第4話 ファーストコンタクトと奇跡

「なんじゃこりゃ!?」


 色々な事が一気に起こり混乱して俺がそんな声を出すと、その声に呼応するように今度は下の方から騒めきが聞こえて来た。


 そちらに意識を向けると、自分の足元?木なんだから根本か?に様々な人々が集まって此方を凝視して居るのが見える。


 これって……もしかして……

 あの草原のパソコンの画面で古臭いドット絵で表現されてたウア君達か?


 今は、全員がリアル描写である。

 彼等どころか、景色も周囲に見える草花や木々も全てが本物の様に見える。


 いやいやいや、マジか?


 凄い本物っぽいけども……

 これくらいなら出来のいいVR系のゲームなら表現できるよね?

 感じている風や匂いなども妙に生々しいけど……


 てか俺、木になっちゃってる感覚が有るし?

 風や匂いを感じてる時点でおかしいだろ……


 それに此処は一体何処なんだ?


 少し遠くに見える火山や川などの位置からして、あのゲームだと思って作り上げた世界の地形や風景と一致する。

 やはり、あのポップアップ表示に書いてあった、神体の世界樹になってしまっているのか?


 えぇ……


 世界樹とはいえ、木になって何をしろと?


 体である幹の形や枝がどの様に伸びているかは感覚的に分かるのだが、動かせる感じなどはさっぱりしない。


 なんとか枝などを触手の様に動かせないかな?


 などと考えて試していると、体に僅かな揺れを感じた。


 お? 動かせるのか?


 と思ったら、どうやらただの地震であったようだ。

 そういえば群発地震が発生してるんだったね。


 なんか火山の頂上を見るとマグマが噴き出ていて、もくもくと噴煙が立ち上っているのが見えるし、火山性地震てやつか?


 下を見てみると、俺の根本に居る皆は怯えているようだ。


 何とかしてやりたいとは思うのだが、その何とかする手段が無いんだよな。

 というかこっちが何とかして欲しいくらいだ。


 しかし、まいったな……体も動かせないし声も出せ……あれ?

 さっき声は出せた気がしたな……喋る事は出来るのか?

 試してみる……か?


 えーっと、こっちは神体だか降臨している立場なのだし神様的な者なんだよな?


 何て言えばいいんだ……地震の時は落ち着かせるのが先決か?


 でも、下の皆からは騒めきは聞こえても、明確に言葉だと思われれる声は聞こえてこない。

 これは、コミュニケーションを取れる言語を持っていない可能性が高い気がするし、それに、何を言えばいいんだ?

 威厳とか神々しい感じで言えばいいのか?

 そんなもん、わからん!

 自分が混乱してどうすんだ……


 えぇい、ままよ!


「皆の者よ、落ち着け!」


 おぉ! 声が出せる! 喋れる!と喜んだものの


 偉そうに喋って声を出してみたのはいいが、言葉が通じてるのか?

 やはり言葉なんて文明は持っていないのかと疑問が湧いてきて、少し不安になった。


 皆の反応はどうなんだと見てみると、全員が目を見開いて此方を凝視して固まっている。


 うん、まぁ、落ち着いたというか、びっくりして固まっちゃったみたいだね。


 そうだよね、木が喋ったら普通は驚くよね……


 これでは、此方の言葉が通じてるかも分からないな。


 何か指示でも出してみれば言葉が理解出来ているか判明するか?

 彼らが指示に従うか、返答してくれればだけども。


 とりあえずはウア君に呼び掛けてみるか。

 名前を知ってるのも憶えてるのもウアとアーウの2人しか居ないし。


「ウアよ、私の前に来るのだ。他の者は少し下りなさい」


 と、俺はウアを名指しして、それと他の者にも大雑把な括りで簡単な指示を出してみた。

 すると、根本に居た皆は多少ざわつきながらも少し離れて行き、その中の一人の男だけがビクビクしながら近寄って来た。


 この彼らの行動で判明したのは


 ある程度の生物的な感情が有り

 あいまいな表現の指示にも考えて行動する知能も有り

 こちらの言葉も理解出来て、名前か何かでの個人の判別も出来ている


 と、いったとこだろうか?


 一人だけ進み出てきた者は、ぼさぼさに長く伸ばした青み掛かった白髪に浅黒い肌の、それなりの歳を経た男だった。


 初老に差し掛かっているようだが、体はまだまだ衰えてはおらず、顔は皺と白い髭を蓄えているが堀が深く整った顔立ちで、イケメンというかイケおやじな顔だ。


 しかし今はプルプルと小動物の子供みたいに震えている。


 取って食ったりしないから、そんなに怯えなくてもいいのに……


 彼がウアなのか?

 たしかに、降臨する前にパソコン画面で見たグラフィックと、髪や肌の色などの特徴は一致しているが……


 などと疑問に思ったら、頭の中に彼のステータスが浮かんできた。


 名前:ウア 性別:男 年齢:72 種族:人間

 SID:2  Lv:18 状態:健康

 HP:119 SP:50 MP:41

 STR:29 DEF:27 VIT:21 DEX:20

 AGI:22 INT:20 MND:21 LUK:25

 技能:威嚇1 神語1


 なんだこれ……


 確かにウア君らしい事は分かったが、知りたいとか疑問を思考すると出るのか?


