第4節:余韻は重たくて

私はぼーっと山の端に沈もうとする夕焼けを眺めていました。

そして物思いに耽っていました。

先程のテイル・メイツの皆が見せてくれた『小雪鳥の姫』についてです。

『小雪鳥の姫』の劇は面白いものでした。

でも、それでもやっぱりこの胸の中に残った名前の付け難いモヤモヤは嫌な感情でした。


「おーい、アリスー?ご飯とってきたよ!」


「あ!ありがとう、マリー」


ご飯をもってきてくれたマリーの声に私はハッとします。

マリーの周りをプカプカと浮かぶ器を二人分受け取って1つを私と一緒の丸太に隣で腰掛けていたカルーに渡しました。

マリーは反対側に座っていたギルとエリオンの方にも器をすーっと飛ばすと、私の隣の丸太へと腰掛けました。


「まださっきの劇のこと考えてた?」


私はマリーの言葉にコクリと頷きます。

そしてギルがつついたり小枝を入れたりして火を調整している焚き火を眺めながら、私はそっと返します。


「小雪鳥は…、間違ってないよね……。」


マリーは私の顔をチラッと伺うと遠くを眺めながら、いつもの笑っている顔ではなく少しだけ真剣な顔でいいました。


「間違ってるかどうかなんて私にもわからないよ…。

でも小雪鳥が間違ってるっていうのは嫌いかな…」


「嫌い…、嫌いか…。

おれもテイル・メイツの演目の中じゃあんまり好きになれない奴の1つだな…」


焚き火をつつきながらギルが呟くようにいいます。


「物心つく前みたいなちっさい頃からみててさ、意味もよくわかってなかったけど、ただただ怖かったのを覚えてるよ」


「あぁ、うちも怖かったわぁ。

小雪鳥はなんも悪ぅないのに!ってな…。

でもそれが現実なんやろなぁ…」


そしてみんなそっと黙り込んでしまいました。

みんな『小雪鳥の姫』の話に思うものがあるのでしょう。

しんみりと沈んだ中、ご飯を食べる物音だけが鳥のさえずりと虫の音の中に消えて行きました。

ですがその沈黙もそう長くは続きませんでした。


「おぅおぅ、お前ら食い終わったか!?おぅ、なら丁度いいな!デザートに凍った『しゃーべっと』とかってもん食うか!?今、街で流行ってるってらしいんだがどうだ!!?」


「ファル…。あんたね…、空気ってもの読んだらどうなの…。この私でも静かにしてるのよ…?」


私達の重たい空気には気付かなかったのか陽気なファルさんに、マリーがその持ってきたデザートよりも冷やかな視線を向けます。

ですが、マリーはパッとその雰囲気を変えて肩を竦めました。


「ま!ずっと沈んでてもしょうがないし、丁度良かったわ!」


マリーはいつものような笑顔に戻ると、ファルさんから『しゃーべっと』というものを受け取り私達に回してくれました。

マリーに器を渡したファルさんは「なんだ?また沈んでたのか?」とギルの頭をくしゃくしゃとし、いつものようにガッハッハッと笑い、ギルは少しだけ恥ずかしかったのか頬を若干赤くしながらファルさんの手を押し退けていました。

しかし私はそれよりも、マリーから受け取った『しゃーべっと』というもの興味を唆られいました。その『しゃーべっと』は鮮やかなオレンジに色着いた柔らかい雪のようでした。ゆっくりとスプーンですくうとシャリシャリと崩れ、恐る恐る一口食べてみました。


「わっ!何これ、凄いわ!」


私の口の中には初めての感覚が広がっていました。ひんやりと冷たいそれは口の中に濃厚でしっかりとした甘さを運び、それでいて後味は爽やかなものでした。私はもう一口を口に運びます。やっぱりこの爽やかな味はオレンジでしょうか。口の中で溶けていく味と冷たさを楽しみました。そうして私が『しゃーべっと』に舌鼓を打っているとファルさんが満足そうに笑いました。


「おっ?やっぱアリスちゃんは食べるの初めてだったか?どうだ、美味しいだろう?」


「うん、とっても美味しいです!」


「私も初めてよ…!にしてもこれ不思議な食べ物ね…!他の食べ物も凍らせたら美味しくなるのかな…?」


「お、おぅ…、それはやめとけ、マリー。旅団でもな、同じこと考えて色々と凍らせてみたんだが食べれるようなものはほんのひと握りみてぇだ…。それとな、果物は大抵外れなかったんだがどうも甘さが抜けちまうみたいなんだよ」


そうやって旅団では沢山の失敗作を作ったのでしょう、ファルさんは苦虫を噛み潰したような顔をし、ギルはファルさんの話から耳を背け真顔で黙々と『しゃーべっと』を食べ始めました。カルーも引き攣ったような笑みを浮かべ、私とマリー、そしてエリオンまでもがその悲惨な試みを察しました。でもそのおかげで私達が今こうして美味しい『しゃーべっと』を食べれるのですから感謝しなくてはなりませんね。


「でも、よくこんな果物を凍らせるなんて思い付いたね…!」


マリーのそんな呟きに、またしてもファルさんが苦笑いしました。


「いや、『旅烏』のアイデアだよ…。こんな美味いもんだけ食わせて、レシピは教えねーっていうから旅団でも試行錯誤をしたんだよ…。あとはこの『しゃーべっと』の上の『そふとくりーむ』ってのもあったんだがそっちは結局作り方がわからんかったぜ…」


そう文句だけ言ってファルさんはため息をつきながら首を振りました。マリーも「またアイツらは…、ケチな二人ね」とだけ冗談っぽく苦笑していました。でもファルさんはその「ケチな二人」とは違い私にレシピを教えてくれました。勿論ファルさんもレシピをちゃんとは知らなかったのでソフィさんを呼んででしたけれど。

それから『しゃーべっと』をすっかり食べ切った私はすぐに旅団のみんなと寝る支度へと取り掛かりました。旅団の皆はすぐに準備を終えるとあっという間にテントの中へと入っていきます。でも時間はまだ日の沈みきって間もない日暮れで、昨日と比べると随分と早いものでした。私はそのこと不思議に思いマリーに聞いてみると少しだけ悪戯っぽい感じで…



「今日はまあ、満月だからね…!」


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区切りも悪いのですが、誠に勝手ながら本作はここで完結となります。

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童話の旅人 赤田 沙奈 @akasatan1204

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