光の魔法使い

 かつて、あたしはどこにでもいるような高校生だった。

 両親がいて、じいちゃんとばあちゃんも生きてたっけかな。それと姉貴が二人。結構立派な家に住んでいたと思う。母さんと一番上の姉貴が家を取り仕切る、いわゆる母系制ってやつだったな。


 厄災の日のことはほとんど覚えていない。断片的な記憶があるだけだ。他の魔法使いたちも同じく覚えていないらしい。

 でもアイツは思い出したって言ってた。誰の手も借りずに自力で。よくやるよ。

 あたしにも思い出せるようにしてやるとか言われたけど、正直そんなことはどうでも良かったから丁重にお断りした。いまいち信用もできねえしな。


 魔法使いになってからの一番古い記憶は、皆と一緒に戦っている場面だ。

 今よりもずっと多くの害獣がうろついている中で、あたしたちはとにかくあちこち駆け回って、助けられるだけの人を助けて回った。

 目も当てられないような死体とか、相当にエグい場面は数え切れないほど見てきた。ギリギリで救えなかった命なんてそれこそ無数にあった。

 人間なんて死んじまえばマネキンと変わりゃしない。動くか動かないかの違いはほんの少しだけど、取り返しがつかねーんだって痛感した。

 だから当時のあたしはとにかく頑張った。特別な力に酔いしれる暇なんてなかった。とにかくやるしかないんだ。動き続けるしかなかった。


 あれは……いつだったかな。少しは状況が落ち着いてきて、いくつか街らしいものが作られ始めた頃だ。

 とんでもなくでかい、害獣の変異種が現れやがった。

 そいつはバカでかい口で分厚いバリケードを食い破っちまうことから、『壁喰い』って名前がつけられた。【壁の魔法使い】の魔力が通った壁さえ食っちまうんだから、とんでもない奴だったな。

 半数以上の魔法使いと、その頃生まれ始めた眷属まで投入して、三日三晩戦った。

 こう言うのも不謹慎っつーかだけど……今にして思えば、あのヒリつくような戦いに没頭していた時間が一番楽しかったなあ……。

 吹けば飛ぶような雑魚とはレベルが違う。上空何千メートルってところにいる化物にも引けを取らないような強敵が、地上で暴れまくってるんだ。

 知恵を絞って、魔法を組み合わせて、罠を張って……どうにかあいつを仕留めた時の喜びったらなかったね。

 だからそいつの腹の中から出てきた未知の金属をあたしが貰えるって決まった時は、最高に嬉しかった。あたしが一番活躍したかどうかは分からないけど、少なくとも皆に認められるだけの働きをしたんだ。

 今でもこの刀を抜くと、あの時の熱狂が蘇ってくる。きっと、あれがあたしにとっての青春だったんだ。


 それからしばらくして、遠くの地方にも『壁喰い』みたいな、名前を付けるに値する変異種がいくつか存在することが分かってきた。

 そいつらは東京からずいぶん離れた場所にいたけれど、放っておけばいずれ驚異となるかも知れない……ってな意見が、魔法使いたちの中から出始めた。

 変異種は成長する可能性がある。驚異は早いうちに摘み取った方がいい。そんな流れで、あの大決戦が始まった。……んだけど、あたしは今でもあの作戦は間違いだったと思ってる。

 大決戦なんて大仰な名前が付いてるけど、実際は【誘引の魔法使い】が各地にいる名付きの害獣を引き連れて回るだけのものだった。

 あたしたちにできたのは、せいぜい彼女が万全の状態で走れるようにルートを確保することぐらい。入念に下準備を進めたおかげで、びっくりするほど地味な戦いだった。

 名付きの他に、海抜の高い場所にいる強力な害獣たちを数えきれないほど引き連れて、【誘引】は西へと走った。

 西へ、西へ。

 岐阜の辺りを過ぎたところで、【壁の魔法使い】が日本を東西に分断する巨大な壁を作り出して害獣を隔離、そんで後は【幻想】の魔法で魔法使いたちを拾い集めて東京に戻れば終わり……のはずだった。

 でも、現実はそんなに上手くはいかなかった。

 日本を分かつほどの壁なんて、いくら【壁の魔法使い】でもそう簡単に作れるものじゃなかったらしい。壁の完成まで予想以上に時間がかかっちまって、【誘引】はその間ずっと逃げ回っていたんだけど、ついに限界が来て追い詰められちまった。