 便利だとは思うが、強制的に頭の中で記憶が思い浮かぶ様な感じがして、少し気持ち悪い。

 それに、頭の片隅に常にウアのステータス情報がこびり付いている様でモヤモヤする。

 だが、消えないかな?と考えたら、スッと消えてくれたので一安心した。


 下でプルプルしている彼がウア君だという事は分かった。


 てか七十二歳!?

 もうウア君じゃないな、ウアさんだ……


 でも外見が七十二歳に見えんな。

 体はガッチリしてるし、老人という感じがしない。

 体は弛んでも無いし筋肉質だ。


 このゲーム内――見えている物は妙にリアルだが――の世界の人間は歳を取りにくいのか、はたまた寿命が長くてまだまだ老いる年齢でもないのか?


 まぁいい、今は群発地震と火山の噴火に怯えている彼等の救済の方が優先だ。


 今の所、こちらから出来る事は声を出すくらいしか分かってないし、コミュニケーションが取れるのかの問題がある。

 それには、向こうから俺へ意思を伝える方法が有るのかの確認をせねば。


 まずは彼を落ち着かせてから、何か質問して答えられるか試そう。


「ウアよ、安心しなさい。

 私はお前達を助けるために来たのだ。

 お前達は私の言葉が分かるのだな?」


 なるべく威圧しない様に優しく声を掛けて、こちらの言っている事が理解できているのかの質問をしてみた。


 ウアの様子は、怯えて震えるのは収まったが、困惑した表情で少し固まった後、なんだかよく分からない喘ぎ声とジェスチャーの様な身振り手振りをし始めた。


 うーん……

 いきなり外国語で道を聞かれた日本人みたいな反応をしちゃってるなぁ……


 これは……此方の言葉の内容は理解出来ているが、言葉で伝える術を持っていない感じがする。


 仕方ない、簡単な仕草で意思疎通できる方法だけでも教えてコミュニケーションを取るか。


「お前達は言葉を話せないのだな?

 そうなのであれば頭を縦に1回振るのだ。

 そうでなければ頭を左右に1回振れ」


 と、イエスかノー形式のジェスチャーの仕草を教えてみると、ウアは首を縦に振った。


 ふむ、やはり此方の話す内容は把握してるが、言葉で会話をする事が出来ないみたいだ。


 だが、これで何とか簡単なやり取りなら出来そうだ。


 次の問題は皆の安全確保か……何を指示すればいいんだ?


 子供の頃に学校などで避難訓練をやった記憶はあるが、こんな状況の訓練なんてしてないよ……


 彼等に降り掛かりそうな危険て何だ?

 こんな木と草しか無い様な平原で起きそうな危険は……

 火山は大きいけど二~三十Kmは遠くにある有るみたいだし、これだけ遠ければ噴火しても大丈夫な気がする。


 他には、えーっと……そうだ!

 地割れ! 地割れが有ったぞ!


 地割れの対策なら知ってる。

 おばあちゃんの知恵袋的な物だが、たしか竹藪や樹木などの根が頑丈で絡み合ってる様な場所が安全だって聞いた事があった気がする。


 森と言えるほど付近の木は密集して生えてないから、この辺りで一番頑丈そうで大きな木と言えば、今自分自身が宿っているこの世界樹だな。


「お前たちが言葉を話せない事は分かった。

 だが私の言葉が理解できるのなら問題は無い。

 今起きている大地の揺れと火山の噴火は、私の近くに居れば安全だ。

 皆も安心して私の近くに居なさい」


 と、皆に語り掛けると、全員が一様にほっとした表情と雰囲気になった。


 さてと、どうして此方の言葉が理解できるのかはこの際置いておくとして、今後の事を考えねば。


 この地震が何時まで続くのかも不明なので、食料の確保も考えた方が良いか?


 女性達の半数が子育てなどで、食料の確保に行くのが難しい様に見受けられる。

 近くに生えてる木に果物がたくさん実っているのが見えるし、男たちに少し集めさせておくか。


「男達よ、この事態は暫くは続く。

 食べ物を取りに行けない者の代わりに、近くの木から果物を集めてくるのだ」


 などと指示を出し、近くに生えている木に向かっていく者達を眺めながら、後はこのまま群発地震が落ち着くまで見守る事にするか、などとのんびりと考えていた時だった。


 また弱い揺れが起こったと思ったら、頭の中に突如として強烈な危機感が生まれた。


 自分の身の危険に対してではない。


 今、俺の根本に集まっている者達が危険なのだと何故か分かる。


 何が起こるんだ?と焦っていると、視線が不意に火山の方に向いた。


 ――あの火山が大噴火をして辺り一面が火の海になる――


 そんなイメージが頭に浮かんだのだ。


 ヤバい――何とかしなくては。


 激震と共に火山の頂上が爆発したように噴火し、周囲数十Kmに灼熱した溶岩と岩や礫が降り注ぎ、それらが木々をなぎ倒し、そして島全体で火の手が上がりその炎が全てを飲み込んでいく。

 それらに巻き込まれ、皆が無残に死んでいく……


 突然、頭の中にこれから起こるであろう惨事が一瞬だが鮮明に映し出され、強い焦燥と危機感が頭を支配する。


 何とかしなければ彼らが全滅してしまう。


 急ぎ、周囲に食べ物を取りに行かせてる者達を呼び戻さねば!


