スーパーボウルの歩き方

「今夜のスーパーボウルのハーフタイムショー、8時30分頃だよ」


 ある日曜の昼下がり。PCの前で調べものをしていた相方が、ふと思い出したように口にした言葉に、「じゃあ、それまでに夕飯の後片付けを終わらせて、サスケとシュリのご飯を済ませて、テレビ前で待機するには……」と頭の中で時計の針を反対方向に動かして逆算する。

 穏やかな、ごくありふれた日曜日が、数時間後には一年に一度の特別な瞬間となる。



***



 毎年、2月の第一日曜に行われるナショナル・フットボール・リーグ(National Football League:NFL)の優勝決定戦は『スーパーボウル』と呼ばれ、アメリカ国内で絶大な人気を誇るスポーツイベントであるのはご存知の方も多いだろう。今や、アメリカ文化を代表する国家的プロジェクトと言っても過言ではない。

 先に断っておくが、私はアメフトファンではないし、アメリカンフットボールのルールさえよく分からない。そんな私でさえ、そわそわ、ワクワクさせてしまうのが、「スーパーボウル」のスゴイところだ。


 スーパーボウルまでの一週間は「スーパーボウル・ウィーク」と呼ばれ、アメリカ中が来る日曜日に向けて一斉に浮かれ始める。スポーツ観戦に欠かせないスナックやビールのテレビCMがやたらと目につくようになるのもこの時期だ。

 「スーパーサンデー」と呼ばれるスーパーボウル当日は、感謝祭に次いで食糧が多く消費される日なのだとか。食料品店ではフットボールを模した(食欲を削がれるオレンジ色のアイシングを塗りたくられた)ケーキが並び、さり気なくフットボール型の食器やスナック用トレイなども売られている。


 「球技」と言うより「格闘技」的要素の強いスポーツ観戦中、アドレナリンを放出しまくりながら熱中する人々ジャンキーが好んで食べるのが、「バッファロー・ウィング」と「ナチョス」というスーパージャンキーなおつまみの組み合わせだ。

 家庭でも簡単に作れるナチョスは自主的にググって頂くとして、私はこの「バッファロー・ウィング」と言う名の「激辛のくせに酸味が強くて、口元が真っ赤に染まるソースを絡めた鶏手羽の唐揚げ」がどうも苦手だ。「甘辛い」か「甘酸っぱい」なら分かる。なぜに「激辛酸っぱい」唐揚げがこうも人気なのか……しかも、アメリカ人は濃厚なブルーチーズドレッシングやランチドレッシングをたっぷりつけて、実に美味しそうに食べるのだ。

 彼らの味覚が麻痺しているのか、私の味覚がおかしいのか、もうワケが分からない。醤油と生姜の旨味が効いた日本の唐揚げが無性に恋しくなる。



 さて、話をスーパーボウルに戻そう。


 日本では認知度がイマイチのアメリカンフットボールは、その名が示す通り、アメリカ生まれのアメリカ育ち。それゆえ、「アメリカが最強で最高! アメリカが世界を動かしているんだぜっ! アメリカが世界で一番COOLな国なんだぜっ!」と信じて疑わないアメリカ国民にダントツ人気を誇る。

 スーパーサンデーの夜は、家族や友人たちとテレビの前に座り込み、おつまみとビールを片手にスーパーボウル観戦……これが典型的なアメリカ人のスーパーサンデーの過ごし方だ。

 

「タンパベイ・バッカニアーズ(相方が愛するフロリダのNFLチーム)が出ない試合には興味がない」と豪語する相方が、スーパーボウルのキックオフ時間に合わせるようにテレビのチャンネルを替える。やはりアメリカ人の血が騒ぐのか、と思いきや……

「特別CMを見るために決まってるだろう?」


 アメリカのテレビCMが日本のそれと違う最大の特徴は、「有名人のイメージに頼らない=大物スターのCM出演は極めてまれ」と言うことなのだが、スーパーボウル中継の合間に流れるCMだけは「特別」で、大物俳優や超人気ミュージシャンが起用される。

 「30秒で4億円超」と言われる世界一高額なCMは、アメリカ国内で最高視聴率を誇るスーパーイベントに便乗して、企業の知名度を一挙に高めてくれる。人気の高かったCMは、イベント終了後もYouTubeなどの動画で視聴される。それゆえ、企業は世界一高いCM枠を競って奪い合い、心血を注いで「超スーパーな特別CM」を完成させるのだ。

 アメリカンフットボール、すなわち、ゴッツイ選手達がボール片手に肉弾戦を繰り広げる危険極まりないスポーツ……程度の認識しか持たない私でも、スーパーボウル中継を楽しむコツの一つが、この「特別CM」だ。


 今年、最も印象に残ったのが、Kia Motorsの新車StingerのCMだ。

 「それってどこのメーカー?」と思う方も多いだろうが「超亜キア自動車」と漢字表記をすればピンと来るかも。そう、韓国の自動車メーカーだ。現在は韓国最大手の自動車メーカー「現代ヒュンダイ自動車」傘下にあるが、かつてはマツダやフォードと密接な関係だったらしい。日本での知名度は今ひとつだが、アメリカでは安価な小型車を見かけることが多い。ちょっと見ただけでは私の愛車Fitちゃん(ホンダ製)そっくりなので、日本人としてはかなり複雑な心境だ。

 ともあれ、この特別CMが最高にカッコ良かった。Kiaの新車が、ではなく、CMに出演した有名人が、なのだが。なんと……


 スティーブン・タイラー!


