魂の片割れ

「……どうして殺さないの?」


 口からこぼれる血を拭うこともせず、雪美さんが言った。


「それは僕の言葉です」


 私の肉体は無事に入れ替わり、今は男の姿に戻っている。

 固有空間の中には今もあの怪物が閉じ込められているけれど、こちらの体には影響はないようだ。


「雪美さん、僕はあなたにずっと聞きたいことがあった」


 ボロボロだった魔法少女の体と違い、この肉体は怪我一つ負っていない。

 それでも魔力は空っぽで、今の私は普通の人間と変わらないような状態だった。


「聞きたいこと……?」

「あなたは、僕を殺そうと思えばいつでも殺せたはずなんです」


 それは、ずっと気になっていたことだった。

 雪美さんを追って世界を渡った後、新たな魔法使いたちに力を託した私は、その後雪美さんの手によって百年近く封印されることになる。

 だがそもそも、私を封印する必要などあったのだろうか?

 隙を突いて私の意識を奪えたのなら、そのまま殺してしまえば話は早かったはずだ。なのにそれをせず、封印などという迂遠うえんな手段を取ったがために、私は再び目を覚ますことになってしまった。

 更に、封印が解けた後のこともそうだ。

 すぐに武敷家に保護されたとは言え、それから私がフーコと出会うまでは二年近くも時間があった。この隙だらけの期間に私をかどわかすなり殺すなり、やろうと思えばいくらでもできたはずだ。

 不可解なことはまだある。

 この戦いが始まった時、私に直撃しそうになった青い炎が見せた奇妙な動き。

 あれらの炎は自動追尾するような性質のものではなく、一つ一つを雪美さんが操っていたはずだ。それは、私が雪美さんに獣をけしかけた際に炎の動きが一斉にバラバラになったことから推測できる。

 つまり、雪美さんはわざと私に当たらないように、炎の軌道を逸らしたということになる。

 そして何より今、この状況が一番おかしいのだ。

 私は魔力を使い切り、立っているのがやっとという状態だが、雪美さんは違う。

 ダメージを受けてはいるものの、そんなものは回復魔法ですぐに治せるはずだ。

 本当なら今すぐにでも私を殺すことができるはずなのに……未だ彼女は地面に横たわったまま、無為に血を流し続けている。


「おかしいんです。あなたの行動は矛盾している。僕はその理由を知りたい」

「それを知って……きみはどうするの? 理由によっては私を見逃してくれるの? やめておきなさい。きみは今すぐ私を殺した方がいい」

「あなたは、死にたいんですか? 僕に殺されるためだけに、こんな手の込んだことをしたんですか? あの骨の化け物を、世界に放つために……?」

「……そうね、そういうことにしておきましょう。そして私は失敗した。それでいいじゃない」


 私は地面に膝を突き、雪美さんの上半身を引き起こした。

 血と土で汚れた彼女の頬に両手をそえて、しっかりと目を合わせる。


「雪美さん。僕はあなたと話がしたい。僕と会話をしてくれませんか」

「……」


 雪美さんの鈍色にびいろの瞳が、ほんの少し揺れ動いたように見えた。


「……最後にきみと会ったあの夜のことを覚えている?」

「はい」


 もちろん、忘れるはずもない。

 私が生まれ育った世界が終わった夜。私が魔法使いになった夜。


「きみは気付かなかったかも知れないけど、私はあの時、きみと契約を結んだの。魔法の力を与える代わりに、魔力の元となる感情をもらうこと。そして――」


『きみだけは、生きていてもいいよ。太陽が認めた人だから』


「私は太陽おとうとに誓ってきみの命を奪わないと決めた」

「それって……え? それはあの場限りのことというか……口約束みたいなものだったんじゃ……」

「本当の魔法使いの言霊ことだまは相応の力を持つんだよ。だから私は最初から自分の意志とは関係なく、きみを殺すことができなかった」


 まさかと思ったが、そう考えれば先の様々な疑問が氷解する。

 私を封印したこと、不可解な炎の動き、そして今、私を攻撃しない理由も。

 雪美さんは最初から私と戦うことなんてできなかったのだ。

 ……あれ?