「皆! 急ぎ私の元に戻ってこい!」


 かなり焦った感じで大声を上げたせいか、果物を取っていた男達はびっくりしたみたいだが、すぐさま大慌てで此方に戻って来た。


 しかし、全員を根本付近に集めたはいいがどうする?


 もう数分しか時間がないのが何故か分かる。


 くそッ、焦りだけが強くなり考えが上手く纏まらない。


 落ち着けと何度か心の中で自分に言い聞かせる。

 すると、不思議と心が冷静になってきた。


 今、自分に何が出来るのか?


 いや、そうじゃない……


 今、自分自身に何が起きているのか?


 気が付いたら不思議な場所で目覚め、自分が誰なのかも分からないまま、奇妙な場所でパソコンを使い世界を作り人々を生み出し、そして作り出したその地に降り立った。


 その世界で自分の意識が宿った物は動物でもなく、巨大な世界樹。


 どれもこれも現実ではありえない。

 まるでファンタジーだ。


 ――それだ、その認識こそが正しい――


 この状況の根本こそ認識しておくべき事だった。


 世界樹に宿ってからも、不思議な事を起こしている。


 言葉を持たない彼らに言葉を強制的に理解させ

 誰か分からないと思ったらその人物の情報が頭に浮び

 そして危機的状況が発生する前に察知した。


 それだけではない、危機を察知し焦燥を感じてから体感時間がゆっくりになってるのも感じる。


 これは意識が加速しているのか?


 先程の混乱している時も落ち着こうと、強く念じたら急に冷静になれた。


 冷静ではあるが焦燥感と危機感が心に強く有るのも感じる。


 だが、あんな生々しく凄惨な事が起きると確信しているというのに……


 なぜだか、絶望感は感じないのだ。


 何故だ?


 自分だけは死なないと思っているからか?

 自棄にになって、開き直ってるからか?


 違うな――これは、何とかできると確信しているからだ。


 その確信と、自身の置かれている世界と存在を認識をしてみれば、自分の中に何か『力』があるのを感じ取る事が出来た。


 かなり少ないみたいだが、今まで起こしてきた事を元に考えれば、使い方はおのずと分かる。


「皆の者よ、今から強い大地の揺れと火山の噴火が起き、この地を襲う」


 なるべく、皆を驚かせない様に優しく告げる。


 弱かった大地の震動もだんだんと強くなってきた。


「だが安心せよ。

 先にも言った通り、私の傍に居れば安全だ」


 彼らに語り掛けながら、彼らを守り切ろうと心に決める。


 遠くの火山を見据えると、その瞬間が訪れた。


 頂上の噴火口から赤い光が溢れ、その直後に大爆発が起きた。


 火山の上部の三分の一程が大噴火の爆発で吹き飛び、山を構成していた物が大小様々な岩へと変貌を遂げ、それが音速を超えたスピードで上空と周囲に飛び散る。


 そして火山を中心に、まるで水面に投げた石の衝撃で起こる波紋の様に、大地を砕きながら周囲に衝撃と振動が広がっていくのが見えた。


 やるべき事は心に定まった。


 ここがどんな世界で、自分がどんな存在になっているのかは、なんとなくだが分かった。


「なら……後は、やってみるだけだな!」


 自分の中にある力に強く願いを込める。


 込める願いは、彼らを守り抜く強固な壁。


 どんな絶望的な事だろうと跳ね返す聖域。


 ファンタジーな世界に居るんだ!


 なら……奇跡だって起こせるだろ!


「皆を守る聖域よ!現れろーーーッ!!」


 叫んだ瞬間、自分自身の体となっている世界樹を、淡く極光の様な光が包んだ。


 そして、その光が急激に周囲に広がって行き、その光が此処を中心に半径4km程まで広がり、薄い透明なドームみたいな半球状の壁になる。


 その壁へと、火山から途轍もない速度で迫りくる岩の弾丸が向かって来た。


 夕立の大粒の雨の様に一斉に迫りくるその岩の群れは、透明な壁にぶつかった瞬間、全てが粉々に砕け散る。


 どんな大きさの岩だろうが

 どんな速度の礫だろうが

 その聖域は全てを、砕き、跳ね返す。


 次に、大地が砕けながら津波の様に迫って来た。


 しかし、その圧倒的な大地の波も壁に当ると堰き止められ、こちらには衝撃や音さえも伝わって来なかったのである。


 その様子を見て、ほっとした時だった。


 俺は立ち眩みの様な急激な眠気を感じ、抗えずに意識を失った――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る