第28話 魔導士ベルコ・リンドル

 空にクロエを浮かべたまま、地上では魔女のリンドルと魔法使いのガルスが対峙していた。


「俺はアルバノン王国直属の魔騎団所属、ガルス・ジャッジだ。何者だ、貴様は? ミレノアールの仲間か?」


 ガルスはその野太い声でリンドルに尋ねた。


「私は魔法協会の魔女ベルコ・リンドルよ。ミレノアール? 聞いたことある名前だけど、私が知ってるのは100年前に死んでいるわ」

「じゃあ引っ込んでる方が身のためだぞ。俺はあの魔女に用があるんだ」


 ガルスはそう言うと、空に浮かぶクロエを指差した。


「そう。……私は今、人を探していてね。ちょうどこの辺りを通りかかったら、魔法使いと魔女がケンカしてるじゃない。放っておこうかと思ったんだけど、よく見たら私の弟子だったのよ。ところであなた、ここら辺で10歳くらいの少女見なかった?」

「はぁ? 魔騎団の俺様がそんなガキ知るはずないだろう」


(ルーシーの気配がこの辺りで消えてるから、もしかしてと思ったんだけど。この様子じゃ本当に知らなそうね。戦いに巻き込まれてなければいいけど……)


 リンドルは心配そうに辺りを見渡した。


「まあいいわ、あなたが魔騎団だろうとなんだろうと関係ない。私の弟子をいたぶってくれた借りは返させてもらうわよ!」


 リンドルは徐々に怒りに満ちた表情へと変わっていった。


「貴様も俺の邪魔をするなら只じゃおかないぞ! あの魔女のように半殺しにして王都まで連行するだけだ」


 ガルスは今一度、魔力を解き放ち全身に炎を纏った。


「目の前にいる相手の魔力すら計れないなんて、魔騎団のレベルも知れたものね」


 リンドルはスッと赤ぶちの眼鏡を外すと胸のポケットに仕舞った。

 その瞬間、隙有らばと言わんばかりにガルスが襲い掛かる。

 一気に間合いを詰めたガルスの両手から巻き上がった炎は、瞬く間にリンドルを包み込んだ。


―――― ブワワワワァ~!!


「フハハハ! デカい口を叩いた割にはそんなものか!」


 立ちすくんだ状態で燃え続けるリンドル。

 

 するとリンドルを包み込む炎の隙間から右腕だけがスッと伸びた。


―――― パチンッ!


 リンドルが右手の指を鳴らした瞬間、それまで燃え盛っていた炎がパキパキと言う音と共に、たちまち氷へと変わっていったのだ。

 そしてもう一度右手をパチンッ! と鳴らすと、その氷たちはバラバラと音を立ててあっという間に崩れ落ちた。


「バ、バカな! 炎を凍らせただと!? いったいどれほどの魔力が!? そんなはずはない、そんなことが出来る魔女など……ッ!!! ま、まさか……ベルコ・リンドル!? あの魔導士のベルコ・リンドルか?」

「気付くのが遅いわよ。もうあなたは助からない!」


 リンドルの眼光はさらに鋭く、ガルスを威圧する。


「なんでこんな大物の魔女なんかがこんな所に!?」

「言ったでしょ、人を探してるって。そこで私に見つかったのがあなたの運の尽きね。魔導士相手にケンカを売るとどうなるか今から見せてあげるわ!」


 ガルスは気付くと足元が凍っていて逃げることも出来なくなっていた。

 その氷は次第にゆっくりと足元から上半身へと凍っていく。


「ま、待て! 待ってくれ。俺も人を探してただけなんだ」

「そうだとしても私の弟子に手を出したことを許すわけにはいかないわ!」


 ガルスを包み込む氷は、パキパキと音を立てながらたちまち首元まで覆われていった。


「クソ! なんだ氷。なんで俺の炎で溶けないんだ!」


「その氷はね、ただの氷じゃないのよ。『凍結界とうけっかい』と言ってね。魔力や魔法の効力すらも凍らせる、言わば完全なる封印よ。安心しなさい、。ふふっ」


 リンドルがそう言い終える頃には、ガルスは苦痛の表情のまま全身を氷を覆われていた。


「まあ気が向いたら出してあげるわよ。暫くそこで大人しくしていてちょうだい」


リンドルの声はガルスには届かないが、わかった上で独り言のように呟いた。

リンドルがもう一つ指をパチンッと鳴らすと、クロエを乗せたホウキがリンドルの元へ飛んできた。


「ベルコ師匠……さすがです……師匠の凍結界……久しぶりに見ました。私も怒られたとき……よくあの中に閉じ込められましたっけ……ハハッ」

「クロエしっかりしなさい!あなたに聞きたいことがあるの」


「師匠……私も聞き……たい……ことが……たくさん…………zzzz」


 クロエはそれまでのダメージとリンドルに助けられた安堵でそのまま眠りに落ちてしまった。


「もう、仕方ないわね。ゆっくり休みなさい。話しはそれから聞くわ」


 疲れ切ったクロエは、師匠の腕の中で眠りについた。

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