3 高校4

「あれ、帰りこっちなの?」

「僕たちいつもセンター寄ってくから」

「センター?」

「ほら、駅の所の……」


 センターこと、戸越中央百貨店は、この街のちょうど真ん中にある。

 街の中央には駅があり、それを取り巻くようにして道路が広がっている。駅はいわゆる地下鉄で、他の街と行き来するにはこれを使うしかない。

 万が一街に害獣が入り込むとしたら、壁をよじ登るか、地下鉄のトンネルに侵入するかのどちらかになる。その万が一が起きた場合、そしてそれが後者だった場合、被害は計り知れないものとなる。

 実際、地下鉄で街と街をつなぐ試みが始まった復興中期の頃には、トンネルに害獣が侵入する事故が何度となく起き、そのたびに膨大な時間と資材と生命が失われたという。

 今は技術が発達し、安全性も格段に上がっているらしいが、万が一に備えて駅ごと封鎖できるように、駅をすっぽりと覆うようにして建物が建てられている。それが中央百貨店なのだ。


「……ああ、チューオーね」

「えっなにその呼び方」

「そっちこそセンターってなによ。センター要素なくない?」

「いや書いてあるでしょショッピングセンター戸越中央百貨店って。看板に」

「あったっけ? ていうか中央なんだからチューオーでいいじゃん」

「センターも中央って意味だけど」

「うそだー」

「まじまじ」


 結局りりのさんは私とばかり話をしていた。なんとなく気を遣って元一とも話をさせてあげようと話題を振っても、途端にカチコチになってしまう。

 そうこうしているうちに目的地の中央百貨店に着いてしまった。

 いつものように適当に飲み物を買ってから屋上に上がる。りりのさんも私たちにならってミルクティーを買っていた。

 屋上はちょっとした公園のようになっていて、子供が芝生で遊べるスペースや、花壇や噴水まである。

 私たちはフェンスの近くに設置されているベンチに腰掛けた。


「うわー、屋上って初めて来たかも」


 りりのさんは辺りをキョロキョロ見回しながら物珍しそうにしている。


「結構いい雰囲気だね。ずるいなー、いつも二人でここに来てたんだ」

「別にずるくはないでしょ……。この時間帯は人が少ないし、学生もめったに来ないから落ち着くんだよね」

「ふーん。ていうか毎日来てるの? ヒマなの?」

「ヒマっていうか……そうかも」

「……俺、あんまり家にいたくないから」


 りりのさんの言葉に何か思うところがあったのか、珍しく元一が口を開いた。


「えっあっそうなんだ」


 予想外の返事にオロオロするりりのさん。屋上の雰囲気に多少リラックスしていたようだけど、やはり元一と直接話すのはまだ緊張するようだ。


「俺一人っ子だからさ、親父の指示で家の若い奴らがお節介かけてくるんだよ。それが面倒でさ」

「そ、そうなんだ……」


 おお……珍しく元一がたくさん喋っている……。りりのさんもこのチャンスにグイグイ行けばいいのに、もったいない。


「あ、ていうかショウの家もそんな感じなの? 武敷ってあの武敷さん……なんだよね?」


 どうしてここで私に振るのかな……そしていつの間にか呼び捨てになってるし。

 でも、やっぱり私の家の事もある程度知っていたんだ。その上で普通に接してくれていたことに少し感動してしまうあたり、私も結構チョロい。


「僕は一人暮らしみたいなものだから、そういうのはないよ」

「一人暮らし? マジ?」

「まあ関係者専用の団地みたいなところだけどね。住んでる人たち皆僕のこと知ってるから、あまり一人暮らしって感じはしないんだけど」

「えーでも羨ましい。アタシも一人暮らししたいなー」

「りりのの家は厳しいの?」

「まーそこそこね」


 お返しに、私もさり気なく呼び捨てにしてやったのだけれど、彼女は全く気にしていないみたいだった。


「ウチはお父さんいないから、お母さんが心配性になっちゃって。気持ちは分かるけどアタシもたまには一人になりたいっていうか」

「おー……」


 さらっと言うなあ……。お父さん……いないんだ。

 りりのの言葉を聞いて、私は父が亡くなった時のことを少し思い出していた。あの頃は何もかもが慌ただしく過ぎていって、悲しむ暇すらなかった。彼女はどうだったのだろうか。

 気が付けば私はほんの少し、りりのに親近感を覚えていた。


「そんな顔しないでよ。この街じゃ片親かたおやの家なんて珍しくないじゃん?」

「え、そうなの?」

「何年か前に大森が駄目になった時にさ、結構ここに移住したじゃん。アタシも昔は大森に住んでたんだけど」


 どうしよう、全く知らない。一応受験に必要な歴史は勉強したけど、それ以外のことはさっぱり分からないんだった。

 恐らく察するに、大森という街が害獣に襲われて壊滅……その生き残りがこの街に移り住んだのか。


「……俺、ちょっと便所」

「あ、いってらっしゃい」


 丁度いいタイミングで元一が席を立ち、この話はなんとなく有耶無耶うやむやになった。


「……ていうかさあ、りりの」

「なーに」

「まさか放課後いきなり来るとは思わなかったよ」

「ふふん、作戦よ」

「思いっきり失敗してたじゃん」

「結果良ければ全て良しってやつよ」

「負けないとか捨て台詞言ってたのに結局泣きついてくるとか……」

「泣きついてないし。……やっぱ迷惑だった?」

「別に。むしろ友達って言われて嬉しかった。僕、友達がいたことってほとんどなかったから」

「アンタ……お人好しねぇ……」


 呆れたように言う。でも、私が迷惑だったかどうかを気にしている時点で、彼女も十分お人好しだ。


「りりの、僕とばっか喋ってないで元一にも話振ればいいのに」

「しょうがないでしょ、緊張するんだから……」


 彼女はそう言いながら立ち上がり、固まった体をほぐすように伸びをしてからフェンスに顔を近付けた。


「……いい風。今日はここに来れてよかったな」

「僕のおかげね」

「半分くらいはね」


 笑いながら、りりのは空を見上げる。


「あー、あいつらさえいなければ……」


 不意にそう呟いた彼女の表情は見えなかった。

 空には、鳥よりも大きな影がいくつも飛び回っている。それは遠く、日が傾き始めた西の空の向こうまで、尽きることなく点在している。


「害獣?」

「そ。せっかくの景色が台無し」


 害獣がはびこっているのは地上だけではない。空も海も、彼らの支配下なのだ。


「アタシね、あいつらを一匹残らず倒すのが夢なんだ」

「夢か……」


 それはきっと、この世界に生きる人間なら誰もが願う夢だろう。

 空の害獣は百年前からずっとああして飛び回っており、ある一定の高さまで近付いた人間や、人間が作ったものを襲う。

 水棲でない害獣は基本的に、高い場所にいるものほど強いという。海抜が低い青砥あおとのあたりの害獣は一番弱いらしいが、それでも人間にとっては野生のひぐまよりも恐ろしい存在だ。海抜の高い場所になると害獣の強さが上がるだけでなく、空を飛ぶ害獣が普通に地上まで降りてくるらしく、魔法使い様でさえ長居をしないように気をつけなければならない程だという。

 この建物の高さ程度ならまず襲われることはない。普通に生きている限り、空の害獣は人に害をなさない。しかしそれは檻に閉じ込められているのと同じことだ。

 いつか人類が再び空を飛ぶ日は来るのだろうか。

 ふと、そんなことを思った。

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