13-4.いい大人が




 そんなこんなで夕飯を食べて帰る頃には、私の気分はくさくさしていた。

 お酒が飲みたい。思って帰り道の途中にあるドラッグストアに寄ることにする。職場の近くで、いつも日用品を買っている店だ。


 店内に入るなり、手前の薬品コーナーで林さんを見つけて私はぎょっとする。新年早々見たい顔じゃないのに。

「おめでとうございます」

 偶然ですね、そう付け加えようとして私は気がつく。

 なんだか林さんはぼーっとしている。こっちを見た顔が赤い。


「え……酔ってるんですか?」

「失礼な」

 言葉の途中で林さんは咳き込む。うわ、風邪ですか。

「熱あるんですか?」

「たぶん。目がかすんで字が読めない」

 おいおい。私は手を延ばして林さんのおでこに触ってみる。熱い。

 途端に林さんがよろめいたから私は慌てて体を支えた。


「わかりました。私のクルマで待っててください」

 林さんに助手席に座ってもらいエンジンをかけて暖房をつける。

 気が抜けたのか林さんはぐったりしている。なんなのだ、この人は。いい大人が正月早々。


 私は店内に取って返して、風邪薬と体温計と熱冷ましシートや栄養ドリンク、レトルトのおかゆなんかも一緒に買い込む。

 林さんは独り暮らしだから家には何もないに決まってる。男のひとり暮らしの部屋なんて寝て起きるだけなんだから。


 クルマに戻ると、やっぱり林さんはぐったりしている。しょうがない、送ってあげるか。

 林さんのアパートは会社の工場建物の裏手にある。他にも独身の社員さんが何人か暮らしている。多分みんな帰省してるだろうけど。


「林さん、着きましたよ。歩けますか? 熱測って薬飲めますか?」

「うん……」

 て言いつつ動かない。ああもう、くそ。

 来客スペースに駐車して私も一緒にクルマを降りる。

「部屋は何処でしたっけ?」

 林さんは声もなく少しだけ指を上げて一階の端の方を指す。そうだった、いちばん手前の部屋だ。

 暗証番号を入力してロックをはずすタイプの玄関扉で、私が目を逸らしてる間にパネルを押してもらう。


 中に入ると、電気は点けっぱなしで暑いと思えるくらいに暖房が効いていた。風邪の悪寒でわからなくなってるんだろうな。

 それで余計に、いかにも男の人の部屋な匂いがきつくて、私は苦笑いする。性格がいくら淡白でも無味無臭ではない。当たり前だ。


 林さんが上着を脱いでよろよろとベッドの布団に入る間に、私は買ってきたものをぶちまけて体温計を取り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る