「いや、さっき僕かなり死にかけてましたけど……」


 最初に出てきた炎の名付きとの戦いは本当にギリギリだったし、魔力も体力も消耗し尽くした直後に四体もの名付きと同時に戦うなんて、普通に考えればまず間違いなく死んでいたはずだ。自分でも今生きていることが信じられない。

 私を殺すことができないとは言っても、雪美さん自身が直接手を下さなければいいとか、そういった程度の緩い縛りなのだろうか?

 だとすると抜け道なんていくらでもありそうだけど……。


「死なせるつもりでやったんだから当然でしょう。というかあれで死なない方がおかしいのよ。まさか一人で名付きを五体も倒せるなんて普通は思わないでしょ」

「ええー……」

「でもね、私が名付きをここに召喚した以上、やつらがきみを殺したとしても多分、契約を破ったペナルティは発生していたでしょうね」

「ペナルティ?」

「死よ。私は私が持っている全てのものを剥奪され、あらゆる喪失をこの魂に刻まれて、命を失うはずだった」


 それは、衝撃的な告白だった。

 抜け道なんかじゃない。雪美さんは最初から自分が死ぬことを分かっていながら、名付きをけしかけていたのだ。直接自分の手でやろうとしても、青い炎の時のように無意識に私を殺すことを避けてしまうから。

 ……それでも、私は一度たりとも雪美さんから殺意を感じたことはなかった。私に向けられていた感情はそんなものではなくて、言葉にして一番近いのは……使命感のようなものだった。

 一体何が彼女をそこまで駆り立てたのか。ようやく一つの疑問が解消されたと思ったら、更に大きな疑問が湧いて出てくる。


「……あなたは死にたかったんですか?」


 先ほどと同じ問いを繰り返す。


「そうよ」

「それは、どうして?」

「……もう無理だって分かったから。全部を知っている状態のきみが現れるなんて、やっぱり反則過ぎるもの。これ以上足掻いても勝ち目なんかないって――」

「嘘です」

「……」

「この世界に来て、記憶を取り戻して、初めてあなたを見た時、僕は違和感を覚えました。あなたはまるで演技をしているみたいだった。自分に課された役割を、淡々とこなしているだけのように見えた。それは、今もそうです」


