7 初陣3

「ねえ、りりののこと、いつかもっとたくさん教えてね。私たちが今より仲良くなれたら」

「……うん」


 両手で包み込むようにして握ったりりのの手は、硬く骨ばっていた。

 戦うための手。

 どうして彼女はこんな手で戦わなければならなくなったのだろう。

 いつか私がその理由を知る日は来るのだろうか。


「いや~青春っすね~」

「青春でやんすね~」


 すっかり二人きりの世界に入っていた私たちを、カラオくんと魔法使い様が遠巻きに生暖かく見守っていた。私より少し遅れてりりのもそれに気が付いたようで、慌てて手を振りほどかれてしまった。


「……今見たこと、誰にも言わないで」


 声を押し殺すようにして話す彼女の顔が赤く染まっているのは羞恥のためか、それとも怒りによるものだろうか。ただ一つ確かなのは、手が白くなるほど強く握り締められた槍が、「誰かに喋ったらタダでは済まさない」という彼女の気持ちを代弁しているということだろう。


「そ、それがしがそんなことするはずないでやんす。そっと胸の内にしまっておくでやんすよ」

「しまうな! 忘れろ!」


 彼女の毒の魔法が洒落にならないことを知ったばかりのカラオくんは、割と本気でビビっているようだった。

 しかし魔法使い様はさすがというべきか、飄々ひょうひょうとした態度を崩さない。


「え~、泣いてるりりのさん超可愛かったっすよ。自分としては映像化して眷属自慢大会に出したいところっすね」

「やめろー!」


 さっきまでのしんみりとした空気は、あっという間にどこかへ吹き飛んでいってしまった。

 もしかしたら、これらは全て魔法使い様なりの気遣いによるものだったのかも知れない。


 そんな風にドタバタと騒いでいると、不意に魔法使い様が空を見上げた。

 つられて私もそちらを見ようとした瞬間、猛烈な突風と共にその場から魔法使い様の姿が消えてしまった。


「な、なに!?」

「あー……多分アレ」


 りりのが指差す遠くの方角に、ピンク色の煙が一すじ立ち昇っているのが見えた。


「あれって……発煙筒の煙?」

「そ。どこかのチームがピンチみたい」


 そういえば出発前、一組につき一本の発煙筒が手渡されていた。

 三人組がそれぞれバラバラに行動する都合上、自分たちだけでは対処し切れない事態におちいった場合などに、発煙筒をいてその位置を知らせるのだ。

 害獣に襲われている時に悠長に助けを待っている暇なんてないんじゃないかと思っていたけど……なるほど、駆けつけてくれるのが魔法使い様なら話は別だ。

 恐らく魔法使い様は、私たちと一緒に森に入った時からずっとSOSのサインを見逃すまいと注意を払っていた。そして煙を見つけた瞬間、文字通り飛び出していったのだろう。

 普段はどこか抜けているような印象があるけれど、いざという時にはこれほど心強い存在はない。


「私たちも応援に行った方がいいのかな?」

「いや……多分その必要はないでやんすよ……」


 何故か残念そうにカラオくんが言った。


「……カラオくん、何か急にテンション下がってない?」

「いや某そんなことは……」

「あー、カラオさんはねー、魔法使い様にぞっこんだからね。いなくなって寂しいんじゃないかなー」


 りりのは、先程の仕返しとばかりにニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「ちょちょ、りりの殿……!」

「えーいいじゃん皆知ってるんだし。ショウコちゃんにも教えてあげようよ。ピンチのところを助けてもらったんだっけ?」

「むう……まいったでやんすね……」


 ポリポリと坊主頭をかくと、カラオくんは観念したように話し始めた。


「あれは……某がまだ駆け出しの頃でやんす。今と同じように森で害獣の駆除をしていた時、運悪く仲間とはぐれてしまって……更に悪いことに四ツ足と遭遇してしまったでやんす。今思えば某も剣一本でよく頑張ったと思うでやんすが……善戦むなしく、あわや一巻の終わりというところで空手様が助けてくれたのでやんす」

「……剣?」

「当時は剣を使っていたでやんすよ。漫画の影響でやんすが……」

「まあ今もそういう人が多いよね」

「ていうか武器って変えれるんだ……」

「どうしても変えたいっていう強い願いがないと無理っぽいよ」

「へー」


 つまりカラオくんはその時助けてくれた魔法使い様に憧れて、あの人のようになりたいという強い願いを抱き、自分の武器まで変えてしまったのだ。

 それで実際に成績トップに登りつめるほど強くなってみせたのだから、憧れの力というものは恐ろしい。

 もしかしたら、あの変な一人称や語尾も魔法使い様のそれを意識しているのかも知れない。


「そういえばアタシ魔法使い様が戦うところ見たことないんだけど、どんな感じだったの?」

「どんな……と言われても難しいでやんすな。四ツ足の目の前に降り立った空手様は、某が見た限りでは何もしなかったでやんす。ただ気付いた時には、四ツ足が見えない壁にぶつかったみたいにこう、グシャッと……鼻の先から尻尾まで潰れていたでやんす」

「レベルが違い過ぎて意味が分からないわ……」

「そもそも空手の魔法使い様の『空手』ってどういう……?」

「御存知の通り、魔法使い様たちがそれぞれ使う固有魔法はその二つ名に表されているでやんすが……空手様だけはよく分からんのでやんすよ。ご本人は念動力のようなものだとおっしゃっていたでやんすが、あれを念動力と言っていいのかどうか」

「案外、いつも着てる空手の道着から来てたりして」

「そんなバカな……とも言い切れないでやんすな。二つ名を決めるのは魔法使い様同士でやんすから……」


 すっかり調子を取り戻したりりのを見て、私はほっと胸を撫で下ろした。

 私たちはきっと、いつまでも純粋な心をむき出しにしたままではいられない。

 たくさんの仮面を付け替えて、その奥に潜む心を読み合いながら生きていく。

 魔法がある世界でも、それは変わらないのだ。




 その時、何の前触れもなく、談笑する私たちを取り囲む空気に亀裂が入ったような感覚があった。

 不吉な予感に突き動かされて辺りを見回す。

 首筋を、ざらりとした死神の手で撫でられたような気分だった。

 到底信じられない――直視したくない現実が私の目に映る。


「二人とも……ちょっとヤバいかも」


 何と説明すればいいか分からなかった。

 とにかく私はその時見たありのままの光景を二人に伝えるしかなかった。


「今、

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