 広島……いや、北九州のあたりだったかな。逃げ場を失った【誘引】は、結局自ら命を断つことで、土地そのものに自分の魔法を染み込ませた。一世一代の大魔法だ。

 あれはとんでもなかったな。危うくあたしたちまで引き寄せられそうになるほどの威力だった。今でもあの時の害獣の多くは、あの場所に群がっているんだろうな。

 そして、ほどなく壁を完成させた【壁の魔法使い】も、自分で作った壁の上でそのまま死んじまった。

 そりゃそうだ、確か厚さが一キロ、高さは七、八百メートルくらいはあったっけか……それが日本海から太平洋まで繋がってるんだ。あんな巨大なものを作り出す魔力なんて、それこそ命を削らなきゃひねり出せないだろうさ。そういう意味でも、あいつは本当に規格外の魔法使いだったんだな。

 死ぬ間際の遺言だとかで、今でもあの壁の上には【壁の魔法使い】の遺骨が安置されている。昔は年に一度くらいは墓参りに行ってたんだけど……そういえば、いつの間にか行かなくなっちまってたな。


 二人の魔法使いをうしなった代わりに、東京はそこそこの平和を獲得した。

 現れる害獣の数は減ったし、強さも最低レベル。……でも、あたしはなんだか釈然としない気持ちでいっぱいだった。

 本当にあの二人が命をかける必要があったのか? もしも名付きが東京まで来たとしても、『壁喰い』の時みたいに、皆で力を合わせて戦えばよかったんじゃないのか?

 あたしたちだって少しずつ強くなっているんだ。敵が成長するなら、あたしたちはそれ以上に成長すればいい。そうじゃないのか?

 ……なんてことをずっと考えてたんだけどさ。まあ、今更言っても仕方ねえ、もう終わっちまったことだ。だから結局、誰にも話すことはなかった。


 それからあたしたちは、持ち回りでそれぞれの街を管理することになった。

 管理ったって、人間の暮らしに魔法使いあたしたちが下手に口を出す訳にはいかない。だからやれることなんて外の害獣を狩って回ったり、住民同士のトラブルの仲裁をしたりするくらいで……全く面白くもなんともねえ、地味な毎日だったよ。

 そのうち【変異】の奴が光合成できる家畜を開発すると、あたしは千駄ヶ谷農場の専属魔法使いになった。

 当然、拒否権なんてない。何せ、農場に安定した光を提供し続けられるのは、あたしと【除湿】しかいなかったんだからな。

 最初のうちはまあ、悪い気はしなかったよ。あたしにしかできない仕事だ。人類の命運はあたしにかかってる、なんて意気込んだりしてさ。若かったなー。


 ……でもよ、今にして思うと、【撃滅】のオッサンにも【除湿】と同じことができたんじゃねーかな……雲を魔法で貫いてさ……まあ、もうどうでもいいことだけど。


 弱い害獣を狩って、畑に光を当てて、時々眷属を作る。

 単調な毎日だった。普通の人間の一生分に近い時間、それが続いた。

 さすがに飽きたね。一生同じことの繰り返しだぜ? 何の拷問だよ。

 それでも……それでも何もかもを投げ出さなかったのは、いつか、あの『壁喰い』と戦った時みたいな輝ける時間がもう一度訪れるんじゃないかって……ずっとそう信じていたからだ。

 信じて、すがるしかなくて……でも、そのうち夢を見ることにも疲れて。もうとっくに限界だった。

 こんな性格のあたしがよく何十年も耐えたもんだ。褒め称えられてもいいくらいだよ。本当に。


 だから、【幻想】から話を持ちかけられた時、あたしの一生分の我慢はついに決壊した。

 もうたくさんだ。死ぬまで続く苦行なんてもんじゃないぞ、こちとらいつ死ねるかも分からないような体になっちまってるんだ。何もかも、一度ぶっ壊さなきゃならない。

 アイツが言うには、どうやら本当の意味で人類を救うことができる……っていう計画らしい。本当かね。ま、どっちでもいいや。

 正直めちゃくちゃ胡散臭いけどさ、進みも戻りもしない、臭いものに蓋をし続けているような気持ちの悪い平和が続くよりは、そうやって前に進もうと足掻いている方がいくらかマシだろうよ。

 ……それにさあ、この平和みたいなものを維持するだけなら、そんなにたくさんの魔法使いはいらないんじゃねーの?


