21-5.貴重で大事
翌日、遅番勤務の私はお昼にお店へと出勤した。駐車場に上品なブルーカラーのカムリがあったので期待して事務所に顔を出すと、思った通りミチコさんの息子さんが来ていた。
「母を助けてもらっていてありがとうございます。これからクリスマス、ヴァレンタインと忙しい時期に突入しますがよろしくお願いします」なんていい声でご挨拶されちゃって、キャーってなる。
マダム・ミチコの息子さんはスマートなイケメンで、お母さま譲りの上品さが癒しの域にまで達しているような物腰の静かな紳士でいらっしゃる。こうして時折お姿を拝見できるのがとっても目の保養だし、仕事のモチベもあがっちゃう。
上の年代の既婚者だからこそ安心してキャーキャーできるっていうのが本音なところ。手の届かない場所でキラキラ輝いていてくれる存在って貴重だし大事なのだ。
おかげでモチベーションアップでキリキリ仕事をこなせて、最初の休憩時間まではあっという間だった。
裏口のそばの屋外ベンチでコーヒーを飲みながらスマホで着信を確認する。由希ちゃんからメッセージが来ていて、私はドキドキしながらアプリを開く。
『今日遅番ですよね?? わたしも残業確定で帰りが遅くなりそうです! むしゃくしゃしてるんで夜ごはん付き合ってくれますかあ?』
ナオトくんと更新制で付き合い始めたこと、由希ちゃんにまだ話してないのだ。知らせるのが遅くなればなるほどもっと怒られるのだろうし、今晩話さないとな。
そう思ってわたしはOKのスタンプを返した。
「はあ? なんて言いました?」
びきっと青筋を立てて聞き返されて、私は亀さんみたいに首を竦める。キャー、カワイイ顔が台無しだよ、由希ちゃん。
「え、とぉ。カレシができましたー」
「はあ? 聞こえないです。もっと大きな声で」
「かんべんしてよー」
「かんべんしてはこっちですよ!」
グサッと、黒豚ハンバーグにナイフを突き立てて由希ちゃんは天井をあおぐ。
「紗紀子さんのばかーっ。わたしという者がありながら!」
「由希ちゃーん、お願いだから静かにっ。この後カラオケ行こ、ね? ね?」
ファミレスで話すんじゃなかったと後悔しながらどうにかこうにか由希ちゃんを宥めた。
「もーなんでですか? 紗紀子さん。更新制だって笑えるー」
バターロールをコワイ顔のまま引きちぎる由希ちゃんは笑ってはいない。
「それならわたしともしましょうよ、更新制」
「だめだよ、由希ちゃんは大事な友だちだもん」
私は苦い顔でスープを飲む。
胸熱なセリフで口説かれてほだされそうになったけど、付き合ってみてダメってなったときに、友だちに戻れないのはいやだなって私は思ったのだ。ダメってなったらダメで、そういう相手と友だち付き合いはできないから、私は。
「紗紀子さんのそういう不器用なところが好きだからいいんですけどぉ」
そういう由希ちゃんに私も甘えてるんだよなあとは思う。由希ちゃんみたいな年下の友だちって貴重だし。
食べ終わって、約束通りカラオケ店へ移動して店内に入ろうとしていたとき、私のスマホが鳴った。珍しい、順子からだ。
「はいはい?」
『あ、紗紀子! ヘルプ! ヘルプ!』
えええ、なんだ突然!?
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