この世は優しさで溢れている。
@tubamitu
第1話 突然ですが主人公に話しかけられました
俺の名前は、大神 成作。
「せィ」というハンドルネームで、ゲーム製作をしている。
今作っているゲームは「Growry Fantasy」 通称グロファン。剣士の女の子が偶然出会った吟遊詩人と各地へ冒険に行くゲームだ。
ツイッターに進捗は載せているものの、あまり反応は来ない。それもそのはず、俺の相互フォロー数はたったの2である。それじゃあ場合によっては気づかれないで流れていってしまうだろう。
「今日のゲーム製作終わり、っと!」
終わったのは深夜1時。もうすでに『今日』ではなく『明日』になっている。実家暮らしなのであまり親に迷惑はかけたくないが、たった今とあるシステムを組み終わってつい大きな声を出してしまった。
ここで言うシステムとは、ゲーム内の部品の一つでもあるゲームシステムの事。決して俺はエンジニアではない。
さて寝ようかと、使用しているゲーム製作ツール「WOLF RPG エディター」通称『ウディタ』を閉じかけた。すると、俺が夜な夜な作業するのに使っているイヤホンから声が聞こえた気がした。
<まだ、閉じないで…>
幻聴か?いやいや、確かにイヤホンからこもった声が聞こえて来た。イヤホンをぐっと耳に挿して、もう一度聞こえないか試してみた。
「…やっぱり気のせいか」
俺がイヤホンを外そうとすると、また声が聞こえて来た。
<待って!>
「…気のせいじゃない!」
その声は、俺が主人公の声を有償で担当して欲しいと思っている人、『U歌』さんの声にソックリだった。まさか、まさかな… そう思いつつ、再び声が聞こえるのを待った。
「お願いだから喋ってくれ!」
<良かった、通じてるみたいだね>
「喋ったァァァァ!!」
両親の寝室から物音が聞こえたので、これ以上大声を出すのはやめた。代わりにこそこそと、主人公と会話する事にした。
「…お、お前は何で喋れるんだ?」
<分からない、だけど急に喋れるようになったんだ>
「べ、ベル…意思も感情も持って、喋れるようになったのか?」
<うん、そうみたい!>
主人公のベルにリアルに声がついた事で、俺は密かにガッツポーズしていた。これで声をつける必要が無くなる?いやいや、そんなわけないだろう。俺にしか聞こえないのかもしれないし… って、まさかこれ、夢じゃないだろうな。
「ベル、質問がある」
<何?>
「これは夢か?」
<違うよ、成作!夢じゃないよ>
「…マジか。吟遊詩人のスコットはどうした?喋れないのか?」
吟遊詩人の連れの、スコットという男がベルには居た。彼も喋れないだろうか。
<スコットはダメみたい…一緒に話しかけようって言ったんだけど>
「そうか…」
現在、1時20分。夜通しゲーム製作していた俺は、眠くなってきたのでベルに別れを告げる事にした。
「それじゃあ、俺もう寝るよ」
<うん、ありがとうわざわざ…おやすみ成作!>
その後、朝になってもう一度ウディタを立ち上げてみたが、ベルが喋ってくれる事は無かった。やっぱり夢だったのだろうか…?
夜。仕事から帰ってきて、ツイッターを軽く覗くと『主人公が喋った奴いる?』と、タイムラインに表示されていた。どうやら俺だけでは無かったし夢では無かったらしい。界隈をスミからスミまで見てみると、ほとんどのウディタ使い…『ウディタリアン』が同じ現象についてツイートしていた。
『ジュンが喋ったんだけど何で?』
『うちの子が喋るとか凄くない?バージョンアップで実装されたの?』
『特にそういう情報ないですよ』
『ネット声優ェ…』
みんなして困惑している。それじゃあ、うちのベルは今何しているんだろうと気になって、ウディタを立ち上げた。ベルが出てくるように、優しくパソコンを数回、子供を起こすかのように叩いた。
「ベル、ベル! 出てきてくれよ」
すると、ベルが今度は声だけでなく画像つきで動いて出てきた。
<はいはーい?何?>
「アニメかよォォォォ!!」
親がこっちに来る音がしたので、静かな声で再び話し始めた。
「なぁ、ウディタリアン全員がベルみたいに喋ったって言ってたんだけど」
<うん、そうだよ?今この世界は不思議な力が働いて、皆喋れるようになったの>
「皆って、全作品全キャラって事か?」
<そう!だからスコットも話せるんだけど…彼、口ベタだから>
「じゃあ俺が設定変えれば喋れるようになるのか?」
<それはやめてあげて>
「あっ、はい…」
そういえば、相互フォローでゲーム製作真っ最中の人がいたっけ。タイムラインを見てみると、『スクショ取ったんだけど写らなかった…無念』と言っている。なるほど、この現象にスクリーンショットは無効という事か。
その相互フォローの人は、『リャーN助』というハンドルネームで、俺と同じく比較的まったりした感じのRPGを作っている。おそらく、俺より技術は上だ。試しにリプライを送ってみる事にした。これが実は、人生初のリプライだ。
『リャーN助さん、主人公動きましたか?』
たったそれだけで送ったが、すぐに返事がきた。
『はい、動きました!』
そこから会話は弾み、リャーN助(以下、リャー)さんの主人公フェルスールは女性の声で、まだ意外にも若い少年だったという事が分かった。結構老けてみえたけど、そういうキャラデザインだったのか。
『これって、主人公同士の会話って出来るんでしょうか』
『分からないです。フェルスールに聞いてみます』
『あ、じゃあうちもベルに聞いてみます』
とりあえず一旦解散した。再びウディタを起動すると、ベルが話しかけてきた。
<誰とお話してたの?>
「それよりベル!教えてくれないか、リャーさんちの子と会話がしたいんだ」
<ああ、それならタリアン広場に行けば普通に会話できるよ?>
「タリアン広場?」
聞いたことの無い広場だけど、どこのSNSだろうか。ベルに誘われるがままに『コマンドプロンプト』を開くと、恐ろしい速度でコマンドが入力されていった。ベル、お前そんなに早打ちできたのか…と思っている間に、準備は出来たようで。
<さあ行くよ、タリアン広場へ!>
新しくウディタ製のゲーム『Wodi Talian』がDLされ、ゲーム画面が開かれた。するとそこには、とても俺のパソコンじゃあ処理しきれない量の主人公とその仲間たちが沢山いた。何万といる主人公を描画しているのに、よく落ちないなぁと感心していた。
<フェルスールだっけ?それならあそこにいる子じゃない?>
「お、本当だ」
見たことのある絵柄。若そうで若くない見た目。緑の鎧をまとった彼がフェルスールだ。そして、ベルが話しかけると、オッスと返事を返している。ずるい、俺もフェルスール君と話がしたい。
<じゃ、そろそろ成作もおいでよ!ねっ、いいよねフェルスール?>
<おう!こっちの主も誘ってくるから、連れてきてやれよベル!>
いつの間にかタメ口の仲に…そう苦笑いしながら思っていると、次にまばたきをした瞬間、俺は画面の中のタリアン広場にいた。
俺の部屋には、誰一人いなくなった。
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