 あらゆる情熱を失い、目の前の壁を呆然と見上げている。

 私が彼女に抱いたのはそんなイメージだった。


「記憶が戻った今、思い返してみれば……前の世界で初めてあなたと出会った時も、それは全く同じだったんです」


 無人の荒野のような空間に、ポツリと置かれたベッド。ちぐはぐな保健室の備品。

 横開きの扉から現れた彼女は疲れ切ったような表情で、この世の全てに対する興味を失っているかのように見えたのだ。


「あなたからは、あの夜に感じたシンパシーのようなものがすっかり失われていた。憎しみも、悲しみも、何も残っていないように見えた」


 それでも目の前の壁を登るふりをし続けなければならない。

 まるで道化か人形のように。


「あなたは……本当に雪美さんですか?」


 私の心からの問い掛けに、彼女の瞳がハッと見開かれた。

 彼女は悲しげに笑って――私の胸を軽く押し退けた。


「私は――」




「やっと消火が終わって来てみりゃ……こいつは一体どういう状況なんだ?」


 突然聞こえた声の方に振り向くと、そこには二人の魔法使いが立っていた。

 高校の制服を着た金髪の女の子と、着流しを纏う長身の男性。


「……ひかるさんに、木野きのさん」


 魔法使いとなったその二人の容姿は、あの頃と何一つ変わらない。

 いや、光さんは髪の色とかピアスとか結構色々と変わってるけど……。


「……誰だこいつ。どうしてあたしらの本名を知ってやがる?」

「恐らく"災厄の魔法使い"が変身を解いた姿だろうが、しかし……」

「げっ、さっきの化け物かよ。つーか……おいオッサン、……ど、どうすりゃいいんだこれ……?」

「俺に聞くな」


 二人は私たちからある程度の距離を保ったまま、微妙な感情を持て余すように立ち尽くしていた。

 雪美さんに駆け寄るでもなく、私に攻撃しようとするでもない。しかし困惑と同時に最大限の警戒を感じる。


「あの、いつから見ていたんですか?」


 私が声をかけると、二人とも奇妙な表情で私を見返してきた。


「……お前が亀炎王きえんおうと戦っているところからだ」


 亀炎王というのは恐らく、あの炎の名付きのことだろう。

 見ていたなら助けてくれれば良かったのに、と一瞬思ったが、そういえば彼らは私のことを災厄の魔法使いだと思っているのだった。傍観していたのは当然と言える。むしろ妨害されなかっただけ有り難いくらいだ。


「幻想よー、あの名付きを呼び出したのはお前の魔法だったように見えたけどよ……どうして"災厄の魔法使い"が名付きと敵対するって分かったんだ? 普通ならよー、敵対どころか名付きを自分の思うままに操っちまうとか考えねーか……?」


 雪美さんは答えない。


「正直なところ、俺たちは今、かなり混乱している。"災厄の魔法使い"が、本来なら自分の手足のような存在のはずの名付きの害獣と戦い、たった一人で五体も討ち滅ぼしたこと。そして……幻想、お前が俺たちに何の相談もなく、隔離された西の地からこの東京へ名付きの害獣を召喚したことに対してだ」


 雪美さんはただ、無言で地面を見つめている。


「クソッ、おい何とか言ってくれよ……! のんびりしてる場合じゃねーんだよ、早くしねーと空手の魔法で……」

「自分がどうかしたっすか?」

「うおおおお!!」

「あーヒカリ、ちょい待つっすよ。もう戦うような局面じゃないってことはそっちも分かってるっすよね」


 聞き慣れた声。別れてから数時間も経っていないのに、懐かしいとすら感じる。

 その声を聞いただけで少し泣きそうになりながら、私は小さな影に駆け寄った。


「フーコ!」

「ショウさん、良かった。間に合ったみたいっすね。……間に合ってるっすよね?」

「いや、微妙に間に合ってないけど……でもまた会えて嬉しいよ」

「そ、そうっすか……」


 感激して抱きつく私とは裏腹に、フーコは微妙な表情をしていた。


「おまっ、あの黒い魔法はもう大丈夫なのかよ!?」

「当たり前じゃないっすか。あのまま世界がなくなっちゃうとか思ったっすか?」

「う、うるっせーなー! そうだよバカ!」

「……まあ、これでうれいが一つ消えたのは良いことだが……話を戻すぞ」


 木野さんが改めて、雪美さんに向き直る。


「そもそも、あれだけの名付きをどうやって幻想の扉に誘導したのかという話だ。自分自身を囮にしたのかと最初は思ったが、それならこちらに現れた奴らは、どうして一体の例外もなく"災厄の魔法使い"だけを攻撃した? どうしてお前は一度たりとも狙われなかったんだ?」


 それは直接的な言葉を使わずとも伝わる、疑惑の投げかけだった。

 私が名付きと戦っているところを目の当たりにした木野さんは、雪美さんに対して強い不信感を抱いたのだろう。信じたくはないが、そう考えざるを得ない……そんな感情が伝わってくる。

