罪人格の心象背反
ガロン・ダース
第1話オズ・フライハート
今から君に見届けて貰うのは、不幸な青年の話だ。そう纏めてしまうと、簡単に聞こえるだろう。けれど――違う。そうだね。よりわかりやすく表現しよう。
つまり、この話は、〈救いのない話〉だ。
そこでこの物語を読み進めるにあたって〈僕〉と約束をして欲しいんだ。それは2つだけ。
〈今後、僕が出て来ても僕の正体を探らないこと〉
そして。
〈この物語は、君の考えるストーリーよりも淡白だが、失望しないこと〉
以上の2つを守ってくれるなら、続きを読んでくれ。
君には期待しているよ。
君って誰のことかって?そんなの、僕に聞かないでくれよ。分かってるんだろ?
ねぇ――そうだよね?
――――――――#8!3―――――――――
鉄の錆びた臭いが鼻をつく。嫌な閉塞感に窮屈さを感じながら、早くも10年が経った。灯は、壁にかけられた松明が1つだけ。手足を鎖で繋がれている。身動きがあまり出来ない状況でも。檻の前に誰かいる保証がないのに。10年間。ただひたすらに叫びつづけた。
「出せよ!!俺をここから出せよ!!俺は無実だ!!冤罪なんだ!!今すぐここから出せ!!」喉が枯れても。10年もの間、叫んでいる。己の無実を主張している。
「うるさい」ふと、そんな声が聞こえる。彼には分かる。冥い牢屋の―檻の向こうに。誰かがいる。しかも――相当な強さの、女性がいる。松明が消える。そして。手と足を繋いでいた鎖も切れていた。外れていたのではない。切れていたのだ。ゆっくりと顔を上げる彼。その目に写った彼女は。
どこまでも高貴で。
果てしなく純白で。
そこに立っていた。
冥いこの牢屋の中からでも分かる。光なんてなくても分かる。この人は、強いと。
翡翠色の瞳。短く切りそろえられた栗色の髪。全身を真っ白な男物のスーツでコーディネートしているが、空いた胸元から覗くその大きな胸が、女性であることを証明している。
ハイヒールの音が1回。
刹那――檻が切れる。鍵など無用――そう言いたげな彼女の顔。位置的に彼を見下ろす彼女の顔。檻の中に電気がつく。眩しい。もう10年も光など見ていない。錆びた臭いと、カビの臭い。静寂に響く鎖の音と彼の声。それだけの世界にいた。当然――混乱するだろう。だが思いの外、彼は落ち着いて。地獄の底から聞こえて来そうな低い声で言った。
「アンタは敵か――味方か。敵なら、ぶっ殺す」睨み付ける。だが彼女は、その視線など―質問など意に介さず、彼の名前を呼ぶ。
「オズ・フライハート。100人以上を殺害。そして前皇帝を暗殺という冤罪をかけられ、投獄された男。――これで間違いないな?」
彼女は言った。
「あぁ。その通りだ。冤罪だ!!」立ち上がる。―が、上手く立てない。そもそも―立ち方を覚えていないのだ。ずっとここに繋がれていた。故に、もう忘れてしまった。
「――君がオズ・フライハート。良かったよ。私の勘は当たるんだ。さて―本題に入ろう。君、私と一緒に世界を守らないか?」
立つことすら出来ない彼の姿を見て、手を差し伸べながらそう言った彼女。その手を取るのを躊躇いながら―躊躇しながら――戸惑いながら。彼は再び彼女を見る。
「は?ふざけんな!俺を裏切った世界を、なんで守らなきゃならねぇんだよ!俺は嫌だ。絶対にやらない」拒否するのは当たり前だ。彼は冤罪で10年間、ここに入れられていたのだから。だから、もう――世界に対する信用などない。それを知ってか、知らないのか――彼女は、世界を守ってみないか、と言ってきた。
