害獣駆除の日

 雑草の青臭さ、木の芳香、それらの入り混じったにおいを懐かしく感じるのは、かつて田舎で過ごした日々の記憶が脳裏をかすめるからだろうか。

 私たちは踏みならされた広場の中心に立っていた。

 私と、元一と、空手様。そしてその周りを眷属たちが取り巻いている。

 今日は害獣駆除の日だ。


「今日は皆さんに新しい仲間が加わるっす。ではショウさんから、自己紹介お願いするっす」


 あの日、同じように自己紹介にのぞむ私は何も知らなかった。

 この世界のことも、自分自身のことさえも。

 世界と時間とを越えてこの場所に立つ私は、果たして何を知っただろうか?

 あの頃と今とで、どれだけの違いがあるだろう?

 願うことなら、どうかあの頃の自分より、少しでもより良くあれたらと思う。


「ショウです。……見ての通り、魔法少女です。よろしくお願いします」


 魔法使いであり、同時に眷属でもある――そんな矛盾した存在を表す呼称など、今の私には思いつかない。

 それならばもう一度、私は魔法少女と名乗ろう。

 軽く頭を下げてから皆を見回すと、ニヤニヤと笑うりりのと目が合った。

 この気恥ずかしさとこそばゆい感覚は、まるで授業参観の日のようだ。


「えー、さっき皆さんの仲間と言ったっすけど、ショウさんは特別でして、皆さんと一緒に戦う訳ではないっす。自分と同じように、皆さんのサポートをしてもらうっす。つまり監督役っすね。……自分の言ってる意味、わかるっすね?」


 私の派手な見た目と魔法少女という言葉にざわついていた眷属たちの間に、より一層のざわめきが走った。

 というか私も少し驚いた。

 あっそうなんだ、という感じだ。

 確かに、魔法使いとしての力を持っている者を他の眷属と同じように扱うのは適当ではないかも知れない。

 ということは、私は素性を隠さずに魔法使いとして動いていい、ということなのだろうか。そういうことは先に言っておいてほしかったけど……たぶん空手様のことだから普通に忘れてたんだろうな……。


「続けて元一さん、自己紹介お願いするっす」


 困惑する眷属たちを尻目に、空手様は淡々と話を進める構えだ。

 長年つちかってきたであろう引率者としての手腕が心強い。


「……武敷むしき元一です。俺は空手の魔法使い様の眷属じゃないんだけど……事情があって、一緒に害獣駆除をさせて貰うことになりました。よろしく……お願いします」


 まだ元一が武敷と名乗ることに慣れず、少しドキッとしてしまう。

 そして、別の魔法使いの眷属であることまで正直に話してしまったことにも驚いた。

 それらは黙っていれば分からないことだし、実際に学校ではそうしている。事情を知っているのは一部の先生だけだ。

 もしかしたら、後々何かの拍子で明らかになってしまうより、今こうして先に言っておいた方がいらない疑念を抱かせずに済む――という元一なりの考えなのかも知れない。学校の生徒たちと違って、眷属の彼らとは初対面なのだから、その方が都合がいいのは確かだ。

 それに何より、眷属たちは次から次へと降ってくる話題で飽和状態だ。ここで一つ話の種が増えたところで大して変わらないだろう。


「はい、ありがとうございます。それじゃあ自己紹介も終わったところでー、皆さん、今日は三人組やるっすよー。はいお喋りやめて三人組作ってー」


 三人組という単語に、一部の眷属たちから悲鳴が上がる。

 うまく話題をそらした……というか、強引に捻じ曲げた形だ。しかし、こうでもしなければ彼らの混沌とした噂話は尽きなかっただろう。

 そして私も、三人組という言葉に少し胸のときめきを覚えていた。

 これは事によると、私とりりのと元一の三人で組めるのではないだろうか……? 前の世界では決して実現することのなかった夢のタッグが……!


「空手様! 遅くなったでやんす!」


 と、その時、背後から特徴的な語尾の声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには予想通り、坊主頭にぐるぐる眼鏡でムキムキマッチョな、ややインパクトの強過ぎる男の人が駆け寄ってくるところだった。


「あ……カラオさん、家の用事は大丈夫なんすか?」

「無理やり抜け出してきたでやんす。今日は外せないでやんすからね」

「そうっすか。それじゃあカラオさんはりりのさんと元一さんと組んで下さいっす」

合点がってんでやんす!」


 えっ……ああ……そうか……私の時もそうだったもんね……。


「おや……ショウ殿。今日はよろしくでやんすよ」

「はあ、どうも」


 呆然とする私の横を、カラオくんは颯爽さっそうと駆け抜けていった。

 いや、まだだ。まだ諦めるのは早い。

 思い出せ。確かあの時は――


「あのー空手様。私、あの三人の付き添いをしてもいいですか?」


 そう、私が初めて害獣駆除に参加した時は、りりのとカラオくんに加えて空手様がついてきてくれたのだった。

 ならば、今回はその役を私が引き受けても問題ないはず……!