 木野さんにじっと見つめられていた雪美さんは、地面に座ったまま私たちを見回すと、疲れたように笑った。


「私が災厄の魔法使いだからよ」


 最初から決められていた台本を読むように。

 この答えを聞きたかったんでしょうと言わんばかりに。

 また、この感覚だ。

 彼女の言葉からは、どこか演技めいた印象を受ける。

 その告白は、彼女の心からのものではないと直感的に分かる。

 でも、それが分かるのは私だけだ。他の皆は、雪美さんの言葉に少なからず衝撃を受けているようだった。


「おい……嘘だろ? 災厄の魔法使いはそいつじゃねーのかよ……?」

「だがお前も一緒に見ただろう、ヒカリ。幻想は名付きの害獣を自由に操っていた。その上で今、自分自身がそうだと……自白したのだ。もはや疑う余地はない」

「だって幻想は、百年もあたしたちと一緒にやってきた仲間じゃねーか! なあ、冗談だろ?」

「ヒカリ……!」

「待てって! そうだ、そういえばあたしたちがここに来る前に、幻想がそいつと何か話してたのを見たぞ! その時に洗脳されちまったんじゃねーのか!?」

「それでは説明のつかないことが……いや」


 木野さんはそこで言葉を区切ると、不意に私の方へ顔を向けた。


「……ショウ、と言ったか。お前に一つ聞きたい」

「えっ、はい、なんですか?」


 突然話を振られて驚くが、木野さんの表情は真剣そのものだった。

 この質問の答えによって何かが決まってしまう、そんな緊張感がある。


「俺の、下の名前を言えるか?」

「名前ですか……? えっと、確か……」


『命を救ってもらった恩は決して忘れない』

『俺は木野隆行という。君の名前を教えてもらえないだろうか』

『……そうか。きっとこの恩は返す。いつか、必ず』


「タカユキさん……でしたっけ」


 記憶の糸を辿り、私は答えた。

 それを聞いた木野さんの表情は変わらなかったけれど、喜びと悲しみが混ざりあったような複雑な感情だけは伝わってきた。


「……決まりだな。幻想は災厄の魔法使いだ」

「おいおい待てよ! どうしてそうなるんだよ説明しろよ!」

「お前は俺の下の名前を知っていたか?」

「いや、知らねーけど……それが何だってんだよ」

「お前だけじゃない。魔法使いの中に、俺の下の名前を知っている者は誰もいない。俺は魔法使いになってから、名字だけを名乗るよう意識していた。皆が固有魔法を使えるようになってからは、通り名で呼び合うことを強く推した」

「はあ……? なんでそんなことを」

「俺は家族を見捨てて逃げ出した臆病者だった。あの時のことを思い出す度、慚愧ざんきの念にえない。俺は自分という存在を恥じていた。だから俺は、仲間たちにもできる限り本当の名前を明かしたくなかった。かと言って全くの偽名を用いるのも無礼だと思った……」