「頼むよ。君の力が必要なんだ。この帝都を守る為に。冤罪で投獄された君なら分かるだろう?冤罪の酷さを。真犯人を何としても捕まえたい気持ちが。君の異能力が必要なんだよ」彼女は尚も勧誘してくる。そのしつこさにウンザリ仕掛けたが、ある言葉がオズの興味を引く。
「異能力?俺はそんなのもってない」
異能力。この世界で、極少数の人間が持つ、人外の力。
「あぁ。そう思うだろう。あの100人殺害事件の前から、殺人事件はあっただろう?その犯人がなんて呼ばれてたか分かるかい?」
「
「その通り。今の君だって、そうだろ?天然の金髪に、銀色の瞳。全く同じじゃないか。それでも君は――冤罪を主張するのかな?」わざとだ。オズは分かる。わざと―冤罪という言葉を持ち出して来た。ここで反論してはいけない。だめだ。今、どうするのが賢い選択なのか――よく考える。
「世界を守る――ピンと来ねぇ。そんなことをするなら、俺はここから出ない。牢屋生活に戻る」反論はせずに拒否。それが最善の選択と信じて。銀色の瞳が輝く。翡翠色の瞳の彼女を見る。
「残念だよ、オズ。ここまで言っても分からないなら武力行使しかないね」彼女はそう言って笑った。ハイヒールの音が1つ。
刹那――オズは意識を失った。
―――――――96@#7?8――――――――
うん。順調に話は進んでるね。
僕は嬉しいよ。君がここまで読み進めてくれて。さて――君にはもう次の展開は分かっているんだろ?ねぇ――きっとさ。君はこう思ってるはずなんだ。
どうせ、彼女の所属している部隊に配属されて、そこで働いてる先輩とオズが勝負でもするんだろって。
もしくは。
オズが意識を取り戻したタイミングで、異能力持ちの犯罪者を捕まえにいくぞって、彼女に言われるんだろって。
そうだね―――じゃあ、ボクの気まぐれで、お話を少しだけ。本当に少しだけ、歪めようか。
/6@@,85534@##6@8。
ボクは誰かって?約束したろ?
正体を#@*74@!@8ってね。
――――――――;@8;@8――――――――
目を覚ます。ここは何処だろうか。オズは辺りを見回す。薬品の匂いがする。病院――?否、そこは、彼女の所属部隊の医務室だ。
「目が覚めたようだね」そこには、彼女がいた。
「自己紹介がまだだったね。私は、レナ・D・S・ワールド。前皇帝の娘。と言っても私は4女。1国の姫になるつもりなどないよ。とっくにあの一族とは縁を切ったんだ。安心して良い。今は兄が皇帝だが――叔父の傀儡政権だ。私の最終的な目標は、叔父を殺すこと。その為に、私はここで罪人を相手にしながらその機会を伺っている」
「アンタが誰だろうと興味はない。ただ―叔父を殺すなら、なんで縁を切った?城の中にいりゃあ、いつでも殺せんだろ?そもそも、そんな事を目的にする奴が、罪人の相手?おかしいな。アンタは別の目的がある。そうだろ?」銀色の瞳が射抜くのは、皇帝の娘。目の前にいるレナを、まっすぐに見つめている。その顔を見て、レナは笑う。
「ハハハ。そうか。それが君の――。なるほど。理解したよ。じゃあ、君はどうしたら私を信じてくれるのかな」肩を竦めて、大げさに悲しそうな顔をする。その表情に、恐怖を覚えるオズ。
「俺が信じるのは、俺より強い奴だ」ふとそんな言葉が口から出た。いつもの自分なら絶対に言わない言葉が。
「そうか――それなら、私と勝負してみようか。私が勝てば、君はこの部隊に入る。それでいいね?」
「あぁ。それで良い」
――――――――9+@697――――――――
ふーん。なるほどねぇ。そうかそうか。オズはそういう選択をしたのか。君、はこの展開を望んでいたのかな?――望んでいなかったらごめんね。僕の気まぐれでこんな風に展開させてしまって。さて―ほんの少しだけ歪んだ物語だけど、君はここから先も読んでくれるよね?