 エアロスミスのフロントマン、御歳69になるアメリカのロックアイコン&セックスシンボルでもある彼が演じるのは、「かつて絶大な人気を誇ったレーシングドライバー」。


 荒れ果てたレーシングサーキットにポツンと置かれた真紅のスポーツカーにゆっくりと乗り込んだ彼が、ギアをリバースに入れて一気に加速する。サーキットを逆走するうちに時間も逆戻りして行き……と言う設定だ。

 CM内ではタイムリープの設定で、実際はコンピュータ・グラフィックスを駆使して若返った彼の姿に、思わず「やっぱ、イイ男」と惚れ直してしまった。

 興味のある方は、「2018 Kia Stinger Steven Tyler Big Game」でググって頂きたい。本物より若干厚めの「アヒル唇」が超セクシー。


 

 さて、アメフトに興味がない方でもスーパーボウルを楽しむコツ、二つ目は、日本でも必ず話題となる「ハーフタイムショー」だ。

 マイケル・ジャクソンが「夢を見るのにお金はかからないさ〜」とギャラを断って以降、ノーギャラになったと言うのは有名なお話。それでも、ポール・マッカートニーに「スーパーボウルのライブに出演できて光栄だ」と言わしめたハーフタイムショーは、世界的ミュージシャンにとっても憧れの舞台だそうな。世界中にライブパフォーマンス映像が流れるのだから、ノーギャラでも文句は言うまい、と言うところか。


 今年のハーフタイムショーでは、ジャスティン・ティンバーレイクが華麗なパフォーマンスを披露した。

 はっきり言って、彼の楽曲はほとんど知らない。「この人、なんでアメリカでは女性に大人気なんやろうねえ(=私の好みじゃないんよねえ)」と言うのが本音だが、毎年楽しみにしているハーフタイムショーを見逃す手はない。

 

 予定より早い試合運びで、8時10分を過ぎたあたりでハーフタイムに突入。

 私の脳内でジャスティン・ティンバーレイクが『え? もう時間なん? やけに早過ぎへん? 焦ってまうやん!』と大阪弁でまくし立てるのをよそに、「特別CM」がここぞとばかりに流され続けること約10分。

 突然、テレビ画面が切り替わり、「ナイトクラブで熱烈なファン達に囲まれて歌う人気歌手が、ダンサー達を引き連れてスタジアムになだれ込む」的な演出で、ハーフタイムショーがいきなりスタートした。


 中盤、スタジアムの暗闇の中に、真っ白のグランドピアノが浮かび上がる。


 リズムに合わせて軽快にステップを踏んでいたティンバーレイクがスタジアムの真ん中に置かれたピアノの前におもむろに腰掛ける。「これは、ミネソタと、ミネアポリスに捧げるよ!」と早口で告げると同時に、突如として現れた垂れ幕状の巨大スクリーンにアメリカ音楽界のレジェンド『プリンス』の姿が投影された。

 その瞬間、スタジアム全体が悲鳴のような歓声に包み込まれた。

 紫色の照明がスタジアム全体を染め上げる中、スクリーンに浮かぶスーパースターに視線を向けたまま弾き語るジャスティンの姿が、とても印象的だった。

 テレビの中継画面が切り替わり、白い雪景色の中にたたずむスタジアムを中心に、辺り一面が次第に紫色へと染まっていく幻想的な画像が映し出される――


 プリンスを敬愛するティンバーレイクらしい演出のトリビュートには、賛否両論のツイートが送られている。「バーチャルリアリティのような技術は、悪魔的だ」と嫌悪していたプリンスの在りし日の姿をスクリーンに投影し、まるで「共演」しているかのような演出がプリンスファンの逆鱗げきりんに触れたらしい。

 一方で、プリンスの妹の声明によれば、名曲『I Would Die 4 You』をカバーしたティンバーレイクのパフォーマンスは「嬉しい驚きだった」とか。

 アメリカ国民が注目し、テレビの視聴率が40%を超える一大イベントにおいて、昨今のハリウッドで大流行りのジェンダー/セクハラ問題に言及することもせず、今年のスーパーボウル開催地ミネアポリス出身で今は亡きスーパースターが愛した紫色の光でスタジアムを輝かせ、「今夜はパーティなんだ! さあ、みんなで楽しもう!」と言わんばかりに巨大なスタジアムの中を駆け巡り、圧巻のダンスパフォーマンスを披露し、観客を巻き込みながら約13分間の「ギャラなし」ハーフショーを終えたティンバーレイクに対して、天国のプリンスがどう思ったのかは「彼らの神プリンス」のみぞ知る、だ。

 一視聴者の私としては、観客達が一緒に踊り出すほど素晴らしいショーを披露してくれた彼に、惜しみない拍手を送りたい。



 かくして、どっちのチームが優勝したのかさえ分からぬまま、今年も無事、私のスーパーボウル観戦は終了。

 こんな楽しみ方も、ありでしょ?


(2018年2月8日 公開)

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