 あたしの固有魔法は、簡単に言えば虚像の盾を作るような魔法だ。

 例えばあたしの姿や動きを完璧にトレースする偽物とか、背後の風景を映し出す迷彩みたいなものだって作れる。しかもこれはただの目くらましじゃない。こいつは魔力を反射する。

 この虚像をぴったりと体の上に貼り付けるようにすれば、あたしの魔力は誰にも感知できなくなる。……あたしも他人の魔力を感知できなくなるけど。

 そして、虚像を貼り付けたあたしや、影分身みたいに作り出された他の虚像を魔法で攻撃すれば、その魔法は容赦なく術者にはね返される。あたし自身も魔法が使えなくなるけど、この『壁喰い』の刀はその時のためにあるんだぜ。


 ……正直なところ、この魔法を使ってヒューの背後に近づいた時、きっとあたしの攻撃はかわされるんだろうなって思ってた。

 ヒューは強い。とんでもなく強い。五行の全てを極めてるってことは、魔法の組み合わせでほぼ何でもできちまうってことだ。あいつとまともな勝負ができる奴なんて、それこそ【投擲】か【除湿】くらいしかいないんじゃないかな。

 それくらい、あたしはヒューの強さを認めてた。あたしなんかが逆立ちしても勝てっこねーって。

 ……だから、あたしの刀がすんなりあいつの体を貫いた時、完全に拍子抜けしちまった。は? 冗談だろ? なにあっさりやられてんだよ。あんた最強の魔法使いじゃないのかよ? ってな。

 なんつーか……あたしの中に築き上げられていた幻想が音を立てて崩れていく感じっつーか……ああなんだ、どんなに強いやつでも、いきなり後ろから刺されれば死ぬんだなーって。

 なんか、醒めちまった。

 もういいや。やっちまったもんはしょうがない。案外あたしの魔法なら、他の奴らだって簡単に倒せちまうんじゃねーのか?

 だからとりあえず、目の前にいた【空手】にケンカをふっかけることにした。


 あたしは【空手】のことは好きでも嫌いでもなかった。

 いや、どっちかっつーと嫌いな部類に入るかな。

 確か……『壁喰い』と戦った後くらいから、【空手】は五行の魔法がどんどん使えなくなっていったんだ。

 いや、使えることは使えるんだけど、威力も効果も目に見えて衰えていった。原因として考えられるのは『壁喰い』との戦いだけど……あいつがあの戦いでどんな風に動いていたかなんて全く覚えていない。それくらい大した戦果は上げていなかった。

 簡単に言っちまえば、あいつは「弱い」。あるいは「弱くなった」。それがあたしの認識だった。あたしは弱い奴には興味ねーんだ。

 軽くひねってやるつもりだった。一人やっちまえば二人も三人も一緒だ。今後の戦いのために、ちょっとした練習台になってもらおうか……そんな軽い気持ちだった。


 ……結論から言うと、完敗だった。

 まず、九体の分身のうち、六体が消えてなくなった。一瞬のことだ。何が起きたのかさっぱり分からなかった。だってあいつ、最初から最後まで微動だにしてなかったんだぜ?

 考える暇もないまま、重い一撃があたしの腹のド真ん中に突き刺さった。おいおい魔法は反射されるはずだろ? なんで虚像ごとブチ抜かれてんだよ?

 そんで気が付いてみれば、あたしは瓦礫の中で無様に寝っ転がってたってワケだ。なんだよそれチョーウケる。ウケねーよクソが。

 意味が分からなかった。自分が負けたってことを理解するのに、たっぷり五分くらいはかかった気がする。

 負けた。完膚なきまでに負けた。しかもこれ、多分手加減されてるな……骨にも内蔵にも損傷らしい損傷がない。

 嘘だろって感じだ。あいつあんなに強かったのかよ。いや、あたしが弱いのか?


 泣こうか笑おうか迷ってるみてーな顔で頭を抱えていると、ふと、こっちに近付いてくる魔力を感じた。


「……なんであんたがここにいるんだよ」

「こっちの台詞だ」


 アホみたいにでかい図体。気持ちわりい長髪。趣味の悪い着流し。

 そいつは【撃滅の魔法使い】だった。

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