1-5.極楽




「はあ? それであんたが引き下がったの? 何やってるのさっ」

 日帰り温泉施設の露天風呂に浸かりながら私の話を聞いた絵美が、頓狂な声を出す。

「絵美ちゃん、しーっ」

 外には私たちしかいないとはいえ、響き渡る声に詩織が顔をしかめて指を口に当てる。

 絵美は素直に口に手を当てこくこく頷いた。


「だってさあ」

 顎まで湯船に浸かって私はもごもご言い訳をする。

「そんな戦って勝ち取るほどの相手でもなかったしねー」

「言っちゃったよ」

「好きじゃなかったってことだねぇ」

 のんびりずばっと言う詩織に、私は口を尖らせる。

「そんことない。好きだったよー」

「はいはい言うこと聞いてくれて、ラクだったんだよね」

「ぐ……っ」

 なにさ、年下男の利点はそこに尽きるでしょうが。


「にしてもちょっとは言い返せばいいのに。そのナマイキ女に」

 もどかしげに頭の上のタオルを締め上げる絵美に、私はもう一度苦笑する。

「カン違いをお説教してあげるほど、私は優しくないよ」

 あのままカン違いで突き進んで思いきりけつまずけばいいのだ。世の中も男女関係も、あの子たちが思ってるほど甘くはない。


「紗紀ちゃんはー、めんどくさがりだからね」

 その通り。私はめんどくさいのはキライだ。男のことで戦うなんて、いちばんメンドクサイ。だったらどうぞどうぞと譲って歩く。

「戦う価値のあるオトコなんか、そうそういないよ」

「その通り」

「至言ですなー」

 女三人でまったり湯船に浸かるこのときも、私にとっては極楽だ。


「あんたがフリーになったんならさ。合コンしようぜ、合コン」

「そうだねえ」

「よっしゃ、舞に連絡! ハイスペック男子を紹介してもらおう」

 舞というのはうちらの同級生。某テレビ局勤務であらゆるコネを持つハイパー女子だ。

「舞ちゃんは駄目だよ。婚約したから合コン女王は返上だって」

「あの女は自分が幸せならそれでいいのかっ」


「それより静香ちゃんが仕事辞めるんだって」

「N大の実験助手だっけ? 給料良いって羽振り良かったじゃん」

「その分たいへんだったんじゃないかな。なんかね、退職の前に同僚男子をばら撒いてくれるって」

「そのハナシ乗った!」

「絵美ちゃん。しーっ」


 ふたりの会話を聞きながら私はうとうとと眠たくなってくる。

 うん。幸せだよね、こういうのがさ。

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