「……それで?」

「災厄の日以降に出会った者たちの中で、俺が下の名前を教えたのはただ一人。開闢かいびゃくの魔法使い様だけだ。つまり……」

「……そういうことかよ、ちくしょう」

「信じられないという気持ちは俺も同じだ。幻想は俺たちと共に人類の復興に尽力してくれた。それがまさか……」


「でも、幻想には確かな"罪"があるっす」


 フーコがゆっくりと雪美さんの元へと歩いていく。


「シールをそそのかして大森の街を滅ぼしたこと。この事実がある限り、同情の余地はないっすよ」

「大森の……あの事故も……? それは、確かなのか」

「シールから直接聞いた話っす」

「そうか……なるほどな」


 木野さんは一つ頷くと、フーコと共に雪美さんの正面に並び立った。


「おい待てよ……どうする気だよ」


 光さんが焦燥感をあらわにしながら手を伸ばす。


「今こそ義務を果たさねばなるまい。恐らくこれこそが、百年もの間生きてきたことの意味なのだろう」

「この世の全ての災いの根源がここにあって、本人がそれを認めて観念してるんすよ。後はもう、自分たちがやるべきことは一つしかないじゃないっすか」


 フーコは既に固有魔法を展開している。

 木野さんの体の周りにも螺旋状の魔力が収束し、放たれる寸前となっているのが分かる。

 しかし雪美さんは何の反応も示さない。

 その表情は……穏やかですらあった。


「待っ……」

「待って! フーコ!」


 二人の魔法が放たれる寸前、私と光さんはほぼ同時に駆け出していた。

 木野さんは光さんにがっしりと腕を掴まれ、フーコは私の声に驚いたように振り返り――その二人の隙間から見えた雪美さんの表情は、その場の誰よりも驚きに満ちていた。


「ショウさん、どうして止めるんすか」

「話はまだ、終わっていないんだ」

「これ以上話すことなんて……」

「さっき僕は雪美さんに質問をした。だけど雪美さんはまだそれに答えていないんだ。約束、したよね。フーコ」

「……ああ、そういえば、ここに来る前に約束してたっすね。話せる余地がありそうなら協力するって……。撃滅、攻撃はちょっと待つっす」


 フーコが言うと、木野さんは呆れたようにかぶりを振った。


「ああ、分かってる。こっちもさっきからうるさいのが引っ付いて離れん」

「誰がうるさいのだって!? あんたは何でも自分一人で決め過ぎなんだよ!」


 光さんはギャーギャーと文句を言いながらも木野さんの腕をしっかりと掴んだまま放さず、そんな彼女を木野さんは鬱陶しそうに剥がそうとしている。

 一触即発の緊張感は解け、取り返しのつかない事態はどうにか免れたようだった。


「ありがとう、フーコ。それに二人とも」

「いいっすけど、そいつが何かしそうな気配を感じたらすぐに攻撃するっすからね」

「開闢の魔法使い様の頼みとあっては、聞かない訳にはいかないだろう」

「あたしは……よく分かんねーけど、まだ早まったことはするべきじゃないと思うんだ。頼むぜ、魔法使いサマ!」


 私は先程と同じように、雪美さんの近くに膝をついて目線を合わせた。

 彼女からは敵意や害意は感じられない。ただ微かな困惑だけがある。


「雪美さん、さっきの質問……言い方を変えさせてください。『あなたは、本当に災厄の魔法使いですか?』」

「……そうだって言ってるでしょう」

「僕はどうしても、そうだとは思えないんです」

「きみ、自分が何を言っているか分かってるの?」

「雪美さん。ひょっとしてあなたを殺しても、害獣は消えないんじゃないですか?」

「……どうしてそう思うの?」

「前から考えていたんです。害獣はいくら倒してもしばらくすれば復活する。それは、災厄の魔法使いが再生成しているからです。雪美さんの魔力は他の魔法使いたちとそれほど変わらない。そんなあなたが、定期的に大量に倒される害獣の魔力を補うことなんてできるのか? って……」

「現に、できているじゃない」

「できるはずがないんですよ。そもそも魔力が必要なのは、害獣を再生成する時だけに限らない。害獣からは常に微量の魔力が漏れ続けていて、それが植物を異常に繁殖させる原因となっている。つまり災厄の魔法使いは、この世界の害獣全てに、常に魔力を供給し続けているんですよ。普通の魔法使いと同じ魔力しか持たないあなたでは、そんなことは不可能なんです」

「それはきみの勝手な考えでしょう。現実は違う」

「……仮に、雪美さんとは別の使がいたとしたら。僕はずっとその可能性について考えていました」

「……」

「もしも今ここで雪美さんを殺して害獣が消えなかったとしたら。今度は皆の記憶にない魔法使い……僕自身が疑われるでしょう。そして僕が殺されたとしても、やはり害獣は消えない。すると今度は別の誰かが疑われる……あるいは、僕を守ろうとしてフーコが他の魔法使いたちと敵対するかも知れないし、派閥が生まれて魔法使い同士の大規模な争いが始まるかも知れない。そうなれば、いずれこの東京は終わります」

「……」

「雪美さんがしきりに死を望んでいたのは、自分自身を犠牲にして、この最後の一手を打とうとしていたからじゃないですか?」

「ふふっ……」


 突然、雪美さんは笑い出した。

 おかしくてたまらないという風に、今までに聞いたことのないような朗らかな笑い声で。


「あはははっ……はぁ。ショウくん、きみは探偵になったほうがいいかもね」

「考えておきます」

「きみは、強くなったんだね。本当に……太陽がきみを初めて家に連れて来た時からは考えられないくらい、強くなった」

「……僕のさっきの説は、僕自身の記憶と矛盾してしまうんです。だから直接、あなたに聞きたかった。真実を」

「真実ね……いいよ。教えてあげる。きみの名推理のおかげで、私の手は全部おしまいになっちゃったから。これでもう私には、きれいさっぱり何も残っていないもの」


 雪美さんは口元の血を拭うと、皆に向けて話し始めた。


「私は、災厄の魔法使いの分身わけみ。二つに分かたれた魂の片割れよ」

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