「……ショウさん、彼らと仲が良いのは知ってるっすけど、成績トップの二人に魔法使いまでついていったら戦力過剰もいいところっすよ? それに申し訳ないっすけど、自分は街の方も警戒しなきゃならないんで、ショウさんには眷属たちの方をメインで見てもらいたいんすけど」

「あっ、はい……」


 うーん、なんたる正論だろう。

 空手様の言う通り、害獣駆除に注意が向いているタイミングを狙って、雪美さんやすみれちゃんが街に何か仕掛けて来ないとも限らないのだ。ここは大人しくうなずくしかない。

 ……しかし、それじゃあ前の世界で私たちの三人組に空手様がついてきたのは一体何だったんだろう……?

 あの時は今と違って街を気にする必要がなかったから……? いやでも、あの時も害獣侵入事件は起きていたし……。

 なんだかよく分からなくなってきた。

 まあいい、とりあえず今は考えることはやめて、自分に与えられた仕事をこなすとしよう。


 空の上から森を俯瞰ふかんし、各グループの動向を確認する。

 壁からどんどん離れていくような、腕に自信のある眷属は特に注意しておく。

 全体的に、彼らは優秀だ。

 複数の敵と遭遇した時はすみやかに一体を囲んで倒す。常に多対一の形を崩さない。これも空手様の指導の賜物たまものだろう。

 しかし、彼らの中にも例外はいる。

 それが元一たちの三人組だった。


 人型三体と遭遇。

 まず元一が姿を消して先行し、一体の首を切り飛ばした。それに気を取られた残りの二体をそれぞれりりのとカラオくんがほぼ一撃で戦闘不能にする。

 こうして他の眷属と比べてみると、りりのとカラオくんはもちろん、元一の強さもかなり飛び抜けていることが分かる。

 というか姿を消す魔法がほとんど反則級だ。時間の制限はあるものの、魔法使いの目すらあざむくのだから恐ろしい。私でもかなり見づらくなるし……。

 と、一息ついた三人の後ろで、元一が首を飛ばしたはずの害獣がむくりと起き上がった。無防備な眷属の背中に向けて、その太い腕を振り上げる。

 だが、その腕が狙った場所に振り下ろされることはなかった。

 一瞬にしてその胴体に槍と拳と剣が突き刺さり、害獣は今度こそ完全に沈黙した。

 ……なんだか、こうして見ると初めて組んだとは思えないほど良いコンビネーションだ。正直羨ましい。


 ところで、この害獣駆除では、害獣を一体倒すごとに二万円のボーナスが出る。

 では害獣を倒したことを証明する手段は何か。

 人型の場合、頭部にあるくぼみの奥に、目玉の名残のような球状のものが埋まっており、それを掘り出して提出する。

 これは必ずしも人型の急所と言う訳ではなく、かと言って目の役割を果たしている訳でもないらしく、未だによく分かっていないものだ。

 先ほど元一が首を飛ばしたにもかかわらず、再び人型が動き出したように、人型の急所は個体によって異なっている。

 それは大きく分けて三箇所あり、頭部、胸部、下腹部に分けられる。なので、まず狙いやすい頭を吹き飛ばしてみるのは悪くない選択だが、中の球まで破壊してしまうとボーナスが貰えなくなるというジレンマもある。なかなか難しいところだ。

 四ツ足の場合は簡単で、急所は必ず頭部にある。

 とは言え、ただでさえ素早い四ツ足の、比較的小さな頭を狙い撃つのは大変だ。

 不用意に正面から近づけばその鋭い牙が一瞬で肉を食いちぎる。対峙する際の危険度は人型の比ではない。

 四ツ足を倒した証明には、尻尾の先を切り取って持っていく必要がある。刃のように鋭いので取り扱いには注意が必要だ。

 ちなみに三人組で害獣を倒した場合、誰がとどめを刺したかに関わらず、ボーナスは三等分される。

 なんだか金銭トラブルに発展しそうな話だが、実際に三人組で駆除を行う機会は少なく、また眷属たちは皆それほどお金に頓着とんちゃくしないようで、空手様の眷属の中では大きな問題が起きたことはないのだとか。

 もしかしたら、空手様が眷属を選ぶ際の判断基準に、そのあたりの人間性なども含まれているのかも知れない。


「ショウさん」


 そんなことを考えながら空の上を巡回していると、不意に空手様から話しかけられた。


「駆除が終わった後、提出された害獣のパーツと死骸の照合を行うので、戦闘があった場所は覚えておいて下さいっす」

「照合……ああ、そっか、必要ですもんね」

「すみません、また言い忘れてて……申し訳ないっす」

「それはまあいつものことなんで」

「へへ……そうなんすよね……自分、いつもどこか抜けててダメダメなんすよ……」


 あっ、思った以上にショックを受けている。

 ちょっとストレートに言い過ぎたか……ここは話題を変えよう。


「ところでふと思ったんですけど、害獣を倒せばお金になるってことは、駆除の日以外に眷属が壁の外に出てお小遣い稼ぎしたりとか……そういうのってアリなんですか?」

「ああ、それは危険なので禁止にしてるっす」

「じゃあ例えば、事前に害獣を狩っておいて、駆除の日に部位を提出したらどうなります?」

「そのための照合作業っすね。それに、例え害獣を跡形もなく倒したので死骸はありません……なんて嘘をついたとしても、提出された害獣の部位を見れば一発で分かるっす。害獣の残存魔力は時間が経過するほど減っていくっすからね」

