして、何事もほどほどに、ということか。



 時間は掛かったものの、ここまでよく右手だけで打ち込んだなあ、と自分を褒めてあげたい。

 嬉しいことに、「カク」については、このエピソードを書いている間に感覚が戻ってきたような気がする。「まだまだ色々と書きたいことがあるんよ!」と、心がワクワクしているのだから。


 以前のように「ヨム」ことを楽しめるようになるには、もう少し時間が掛かりそうだけど……あせらずゆっくり、ぼちぼちと。



***



 バージニア州の外出制限が第3フェーズに移行されるのは、7月1日。

 引き続き、屋内では布マスクやフェイスカバーの着用が義務付けられてはいるが、ソーシャルディスタンスと施設内の安全対策(消毒と清掃)を強化することを条件に、全ての経済活動が再開される。


 ……これはヤバイ。イヤな予感しかしない。


 既に先月から経済活動を再開したノースカロライナ(バージニア州の南隣)や、テキサス、アリゾナ、フロリダなどの各州で、新型コロナウィルスの感染が再び拡大しつつある。外出禁止令が解かれて開放的になった人々が、マスクもせず6フィートの距離も守らずにバーやレストラン、観光地やビーチに殺到し、ウカレまくった結果が、これだ。

 5月末の黒人男性暴行殺人事件を契機に始まった「Black Lives Matter」の平和的抗議デモにも要因があると見られている。バージニア州の規定では、外出制限が第2フェーズの段階では、戸外の集会許可人数は50人までだ。それ以上の人々がデモに詰めかけた結果、6フィートのソーシャル・ディスタンスを保つことが難しくなったためだろう。

 以前と異なるのは、若年層の間でも感染が急増していることだ。


 オシャレに敏感な若者らが、マスク着用を嫌い、ソーシャルディスタンスも厳守しない姿を実際に目にしているだけに、バージニアでも同様のことが起こりはしないかと不安が募る。おまけに、今週末は7月4日。アメリカ国民の祝日「Fourth of July(アメリカ独立記念日=Independence Day)がやって来る。例年ならば、家族や友人が集まって戸外でバーベキューを楽しみ、各地でパレードが開催され、アメリカ中がお祝いムードに包まれる日だけに、イヤな予感しかしない。



 アメリカのある調査機関が実施した調査によれば、公共の場所に出掛ける際にマスクを着用する人は、アメリカ国民の36%に満たないのだとか。テレビを着ければ、マスク着用を呼びかける医療従事者の映像が頻繁に流れ、ニュースキャスターはもとより、番組の合間に流れるCMの中でさえマスクを着けた人物の姿を見かけるようになったというのに、だ。

 おバカな大統領がマスク着用を拒否しているため、彼の支持者達もマスクをしない。そんなおバカさんが次の大統領選に向けて集会を開くと、支持者達はマスクもソーシャルディスタンスも無視して会場に詰めかける。バージニアでもレッドネック保守的な貧困白人層さん達のほとんどがマスクをしていない。


 信心深い(あるいは狂信的な)人々の中には「自分達は神に選ばれた民だから、どんな感染症にもかからない」と本気で信じている人もいる。

 感染が再び拡大した州の知事達がマスク着用を義務付ける中、それに反対する人々が抗議集会を開き、「マスクは人間の呼吸を止める(おそらく、BLM運動のスローガン『I can't breathe (息が出来ない)』を揶揄しているものと思われる)」「医師達は何も分かっちゃいない。それなのに私達に『マスクをしろ』などと意味のないことを強要する」「神が与えて下さった素晴らしい自然呼吸を妨げるようなものは、悪魔の所業だ」などと声を張り上げる。

 彼らに言わせれば、新型コロナウィルスも、マスク着用も、全ては陰謀なのだとか。



 4月末から6月末まで、目まぐるしいほどの変化が起こり続けているアメリカは、窒息寸前の混乱状態にある。

 新型コロナウィルスの感染拡大を阻止しようとマスク着用を奨励する人々の声と、そんなことなど意にも介さず思うがままに人生を謳歌しようとする集団の対立。今後は、人種差別撤廃を求める人々と、それに反対する白人至上主義者達の争いが常軌を逸した暴力に達する可能性も否めない。


 「ちょっと待った! そんなことになったら、159年前と同じことになるんとちゃうの? でも起こす気!? 落ち着け、アメリカ国民!」と叫びたくなる。が、コワイので、心の中にしまっておこう。



 しばらくはおとなしく家に篭っている方が身のためだ……


 ほぼ3ヶ月に及ぶ外出自粛が解かれようとしている中、そんなことを思うのは、私くらいのものか。


(2020年6月30日 公開)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る