第11話 希望の石と朝
世界樹の体でいる事に慣れて違和感が薄れ始めた頃。
自分の身に起こっている、ちょっと不思議な事が分かった。
皆に言葉の基本的な発音や文字の読み方を教えてから数日経過して、特にやる事が無くなったので暇になった。
いや、言葉の授業も1日1~2時間しかしてなかったから元から暇だったか。
まぁ、それはいい。
やる事と言えば、皆の生活を観察しているか、まだ言葉の習得と読み書きが不自由な者達に、エルフの少女のエルフィーが行っている補習授業を眺めて、たまに助言する事くらいだ。
なので、ボーっとしてる事が多くなったのだが、なんだか時間の経過が速い気がする。
気が付くと、夕方だったはずなのに朝になっていたり、気を抜いていると数時間ほど経過していたりするのだ。
それと日中に太陽の光を浴びていると、妙に心地よい感覚が有る。
美味しい物を食べて後の満腹感を感じている時の様な、睡眠をたっぷりとった後に疲れが吹っ飛び力が漲っているような……
もしかして光合成みたいな事をしていて、それの感覚を感じているのか?
これは、俺が宿っている世界樹の体の機能や能力が、意識や精神的な物に影響を及ぼしている気がする。
そういえば、ここ何日間もパソコンの有る空間にも戻ってないし、元の体になって感覚的な違いを確かめてみるか。
夜になり皆が寝静まったのを見届けてから、パソコンの有る不思議空間に戻り、自分の体に感じる物を把握してみると、やはり妙な充足感などは感じなくなっていた。
久しぶりに、こちらに戻って生の肉体になっているのだし、考え事のついでにお礼にと貰って溜まってしまっている、供物の果物を食べて暇つぶしでもするか。
「お?GPが増えてる?」
パソコンの画面を見るとGPが2増えて、いつの間にか3になっていた。
他の事に気を取られていたせいか気が付いていなかったな。
これで、少しは出来る事の選択肢が増えたか?
GPを使えば動けない体でも、色々と出来る事が増えそうだし。
いっそ、この力を使って世界樹以外の体を作ったり出来ないもんか……
世界樹の体でも時間感覚の変調以外は、そんなに問題は無い。
だが、問題は無くとも、色々と不便な所が多いのも確かだ。
まず、動けないので、言葉を喋る以外の事が出来ない。
火山の噴火から、もう数週間は経過しているので、GPを使って張った結界の外も落ち着いてきてると思うのだが、遠くから眺めるだけで、それらを近くに行って確かめる事も出来ない。
結界の中で安全そうな場所なら、普通に言葉を話せる様になったエルフィーに頼む事も出来るっちゃ出来るが……
身体能力的には弱い部類のエルフで、まだ14歳の少女なので不安がある。
いや……
言い訳はよそう……
ぶっちゃけ、動いてあれこれ出来ない事が暇なのだ。
供物の果物を取出してモシャモシャ食べながら、そんな事を考えていると、供物の一覧に有る石ころが目に映った。
これは……エルフィーが色々と持ってきていた供物の一つだったな。
アイテム名を見てみると「雪花石膏」と書いてある。
なんだろう?と取り出してみると、彼女の拳程度の大きさの少し透明感のある白い石だった。
触って感触を確かめると、石にしては柔らかいというか脆い感じの石だ。
この石には見覚えが有り、少し懐かしい感じがした。
子供の頃に、コンクリの壁やアスファルトの地面に落書きなど描いたりする時に、チョーク代わりに使っていた石に似ているな。
美術の授業で彫刻の練習時の教材にも使ってたか?と思い出し、試しに爪で引っ掻いてみると、少し削れた。
その時、俺の脳内に閃きがあった。
この石で彫刻を作り、それを神体にして宿れないだろうか?
いや、宿るのが鉱物じゃ危険かもしれない……
現に世界樹に宿っている時も、精神や活動内容が、その世界樹の影響を受けてしまうのだ。
石に宿ったとたん、意識や思考などが止まってしまう可能性もあるかもしれない。
でも……仮にだ……
子供の頃にやった事のあるゲームや聞いた事のある御伽噺の様に、石像に宿って動ける肉体に変化し活動できる様になったら、どんなに楽しいか……
動物や人などの生物的な形の彫像なら可能かもしれない。
今まで地上では、さっぱり動けない大木だったので、その想像は魅力的過ぎる。
よし!試してみよう。
そんな頭の中の想像に、わくわくしながら地上に降りて来たのだが……
まだ地上は夜だった。
自分が降臨してきた事に気が付いたのか、何人かがびっくりした様で飛び起きてしまった。
世界樹の根本で寝た居たらしいエルフィーも、驚いて起きてしまったらしく、寝ぼけながら訊いてきた。
「大樹……さま?
どうしたの?」
ごめんね、いきなり降りて来てしまって。
「いや、なんでもない。
まだ夜明けではない、寝ていなさい」
そう言い聞かせると、エルフィーや他の者達は、また眠りについた。
ちょっと気がはやり過ぎてたようだ。
気を落ち着かせて、皆が起る朝まで待とう。
暫くすると、遠くに見える海の水平線から、太陽の光が差してきた。
朝焼けの光が周囲にだんだんと広り、視界の景色に色が戻り始める。
海や川がキラキラと光を反射し、木々や草の色鮮やかな緑、その緑のキャンパスに散らばる花々や果物の色彩豊かな色が鮮やかに蘇っていく。
ようやく朝になり、皆の周囲にも光が差し込み、徐々に皆も起き始めた。
俺の体になっている世界樹の根本で眠っているエルフィーの顔にも朝日の光が当たり、彼女の瞼が薄っすらと開くのが見える。
今日やることに必要な一人目が目を覚ましたようだ。
「おはようエルフィー」
朝の挨拶をすると、まだ寝ぼけ気味な声で彼女も
「おはようございまふ」と答えたのだった。
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