釈迦の子

ぴーやま

第1話

ここは極楽です。

見える景色は真っ白で、そこら中に金のような銀のような輝きが散らばっています。

その美しいことといったら、極楽浄土の名に相応しい本当に綺麗な場所なのでございます。

今日もお釈迦様は極楽をとことこ、落ち着いて歩いておられました。

お釈迦様は純粋で綺麗な魂をとても好いておられて、極楽にやってきた魂を眺めていると、どうしたことか、いつもと違う魂があるのです。

それは、春の陽が極楽にもにわかに差す日のことでした。

それは人の形でも、ましてや動物でもなく、ただ今まで見たなによりも純粋で、綺麗で、透き通った魂でした。

あまりに綺麗なので、お釈迦様は声をかけました。

「お前さんは誰だい。なんの魂なんだい」

優しいお声に、魂は礼儀正しく答えました。

「私は、花の魂でございます。チューリップという春の花の魂でございます」

「花の魂。花の魂か。」

世の中の全てのものに魂はある、とは分かっていましたが、お釈迦様はどうもおかしくて花の魂が気になりました。

「ここに来るまでの間について、私に教えておくれ。何があったら、そんな綺麗な魂になるんだい。」

花の魂はしばらく考え込んで、お釈迦様に言いました。

「お釈迦様、私は何もしておりません。ただ咲いていただけです。何があってもただただ咲いていただけでございます」

そう言われると、花なのだからそれは当然の事であるのに、いや、当然の事だからこそ何故その花の魂が綺麗なのかさらに気になったお釈迦様は、この魂を自分のお膝元に着かせることにしました。

「花よ、今からお前は私の仕事の手伝いをしてもらう。私の仕事は本当に綺麗な魂にしかできぬ仕事だ。お前はそれができるだろうか」

「お釈迦様の仕事を私などが手伝わせていただけるなら、それ以上に望むものなどありましょうか。私の持つ力全てを出し切りお釈迦様の手助けをしましょう」

花の魂の真っ直ぐな答えに、お釈迦様は大層感激なされて、早速命を下されました。

「いいかい、良く聞くんだよ。ここに大きい湖があるだろう。この湖の下は下界で、沢山の生き物がいる。生き物の中には綺麗な魂を持つ奴も居れば、汚い魂を持つ奴もいる。

お前は綺麗な魂を持った生き物を助けるんだ、いいね。決して汚い魂を持った奴を助けちゃいけないよ。そうすればお前の魂も汚れて、もうここには戻って来られないからね。」

働き者の花の魂は、話を聞いてすぐ、青々とした湖に、泡も立たせずゆっくりと入っていきました。


花の魂は、下界にやってきました。

ここはどんな場所だとキョロキョロ見渡していると、困った様子の娘がおりました。

「どうしましょう。お父様の為にお薬を買わなくてはいけないのに、もうお金がないわ。お父様を助けないといけないのに、どうしましょう…」

そんな娘の姿を見ると、花の魂はすかさず、お釈迦様に教えてもらった人を助ける呪文を唱えました。

するとどうした事でしょう。真っ白な鳥が娘の頭上をかすめたかと思うと、その瞬間、娘の手には薬を買うお金に加え、しばらくは不自由せずに暮らせるほどのお金が握られていました。

