第3話 手近な男
3-1.マジないですよ
「紗紀子さーん、今度の合コンにはわたしも交ぜてくださいよ」
朝の挨拶もそこそこに職場の後輩の由希ちゃんが言ったから私は驚く。
どうしたんだ、この子。彼氏が欲しいというよりは、まずは自分が可愛くあることに重きを置いているタイプだと彼女を分析していた私は、どういう心境の変化だろうと首を傾げる。彼氏というアクセサリーが欲しくなったのだろうか。
「なんか人恋しくなっちゃって」
あー、と私は納得する。もうすぐカレンダーが十二月に変わる。あのイベントがやって来るのだ。
クリスマスとは本来家族や友人とすごすものであって、恋人たちのイベントのようにはやし立てる日本は間違っている。
そういう声も聞こえてくる昨今だが、カップル向けの宣伝はまだまだ後を絶たない。独り者たちが取り残された気分になってしまうのも仕方がない。若い子なら尚更だ。
イベント前に慌てて成立するカップルはイベント後に別れる、というのが私の個人的見解だけど、由希ちゃんが望むならやぶさかではない。
「そうだね。頭数の調整はこれからだから……」
話していると、開けっぱなしの事務所の扉から女の人がひょこっと顔を覗かせた。
「コンパ? いいなあ、若い子は」
社長同士が仲良しでうちのお得意様である、畠製作所の弥生さんだ。
私より少しだけおねえさんなだけなのに、自分はもうおばさんだ、みたいな発言をする。まだまだとても可愛らしい人なのに。
「朝早くにごめんね」
図面の束をカウンターに置いて、弥生さんは顔をしかめた。
「昨日メールで送った図面が見にくかったみたいで、原本持ってきた。林さんに頼まれたんだけど……」
その林さんが、ちょうど出勤してきて弥生さんに会釈した。
「林さん、これ」
「ああ、すみません」
挨拶になってるようななってないようなことをぼそぼそつぶやいた林さんは、鞄を床に放り出し、代わりに図面とヘルメットを持って工場の方に行ってしまう。
「あんなんでも営業だから笑えますよね」
思わず私が、取りなすようなことを口走ってしまうと、弥生さんはくすりと笑った。
「頭は切れるもの、あの人。対応が早いから重宝されてるよ」
確かに。由希ちゃんと頷き合っていると、弥生さんがいたずらっぽい表情で身を乗り出してきた。
「ここは男の社員さんばかりじゃない。選びたい放題でしょ」
あはは、ないない。
内心で苦笑するにとどめた私と違って、由希ちゃんは実に素直に口に出してしまう。
「ありえないです。手近ですませるとか、マジないですよ」
こらこら。
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