15-5.いくらしたと思ってんだ!




 銀行さんの大口取引先ならお金持ちに決まってる。

 そのお家は駅前通り、リバーサイドと呼ばれるエリアの大きなマンションの最上階だった。フロア全部が住処というお金持ちぶりだ。


 私はせいぜい上品に見えるように振る舞い、その家の主に挨拶をして名刺を受け取った。地元大手の土木会社の会長さん。なるほど。

「こいつは山王工業に勤めてたんです。結婚準備のために退職しましたが」

 つるつると嘘をつくヤツの隣で慎ましく目を伏せていると、応接間の襖が開いて女の子が入ってきた。


「こんばんは、佐藤さん。その人ですか?」

「はい。紗紀子、ご挨拶して」

「初めまして」

 女の子は私をじろじろ見て鼻を鳴らした。

「まあまあ美人ですね。私の方がもっときれいになると思うけど」

 ハタチくらいかな。初々しく自信に満ち溢れてきらきらしている。家だってお金持ちなんだ。怖いものなんて何もないんだろう。


「あーあ、がっかり。佐藤さんと結婚したかったのに」

 ぺたんと座って、両肘で座卓に頬杖をつくその子に私は微笑みかける。

「この人が好きですか?」

「うん。かっこいいもん。仕事もできるっておじいちゃんも褒めてるし」

「そうですか?」

「なんでそんなこと聞くの?」

 くちびるを尖らせる彼女に私はにやりと笑う。


「あげますよ。のし付けて」

「おい……」

 腕を引かれたけどかまわない。

「仕事ができることと良いダンナになるかは関係ない。それでもいいならあげますよ」

 最初きょとんとしていた彼女も、にいっと笑って私の尻馬に乗っかってきた。

「おねえさんがいらないなら、貰ってあげる」

「いらないですよ。あなたにあげます」


 もう知らない。こんな奴。

 最後に丁寧に家主にお辞儀をして私は立ち上がった。

「すみません。あいつ今日機嫌が悪くて……」

 ヤツが言い繕うのが聞こえたけど知ったことじゃない。お暇してどんどん外に出る。


 バスで帰ろうとターミナルに向かっていたら、思ったより早くヤツが追いついてきた。

「おい、サキ! なんてことしやがる。面白がって笑って許してくれたから良かったけど」

 知らない。知らない。こんな奴。

「サキ!」

「うるさい!!」


 素早くパンプスを脱いで後ろを振り返り、二連投でヤツに投げつけてやる。

「バカっ。何怒ってんだよ」

 怒るに決まってるだろっ。

 指から抜いた指輪を振りかぶると、見たこともないくらいヤツが青ざめた。

「それはやめろ、いくらしたと思ってんだ!」

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