「あら、なんという事でしょう。きっとお釈迦様のおかげだわ。ありがとうございます、お釈迦様。」

娘は空に手を合わせて礼をしました。

「自分のことより親を優先するその魂は、とても綺麗だ。綺麗な魂を助けると、気分が良い。」

花の魂は温かい心で、娘の近くを去りました。

「泥棒だ、泥棒だ」

突然、大きい声がして、花の魂は驚きました。

声の方に顔を向けると、八百屋の野菜を両手で抱えて森へと走り去る人が見えました。

花の魂は急いでそっちへ向かいました。泥棒の姿をすかさず見ると、何とまだ年端もいかぬ幼い少年で、花の魂はまた驚いてしまいました。

「待て、この盗っ人小僧。」

今にも走り出しそうな八百屋のおじさんを見て、とにかく花の魂は呪文を唱えました。

たちまち八百屋の野菜たちはみんな元に戻ってしまい、おっかなびっくりするおじさんを尻目に花の魂は森へと少年を追いかけました。

花の魂は呪文を唱え、老人へと姿を変えました。

「少年よ。どうして盗みを働いたんだい」

少年は驚いて老人の事を見て、しばらく睨むような目をした後、観念したかのような表情で老人の側に歩いてきました。

老人は少年の事を安心させようと、優しい声色で言いました。

「私は、君に危害を加えないよ。ただ、理由を聞きたいだけなんだ」

そう言うと、少年は少し落ち着いたようで、老人に語りました。

「僕は、親が早く死んでしまって、妹と二人で生活しているんだ。

でも食べ物がなくて、妹はお腹を空かせている。だから、盗むしかなくなったんだ。ねぇお爺さん、僕のことは捕まえてもいい、罰だって受けるから、せめて、妹だけは助けてやって下さい、お願いします」

老人は、いえ、花の魂は考えました。

お釈迦様は綺麗な魂を救えと言っていた。

たしかに盗みは悪く、汚い事だけれど、この子は本当に助けないべきなのだろうか。

考えて考えた末に、花の魂は少年に向かって呪文を唱えました。

すると、少年の足元に沢山の食料、水、そして少年が働けるまで少年と妹が過ごせるほどのお金が転がり込んできました。

そして二人で生活出来る木の小屋が、森の中に出来ました。

驚いて目をぱちくりさせる少年に、花の魂はゆっくり言い聞かせました。

「ここで君と君の妹は住むんだ。もう盗みはせずに、真面目に生きると約束できるかい。」

「うん、分かったよ。ありがとうお爺さん。僕は悪い事をせずに、ちゃんと生きていくよ」

少年はとても嬉しそうに、妹を迎えに森の奥へと消えて行きました。

花の魂はそれをじっと眺めて、空の上に、お釈迦様の元へと帰りました。


お釈迦様は怒ってはおられませんでした。

じっと花の魂を見つめて、静かに花の魂に尋ねました。

「花の魂、お前は盗みを働いた魂を助けたね。」

「はい。私は確かに、少年の魂を助けました。」

「花の魂、私はお前に何と命じたか、覚えているかい。」

「はい。綺麗な魂を助けよ、との命を下されましたね。」

「そうだよ。花の魂、盗みを働いた魂は、綺麗な魂だと言えるのかい。」

「確かに、彼は盗みを働きました。しかし、それは彼の妹の為であり、彼は自分の利益のために行動しませんでした。それに彼は反省して、これからは真面目に生きるでしょう。反省ができる魂は、綺麗な魂だと私は思います。」

お釈迦様はそこまで聞くと、この世の何よりも優しい笑みを浮かべて花の魂へ言いました。

「花の魂、お前は本当に、本当に綺麗な魂の持ち主だ。魂の表面だけで美しさを判断せずに、お前はその中身までを見て、魂を受け入れたのだ。

誇りに思え。花の魂、お前は今日から私の子だ。何より綺麗で美しく、真っ直ぐな魂の、釈迦の子だ。」

花の魂は驚きました。そして湖に移る自分の姿を見てさらに驚きました。

それはお釈迦様そっくりの、優しい顔をした赤子の姿でした。

「釈迦の子よ。お前は下界で暮らすのだ。人間として生きて、周りの人を助けていくんだ。下界には沢山の事があるだろう。だけど安心しなさい、お前は釈迦の子。世の中を良くするために努力しなさい。」

「分かりました、お釈迦様。この世の中を良くするために、私、釈迦の子は努力します」

釈迦の子は、こうしてこの世にもう一度生を持ったのです。


ある夫婦の元に、可愛い子供が産まれました。

「あら、可愛い子」

「本当に可愛い子だ」

「ほら見てよ、お父様。お父様も良かったわよね、病気が治って。孫の顔、見れたじゃない。」

「あぁ、本当に良かった。きっとお釈迦様のおかげだ。」

「…あら?ノックの音…誰かしら?」

「こんにちは!」

「あら、可愛いお客様ね。どうしたの?」

「赤ちゃんが産まれたと聞いたので、お祝いの品の配達です。」

「まぁ、配達?まだ小さいのに大変ね」

「いえ。僕でも誰かに役立つよう働ける場所があって嬉しいです。このきっかけをくれた人、もしかしてお釈迦様かもしれません」

笑顔が溢れるその家の外。

まるで子を見る母のように、優しく窓から赤子を見つめる人がいたと思ったのですが、どうやら気のせいのようです。

窓辺には、それはそれは綺麗な、白い花びらが佇んでいるだけでした。

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