「なるほど、不正はできないと」

「過去にはそういうことをする人もいたっすけど、次やったら眷属の力を剥奪はくだつすると警告したら、もう二度としなくなったっす」

「確かにそれは……リターンに比べてリスクが大きすぎる」

「と言ってもこの脅しを使えるのは自分くらいっすから……他の魔法使いたちは結構苦労してるみたいっすけどね……」

「ああ、やっぱり他でもあるんですね、その手の問題」

「お金のためでも何でも、たくさん害獣を狩ってくれるのは本来良いことのはずなんすけど、自分たちの目が届かないところでやられると絶対に事故が起きてしまうので……痛し痒しっす」


 思いがけず面白い話を聞けた。

 魔法使いの皆も地道な努力を重ねてこれまで頑張ってきたんだなあ、と感心してしまう。

 私も彼らの頑張りに報いるためにも、これからは魔法使いとして力を……ん?


「あのー、ちょっと気になったんですけど……これ、私のお給料ってどうなるんでしょう?」


 お金が絡むと人間は大変、みたいな話のすぐ後にお金のことを言うのはバツが悪いけど、今の私にとっては切実な問題なので仕方がない。

 私は今、魔法使いの仕事をしている。なので眷属として害獣を狩ることはない。……では魔法使いの仕事にお給料は出るのだろうか?


「ショウさんは眷属として国と契約してるっすから、お給料もそれに準ずるっす」

「それってつまり……害獣を倒さないとボーナスは出ない?」

「そうっすね」

「……ちょっと遠出してきていいですか」

「うーん……」


 露骨に渋い顔をされた。

 害獣を狩ってくれるのは有り難いことだけど、他の眷属たちを放ったらかしにしてボーナス稼ぎに行かれるのはちょっとな……でもこの人いちおう開闢かいびゃくの魔法使いだし言いづらいな……という複雑な感情が手に取るように分かる。

 半分くらいは冗談のつもりだったんだけど……そんな顔をさせてしまうと、申し訳なさでいっぱいになる。

 仕方ない、私は基本給だけで頑張るよ……。


「あ、じゃあ苦戦してる三人組を助けて害獣を倒したら、その分は貰えます……?」

「……いいっすけど、本当にピンチの時しかダメっすよ」


 ちょっと呆れられてしまった。重ね重ね、申し訳ない。


 そんなせん無い会話を巡回の合間に空手様と交わしながら時間は過ぎ去り、害獣駆除の時間は終了した。

 大きな事故も怪我もなく無事に終わったことに、ほっと一安心する。


「お疲れー。ショウが飛び回ってるところ、ちょっと見えたよ」


 りりのたちも無事に広場に戻ってきた。

 その様子を見るに、どうやら彼女が危惧きぐしていた戦闘中の姿を元一に見られることに関しても、特に問題はなかったようだ。


「三人とも、お疲れさま。元一は初の害獣駆除、どうだった?」

「害獣と戦うこと自体は初めてじゃないけど……自分以外の眷属と一緒に戦うのは新鮮だったな」

「そうそう、元一くんすごかったんだよ! 敵に気づかれないうちにあっという間に近づいて倒しちゃうの!」

それがしも元一殿の戦いっぷりには感服したでやんす。心強い味方ができたでやんすな」


 他の二人から大絶賛されて、元一は困惑と照れが入り混じったような表情をしていた。

 私もその輪の中に入りたかった、という気持ちが正直なところだけど、さすがにそれは少し欲張り過ぎだろう。

 それに、私はいつでも彼らをサポートすることができる。困った時、必要な時に力を貸すことができる。それだけで十分だ。

 だけど……


「ねえ、三人とも、今度の休みにちょっと買い物にでも行かない?」


 でもそれは、魔法使いと眷属の話。

 戦いと関係ない場所でなら、私は彼らといくらでも時間を共有することができる。


「買い物? いいじゃん、皆で行こうよ」

「俺も別に構わないけど」

「……ん? 某もでやんすか?」

「うん、カラオくんも一緒にどうかな」

「むむ……なんと魅力的なお誘い……しかし某、今はちょっと多忙の身……ううむ、申し訳ないでやんすが……」

「そっかー……」

「せっかく誘っていただいたのに、一つしかないこの身が憎いでやんす……!」

「じゃあまたそのうち、機会があったら一緒に遊ぼう」

「是非に!」


 これは私の、個人的なワガママなのかも知れない。

 りりのと買い物に行ったあの日……元一と最後に言葉を交わしたあの日。

 また来ようと二人で交わした、果たせなかった約束。

 そんな思い出への未練がまだ、心の底でくすぶっているせいなのかも知れなかった。

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