第8話 ルーシー・パンプキン 「その4」

 ルーシーは孤児院の近くのバス停からバスに乗った。

 それから1時間ほどバスに揺られた後、少し歩くと街のはずれに丘が見える。

 その丘の上に小さな城はあった。


「あれだ! あの塔……じゃなくて城だ! あそこに偉い魔法使いがいる……はず……だよね」


 すっかり陽も落ちて、街のはずれともなると辺り一面真っ暗だ。

 そんなことも手伝って、ルーシーは珍しく弱気になっていた。無理もない、日が暮れてからこんなところまで一人で来るのは当然初めてだ。

 いくら気の強いルーシーでもまだ10歳の少女なのだから。


 トボトボ歩いて丘のふもとまでやって来た。


「はあ~。思ったよりお城まで距離があるな~」


 そう呟きながら、ルーシーは丘の上にある城を見上げた。


 パァァァァァァ! っとルーシーの目に、夜空に輝くたくさんの星が飛び込んだ。


「わぁ! 綺麗!」


 丘の上の小さなお城の向こうには、今まで見たことないほど綺麗な星が瞬いていた。

 真っ暗な世界にそれまでポツンと不気味に建っていたお城とのコントラストで、ルーシーには夜空の星がいつもより綺麗に見えた。


 少しだけ元気が出たルーシーは、もう一度気合を入れ直し、城へ向かって丘を駆け上がった。


「おりゃあああああ!」


 心細さと弱気を打ち消すように星空を見上げながら丘を駆け上がっていると、あっという間に城の門の前に着いた。


「ふう~。やっとここまで来た」


 息切れした呼吸を整えるように胸をひと撫でして、ルーシーは大きく深呼吸をした。

 勢いよく走ったからなのか、それともいよいよここまで来たという緊張感からなのか、ルーシーの心臓はバクバクしていた。


「すいませ~ん! こんばんはー!」


 ルーシーは門の前に立ち、大きな声で叫んだ。


 しかししばらく待っても返事はない。


「……。あのぉ~! 誰かいませんかぁ~!?」


 もう一度叫んでみる。しかしやはり返事はなかった。


「オリビアの言った通りもう王都へ帰っちゃったのかな~? てかほんとに誰も住んでないの?」


 ルーシーは恐る恐る門を押してみたがびくともしない。

 仕方なく城の周りを一周してみることにした。


 塔の形をしたその城はそんなに大きくなかったので、外壁を伝って歩き出すと門の反対側へはすぐに着くことが出来た。

 するとその外壁部分に城の頂上へ繋がる『梯子はしご』を見つけた。

 外壁にむき出しに設置されたその梯子は、頂上までおよそ15メートルはありそうなほどだ。


 ルーシーは城の頂上を見上げた。


「よし! 登ろう! このまま帰るわけにはいかないもの!」


 真っ暗な中をその梯子を使って頂上まで登ることは、例え大人であったとしても容易に出来ることではない。

 それでもルーシーは勇気を振り絞ると、背中にしょった大きなリュックをその場に下し、梯子に手をかけた。


「下は見ちゃダメだ。上だけ見て登ろう!」


 一段づつゆっくり、小さな手と小さな足を使ってルーシーは登り始めた。

 ルーシーにとって、梯子を使って登っている時間は何時間にも思えるほどだった。

 その間ずっと恐怖と戦いながら登っていたルーシーは、頂上に着く頃にはヘトヘトに疲れていた。


「あ゛あ゛あ゛~ やっと着いた~ 怖かったよ~」


 やっとの思いで頂上に着いたルーシーは『大』の字で仰向けになった。

 夜空の星が綺麗でこれからのことを考えているとウトウトしてきた。


 が、次の瞬間 ――――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ―――― という地鳴りのような音と振動に、ルーシーは飛び起きた。


「何!? 何!? 地震!??」


――――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!――――


 次第に大きくなっていく音と振動。


 今にもこの城が崩れ落ちるんじゃないかと不安になった。


「あわわわわわわ! どうしよぉぉぉぉー!」


――――ドカァァァァァァァン!!!!!!――――


 ルーシーのずっと下の方で大きな爆発音がした。

 その音を聞いたとほぼ同時くらいには、立ってられないほどの振動と共に床が割れ炎が吹き上がった。


――――ガラガラと大きな音を立てて城は下から崩れ落ち、瞬く間に炎に包まれた


(……ああ……私このまま死んじゃうんだ……)


 城の頂上から瓦礫がれきと共に落ちてゆく自分と炎を見ながら、ルーシーは生まれて初めて『死』を覚悟した。

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