13-5.「あれ?」

「熱計ってください」

 声をかけたけど体を横たえた途端にうとうとしてしまってるようだ。

 仕方なくそばまで寄ってトレーナーの首元から体温計を差し込んで脇に挟む。腕を押えている間も、顔を向こうに向けて林さんはぴくりともしない。


 電子音が鳴ったので取り出して見てみると、熱は三十八度四分。そんなに高熱ってわけでもない。それでこんななっちゃうのかな?

「林さん、薬飲む前に何かお腹に入れて下さい。ゼリーのやつ、ありますから」

「……」

 反応がない。薬を飲まないことには治らないから、私はそこは容赦なく頬をぴたぴたする。


「薬だけでも飲んでください」

 何か呻くようにして少しだけ頭を起こし、林さんはどうにかこうにか薬を飲んでくれた。

 そこから事切れるように動かなくなる。まあ、あとは寝れば治るでしょ。


 それにしても暑い。床の上にリモコンを見つけて室温設定の温度を下げる。

 熱冷ましシートを出して林さんのおでこに貼る。掛け布団を首元まで引っ張り上げて私は息をついた。


 やってあげられることはこれくらい。ひと眠りすれば楽になるに違いない。

 思ってさっさと帰ろうとし、そこで初めて私のコートの裾を林さんの手ががっちり掴んでいるのに気がついた。

 いつの間に、とぎょっとして引っ張ってみるけど手は離れない。

「離してくださーい」

 小声で呼びかけてみる。

 林さんは寝息を立てて眠っている。どうしよう。


 コートを脱いで帰ることを考える。現実的といえばいちばん現実的だ。

 こうやって衣を脱いで逃げる話があったよなあ、とふと思い出す。源氏物語の空蝉だ。シチュエーションとキャラクターのあまりの違いに吹き出しそうになる。

 なんだかコートを脱ぐのが負けのような気がしてきた。


 そのまま、また座り込んでスマホで時間を確認する。まだ夜の九時前だった。

 心静かに新年を迎えられたと思ったのに、さっそくのトラブルにやっぱり笑いたくなる。

 友人たちにメッセージを送って笑いを取ろうかとも思ったけど、入力の途中で面倒になって画面を閉じた。


 静かだ。エアコンの作動音と林さんの寝息しか聞こえない。周りは工場ばかりだから、休日にはこのあたりはとても静かなのだ。

 足を延ばしてベッドに寄りかかって座り、いつの間にか私もうとうとしてしまっていた。


 くしゅんと、自分のくしゃみにびっくりして目が醒めた。少し頭が痛い。腰も肩も痛い。

 状況を思い出して振り返って様子を見ると、林さんの方もびっくりした顔で私を見ていた。

「起きましたか? 気分はどうですか?」

「あれ?」

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