それに――こうも頻繁に僕が出てくると、メインストーリーを乗っ取りそうだから。この辺で自重しようかな。
君は、どこまで読んでくれるのかな。
それじゃあ―――――――67*@?97=@。
――――――――――――――――――――
どこを見ても真っ白な壁。天井も床も壁も。とにかく白い。レナは、黒い男物のスーツに着替えた。オズの正面に立つ彼女。
頭の中が真っ白になりそうだ。いや、もう真っ白だ。ハイヒールの音が1回。それだけでオズは頭の中がぐちゃぐちゃになった。何も考えられないくらいに。
(あのハイヒール――なんかあるな)それは分かっている。動かない頭で、そこまで考えた。でも、そこから先へと進めない。
「オズ。君は――何を考えている?君の力を見せてくれないかな?」ハイヒールの音が1回。刹那――頭がスッキリする。おかしい。おかしい程に、おかしい。
「ガハァッッッッッ!!」腹部に膝が入る。続けざまに、顎を蹴りあげられる。痛いなんてものじゃない。激痛が走る。だがそれを堪えて立ち上がる。
「ちっ!!ふざけんな―――ガァッッ!!」腕を横から薙いで、飛びかかる。だがそれは呆気なく折られる。
「君は――異能力者だ。仕方ない。私が君の能力引き出してあげよう」今までよりも、数段大きいハイヒールの音。タン!!という音が反響して、耳に残る。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
声のない絶叫。音のない絶叫。何も聞こえない。何も分からない。それでも。オズは。
「思い出した――俺の異能力。やっと。やっと。思い出した」
「〈
現在のオズ・フライハートは、出血をしていない。それでも、発動するだけで常人の倍以上の力が出る。それだけで十分。
加えて、オズは元から身体能力は一般人の3倍近くある。つまり、この異能力を発動するだけで、6倍の力が出る。
「君は―」唐突にレナが口を開く。
「君は―元から身体能力が高い。それは君が〈
そして。彼女は能力を発動する。
「〈暴威〉!!」レナの能力のうちの1つ。彼女もまた、身体能力の強化をする能力者。但し、この強化倍率の決まり方は。
〈相手の身体能力の倍〉である。
果敢に挑んだオズは、レナのデコピンで気絶した。
――――――――――――――――――――
バカみたい。こんな話をここまで読むなんて。私は誰かって?知ってる癖に、何言ってんの?アホなの?バカなの?
ちょっと黙ってちょうだい。うるさいわね。殺すわよ。
おいおい、傍観者にそんな口をきくなよ。読んでくれなくなるだろ?
私には関係ないわ。誰が読んでようと、なかろうと。あなただってそうでしょ?ねぇ―
やめろって。全く。僕はもう出しゃばらないって決めたのに。アンタだって、あまり僕達に出てきて欲しくないだろ?なぁ―
「「傍観者さん?」」
――――――――――――――――――――
夢を見た。誰か分からない、誰かも分からない人と一緒に食事をしている風景だった。テーブルに乗っているのはフルコース料理。目の前の彼女は笑って、彼に問いかける。「おいしいね」と。彼はゆっくりと頷き、「あぁ」と答える。
そこで夢は終わった。
目が覚めた。
再び、あの医務室で。
「痛てぇ――」頭を抑えながら起き上がる。ベッドの隣の椅子に座る見知らぬ女性。白衣を来ている。メガネをけている。
「アンタは誰だ?」オズは話しかける。すると彼女は、慌てて立ち上がる。
「ハイ、私は――技師のユイって言います!!レナさんから、あなたの武器を造るように言われたので!!」立ち上がった彼女は、身長150はないと思われる程に小柄。染めているのか、天然か。白髪だった。
「武器?なんだよ――それ」オズは首を傾げる。理解が追いつかないまま、ユイは彼を連れ出す。
「それじゃあ、造りに行きましょう!!」元気なユイに対して、あまり乗り気ではないオズ。
オズは知らない。
夢の中に出てきた男女が。
オズとユイだったことを。
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