第32話 聖樹マリアリベラのもとで

 マシェリに連れられて暫く歩くと、森の中に『エルフの里』への入口を見つけることが出来た。

 里は外からは見えず、中に入るとその里を認識出来るらしい。

 エルフの特別な魔法なのだとマシェリは言った。


「ミレ様も里の中にまで入るのは初めてでしたよね?」

「ああ。前に来たときも、この森までだったからな」

「里の中に入れば、人間も魔法が使えるようになりますわ。エルフと人間の境界は曖昧ですので」

「曖昧……?」

「ええ。エルフの中にはハーフエルフなども多いですからね。森で魔法を使えるのは、純粋なエルフだけなのですが、里の中にまでそのような結界を張ってしまうと、生き辛くなる者が出てきてしまうんです」

「なるほど。それで里の周りにある森にだけ、特別な結界が張ってあるのか」


 ミレノアールはそう言って、人差し指でクルっと円を描いた。



 入口を抜けた途端、パアアアア~っと目の前にそれまでなかった建物の数々が広がった。

 そこには小さな集落があり、建物の数から察するにほんの数百人程度しかいないようだ。

 入口から見て一番奥にとてつもなく大きな一本の『大樹たいじゅ』がそびえ立っている。

 

「あそこにポポス様がいらっしゃいますわ」


 マシェリはその大樹を指差しながら言った。


「でっかい樹だなー! それに凄い魔力を帯びている。あの樹の力が里と森全体を結界で覆っているのか。どうりでエルフの里が人間に見つかりにくいわけだ」


「さすがミレ様。聖樹『マリアリベラ』と言いますの。この里のシンボルみたいなものですね」


「わあー!! すっごい!」


 見るもの全てが新鮮なルーシーは楽しそうにはしゃいでいる。


「おいおい、旅行じゃねーんだぞ」


「わかってるよ! だもん!」


「それで、俺たちはどこに行けばいい?」


「はい。まずはこの里を治めるおさに会ってもらいます。その方からミレ様たちを連れてくるように言われておりますので……」


「よし、分かった。そいつに会いに行こう。予言者はその後だな」


 聖樹のそばにあるという長の家までは少し歩かなければならなかったが、その通りで様々なエルフたちと会うことが出来た。

 エルフという種族は実に多種多様で、マシェリのように見た目が人間にそっくりな者から、いわゆる妖精と呼ばれるような者までいる。中には一見すると巨大なモンスターと見間違えるほどのエルフもいた。


「ほえー……」


 ルーシーはポカーンとしながら辺りを見渡している。


「はっはっは! ルーシー、口が開きっぱなしだぞ!」


「だって私の住んでた街とは全然違うんだもん!」


 そんな会話をしていると、どこからともなく声が聞こえた。


「あら。人間なんて珍しい。イイ男じゃない?」


「なんだ? 声だけ聞こえるぞ」


 ミレノアールは声の元を探してキョロキョロした。


「うふふっ。ミレ様、肩に」


 マシェリがミレノアールの肩を指差す。

 そこには青い髪と小さな羽を持つ10cmほどのエルフが乗っていた。


「妖精さんだ! 可愛い!」


 ルーシーが喜ぶ姿を見せると、その小さなエルフは羽をパタパタと羽ばたかせ、ルーシーの頭の上にちょこんと座った。


「私は水の妖精、シャロロ。あなたは?」


「私はルーシー。ルーシー・パンプキンだよ」


「ルーシー、いい名前ね。私と友達になってくれる?」


「もちろん! 妖精さんとお友達になれるなんて夢みたい! よろしくシャルル!」


「……ね」


「ごめーん! シャロロ!」


 お互い初めて見る人種にルーシーとシャロロは楽しくおしゃべりを始めた。

 

「人間がこの里に来るのも久しぶりですので、エルフたちもミレ様とルーシーちゃんに興味深々ですわよ」


 そんな中、聖樹『マリアリベラ』の近くまで来ると、一軒の大きな家の前でマシェリが立ち止まった。


「ここにエルフの長パウル様が住んでいらっ」

 

 ――――ガチャ


 突然、目の前の扉が開く。


「遅かったな、マシェリ。その人間たちがポポス様の予言に出てくるやつか」


「パウル様!!」


 扉から出てきたパウルという男のエルフは、マシェリと同じく見た目は人間と同じだった。

 歳もミレノアールとさほど変わらない感じがしたが、エルフである以上は正確な年齢は不明である。


「俺の名はミレノアール。魔法使いだ。あんたがこの里の長か? なるほどさすがに強い魔力を持ってるな」


「ふん。人間の魔法使いごときが我々エルフに魔力で敵うと思っているのか」


「なんだと、てめぇ! やんのか、コラァ!」


「パ、パウル様、この方は人間界において偉大な魔法使いです」


 マシェリが間に入ろうとするや否や、ミレノアールとパウルがバチバチと睨みあった。


「ポポス様の予言通りなら、ここで貴様を消すのが世界のためだろう!」


「俺が何したってんだよ! そんな予言信じられるか!」


「あわわわわっ」


 ルーシーとシャロロは慌てふためいている。


「パウル様もミレ様もとりあえず中で話しましょう。他のエルフたちがビックリしています!」


 気付くと周りにはたくさんのエルフが集まっていた。

 結局マシェリがたしなめて、ようやく二人は中に入ることを了承した。


「ルーシーは外で待ってろ。ややこしい話になりそうだからな。いいだろ、パウル」


「ああ、その人間の子供は魔力すら感じんからな。無害だと思っていいだろう。シャロロ、そいつを見ていてくれるか?」


「ええー、私だけ仲間外れ? ちぇ! 行こう、シャルル」


だってばぁ~」


 ルーシーはシャロロを頭に乗せたまま、「あっちからイイ匂いがするー」と言って里の中心に向かって走って行った。


 ――――パウルの家の中に入るとマシェリがここまでの経緯いきさつを簡単に説明した。


「なるほどな。マシェリは昔、こいつの世話になっていたのか。だが例え、マシェリの知り合いだったとしてもポポス様の予言がある以上簡単に帰すわけにはいかない」


「だからその予言者に会わせてくれよ。おまえらの勘違いだってわかるからさ」


「ポポス様が人間などに会われるはずがない」


「ちっ! これだからエルフってやつは……」


「なんだと! エルフ族をバカにすると許さんぞ!」


「ああーもう。二人ともまたケンカになってますよ!」


「こいつとは反りが合わない!」

「こいつとは反りが合わない!」


「息ぴったりですね……」


そうしていると扉を開けて一人のエルフが入ってきた。


「パウル様、よろしいでしょうか?」


「どうした? お前がポポス様のそばを離れるなんて珍しいな」


 そのエルフはパウルにそっと耳打ちをする。


「なんだと! ポポス様がこの人間に会いたいと!?」


 パウルは驚きのあまり目をまんまるくしてミレノアールを見つめた。

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