第2話 青年と少女

「何か病気でも?」

「病気…ちょっと違うけど、近いです。」


どうやら聞き出せたようだ。

少女は俯きながら、不安そうに両手を弄っている。

少し時間が経ち、ようやく顔を上げた。

「あの、私、小さい頃に交通事故に遭って、目が見えなくなりました。」

そうか……目が見えなかったからか。

「すまん……嫌なことを思い出させた。」

「あ、気にしないでください。もう過ぎたことですから。それに、今はもう治りましたから。」

そう言って、少女は瞬きをした。

人を魅了できるような深い色だった。

「元々、あまり人付き合いが良い方じゃないから、目が見えなくなったあと、距離がもっと……。変わろうと思いました。でも、こんなんじゃ何をしても、他人の助けが必要でした。だから友達なんて、到底無理なことでした……。結局、両親以外に…誰とも私と喋らなくなったの。」

「……手術とか受けなかったのか?」

「しました……でも、おかしいんです。先生は角膜の移植は基本的に拒絶反応は起きないと言いました。でも…毎回手術した後に、激しい拒絶反応が起きるんです。どれだけ手術しても同じで、それにお金も……段々、私は諦めました。」

「……。」

「ふふ、そんな深刻な顔をしないでください。」

「う……ああ。」

そう言われて、初めて自分の顔が強張っていることに気付いた。

「続きが聞きたいなら表情を変えてくださいね。」

叱られたような気分で、私は思わず笑ってしまった。

「ああ、続けてくれ。」


「目が見えないのは不便だけど、しばらくしたら慣れました。でも、他の人に迷惑を掛けたくありませんでした。だから、慣れたあとでも、あまり人と話しませんでした。」

「ずっと一人なのか?」

「どうせ一人でも、大勢な人がいても、私には見えませんから。」

少女は苦笑いを浮かべた。

「そんな風に思ってると、年を取った後でも、ずっと一人だよ。」

「……はい。私もそう思い始めました。」

「ふーん、どうやらきっかけがあったようだね?」

「一年くらい前に父の仕事が原因で私達は引っ越しました。あの日、私は一人で新しい環境を見て回ろうと思いました。」

「一人って……危なくない?」

「慣れないといけませんから……ずっと人に頼るわけにはいきません。」

うん。強い子だ。

「でもやっぱり一人じゃ駄目でした。階段を下りるとき、私は足を踏み外しました。」

「え……。」

「あの時はすごく怖かったです。頭の中が真っ白で……。気が付いた時には、既に柔らかいものの上で倒れました。」

「柔らかいものって、家の前に置いてあったゴミとかじゃないだろうね?」

「ち、違いますよ! 物事を良い方に考えましょうよ。ゴミだなんてロマンがありませんよ。」

「ああすまん。ちょっとリアル過ぎたね。」

そうだな。長年の習慣ってやつかな。

「じゃあ、ロマンを交えて、その柔らかいものは……人間?」

「はい……起き上がろうとする時に、『大丈夫?』という声が聞こえました。優しい声でした。頭に伝わる吐息を感じました。」

少女は顔を赤らめた。

「そして、その人はそっと私の体を起こしてくれました。『さっきはごめんね、怪我がなくてよかったよ』って。その声の持ち主はそう言いました。自分が転んで人にぶつけたのに、相手が先に先に謝るなんて、おかしいですよね。」

「おかしくないよ。世の中には、良い人がいっぱいいるからね。私のように。」

「ぷっ。」

「嘘じゃないが……まあいいや、続けて。」

「私は彼に『わ、私の方こそ。ご、ごめんなさい……』。人と話すのは久々だから危うく謝る言葉も忘れそうになりました。」

「相手は心配そうな声で『今朝引っ越して来た人だよね?』。私は頷きました。そしたら彼は『床に落ちなくて良かった。今度下りる時は気を付けて。』でもあの時は焦ってしまって、謝ったらすぐに手すりを頼りに降りて行きました。2、3歩歩いたら、後ろから彼の声が聞こえました。彼は私の目の前に回って来て、足を止めました。『目……。』彼はちょっと戸惑いました。何を言おうとしたのか、すぐに分かりました。普段出かける時も周りからヒソヒソと何かを言われる声が聞こえますから。人間は、障害のある人を見ると、まるでエイリアンを見るような反応をしますから……。」

少女は項垂れてしまった。

「じゃあ、当たったのか?」

「いいえ……当たりませんでした。」

悔しいニュアンスが込められているが、少女は笑った。

「彼は少し考える素振りを見せた後、『良かったら、周りを案内しようか?』と言いました。まだ何も返事していないのに、彼は私の手を取って、一歩ずつ、ゆっくり階段を下りました。彼の歩く速度は遅く、手もとても暖かかったです。目が見えなくなって以来、初めて家族以外の人の温もりを感じました。全ては突然起こった出来事だったけど、あの手を離す気にはなれませんでした。相手はただの見知らぬ人、信じられるかすら分からい人なのに…。」

「ふーん、きっと、突然他人との触れ合いに緊張したんだろう。」

「緊張はしました。でも、その中には何とも言えないような感情が混じっていました。

「どう? 一人で居るよりも、誰かと居た方が良いだろう?」

「……そうですね。」

「彼は下の階に住んでいることを知りました。十八歳私より一個年上です。そのあと、私たちは友達になりました。両親もすごく喜んでくれました。私はいつも彼の所へ行きました。邪魔になるかもって思ったけど。彼は『どうせいつも家に居るしね』って言ってくれました。」

「ちょっと待って、おかしくない?」

「はい?」

「いつも家に居るって、あの年だと、学校は?」

「確かに……私もそう聞きました。」

「彼は何て言った?」

「えへへ、当ててみて下さい。」



「原因は分からないけど、彼はいつも家に居ました。」

「体が悪かったとか? 学校に行けなくて、家で治療を受けてたり?」

「最初は私もそう思いました。彼の両親に聞いたら、病気じゃないそうです。」

「うーん……そうなのか。」

「病気じゃないと知った時は凄く安心しましたよ。」

「ふーん、かなり彼のことを気にしてるようだね。」

「えっ? あの……その……。」

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