第4.5話 地上の人々2
『なんじゃこりゃ!?』
突如として、目の前の大樹から彼らの頭の中に『言葉』と共に、驚愕と困惑しているという明確な感情が流れ込んできた。
今まで彼らは、頭の中でも、実生活に置いても、自身の心の有り様と意思を表現するのに叫び声や体の動きと顔の表情程度でしか表現を出来なかった。
しかし、大樹の言葉と共に流れ込んでくる感情、そしてそれを何故か理解できる自分自身に驚く事になった。
今まで経験したことの無い感覚に、彼らはどうすればいいのかも分からず、うろたえる。
そこにまたも大樹から、声が発せられた。
『皆の者よ、落ち着け!』
前の言葉は無軌道に発せられた物で、意味も不思議と理解できる物だった。
彼等自身も驚くと、咄嗟に声が出たり体が反応する事を分かっていたので、それと同じ事を大樹がしたのだろ感じたからだ。
だが、次に聞き取った言葉は彼等全員に向けて発せられている事を感じ、そしてそれは明確に指示を与えてくる物だった。
今まで感情の大小でしか物事を判断できず、他者や集団の長から何かを求められる事は有っても、明確に相手の求めるところを理解した事が無かった為、またも強い驚きと困惑によりその声と言葉を発した大樹を凝視する事になったのである。
それから、大樹は様々な事を優しく彼らに語り掛け始めた。
『ウアよ、私の前に来るのだ。
他の者は少し下りなさい』
この言葉により、彼らはそれぞれを分け隔て認識する名前という物と、個人という認識を理解した。
『ウアよ、安心しなさい。
私はお前達を助けるために来たのだ。
お前達は私の言葉が分かるのだな?』
この言葉で、彼らはこの大樹が我々を守護する存在であると分かり安心したのだが、問いに応える術を持たない彼らは混乱もした。
『お前達は言葉を話せないのだな?
そうなのであれば頭を縦に1回振るのだ。
そうでなければ頭を左右に1回振れ』
しかし、次のその言葉で、言葉を発して話せなくとも明確に意思を伝える術が有るのだという知恵を学んだ。
『お前たちが言葉を話せない事は分かった。
だが、私の言葉が理解できるのなら問題は無い。
今起きている大地の揺れと火山の噴火は私の近くに居れば安全だ。
皆も安心して私の近くに居なさい』
この言葉で、皆が言葉を話せず伝える術も持たないのに、大樹は我々が何を求め、どうして欲しいのかを理解し、それに応えてくれて、自身がとてもおよびもつかない知恵と力を持つ存在だと感じたのだった。
『男達よ、この事態は暫くは続く。
食べ物を取りに行けない者の代わりに、近くの木から果物を集めてくるのだ』
だが、この言葉での指示の目的が彼等には理解できなかった。
彼らは今まで生活してきた中で、辺りにある固くない物は全て食べられる物だと知っていて、食べ物に困るという事は経験した事が無かったからだ。
大樹の言う食べ物を取りに行けない者達は、子を宿している女や幼子達の事であろう、その者達はたしかに行動が制限されているのは知っている。
だが、空腹になったら辺りに生えている草花や、近くに落ちている大樹の葉を食せばいいのだ。
しかし、大樹が出す言葉や指示は何か必要な事の様に感じ、彼等は指示に従い行動を起こすことにした。
大樹の言葉に従い、大人の男達が方々に散り、果物を集め始めた時だった。
『皆! 急ぎ私の元に戻れ!』
大樹から発せられた声が大きく響き渡り、その声は焦りと不安を皆に感じさせ、それと同時に何かが起こるのだという予感もさせた。
皆は大急ぎで大樹の根元まで戻り、自分の子や愛しいものと抱き合い大樹に目を向ける。
不安がっている皆を安心させるように、優しく大樹は語り掛けてきた。
『皆の者よ、今から強い大地の揺れと火山の噴火が起き、この地を襲う』
その言葉は彼等に絶望的なイメージを感じ取らせた。
『だが安心せよ。
先にも言った通り、私の傍に居れば安全だ』
次の言葉からは、自信に満ち溢れ、どんな事からも彼らを救うという意思を感じた。
そして、大樹が予言した事が起こる。
足元から感じる、世界を震わせる音と振動が徐々に強くなり、やがて遠くで赤い閃光が走り、皆はその方向を見る。
皆の視線の先、そこには、今まで皆が大樹と並んで不変の存在だと思っていた火山があり、その火山が赤い光と共に大爆発を起こしたのである。
山の上部が吹き飛び、そこから赤く灼熱した岩や溶岩が飛び散り、それが彼等の世界に降り注ごうとしていた。
その光景を見て、彼等が本能からくる恐怖でパニックに陥りかけた時だった――
『なら……後は、やってみるだけだな!』
そこに、大樹から途轍もない強大な意思と覚悟を感じさせる言葉が響く。
『皆を守る聖域よ!現れろーーーッ!!』
その言葉と共に奇跡が起こった。
大樹が光り輝き、その光が全ての物を優しく包みながら遠くまで広がっていく。
その光景と七色に淡く輝く光の乱舞は、皆の目を釘付けにし、魅了し、そして急速に彼方に広がり、大地も空も包むように透明な壁を作り上る。
その光が通り過ぎ、透明な壁が出来たとたん、世界を揺るがす振動と音は止まり、彼らの周囲は何時もの平穏で優しい世界に戻った。
遠くにある透明な壁は、彼方から彼等に向かって降り注ぐ岩を全てはじき返す。
火山から迫りくる、大地の怒りの様に地面を砕きながら押し寄せる大波も、その壁を通る事は出来なかった。
その様を目撃し、感じた皆は、言葉を持たぬ故に言い表せぬ感情と気持ちを、大樹へ向けて各々の方法で表したのだった。
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