11-2.ねとねと

「林さんも弥生さんもしらーっとしちゃって。やですねえ、大人は。言いたいこと言ってやりゃあいいじゃないですか」

「そうは言うけどさ、もうどうでもいいんだよ。今更蒸し返す方がもやもやしちゃうよ。そういうのはね、疲れちゃうんだよ、大人は」


 優しく弥生さんが諭すのを、むーっと口を尖らせて聞いていたと思ったら、由希ちゃんはこてっとテーブルに突っ伏してしまった。

 おーい。寝るんかい。

「いいよねえ、若い子は」

 自分の上着を由希ちゃんの肩にかけてあげながら弥生さんは微笑む。

「そうですねえ」


 何事も白黒つけなきゃ気がすまない、私にもそういうときはあった。

 だけど世の中はグレーゾーンが多すぎて、それに納得した振りをしないと生きていくことさえ難しい。気がついたら自分の心もグレーに染まっていた。

 曖昧に、あやふやに。それが心地いいときも確かにあって、毎日が楽しければいいのだと思い込んできたけれど。

 ふと目が醒めれば虚しくなる。体の快楽と同じだ。地に足がついていない。


「紗紀子ちゃん、彼氏いるんだよね?」

「あ、多分別れると思います」

 気まずくなってから圭吾くんからは連絡ひとつない。

「冷却期間じゃなくて?」

「私そういうのないんです。ダメってなったらダメなんです」

「それはよくわかる」


 弥生さんはグラスをあおってビールを飲み干すと、マスターに焼酎を頼んだ。私もそれに倣うことにする。


「だからね、私も林さんとどうこうっていうのは、もうないなあ。向こうもそう思ってるだろうけど」

「見るからに女っけゼロですけどねえ、あのヒト」

「愛想がないからね」

 苦笑いして弥生さんはシシトウをつまむ。

「でも男らしいとこあるよ」

「そうですかあ?」


「紗紀子ちゃんは優し気な年下が好きなんだよね」

「ええ、はい、まあ。それで失敗してばっかだから友だちに年下はもうやめろって言われちゃいましたけど」

「ははは。良い友だちだねえ」

 ほんとに。

「紗紀子ちゃん、モテそうだもん」

「ぶっちゃけ引っかけるのは得意です。でも引っ張れないんですよね」

「ああ、うん。薄ーく長ーくね」


 茶目っ気たっぷりに弥生さんが含み笑いしたので私は確信する。この人にはそういう相手が複数いるんだな。

 横顔をじろじろ見てたら私の目を見て弥生さんはにたりと笑った。ああ、汚れた大人の顔だ。


「紗紀子ちゃんはあ、さらさらしすぎなんじゃないかな」

「さらさら? そうですか?」

「竹を割ったみたいな性格でしょ? ねっとりじわじわ囲い込むってことしないでしょ?」

 確かに。それはできない。


「もっと、ねとねと絡みついて離れないってくらいじゃないと」

 そう言われても。

 思った私の顔を見て、弥生さんはけたけた笑い出す。

 お酒まわってるのかな、この人も。

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