第2話 それって霊感、関係なくね?
動悸が治まってきたのは、二時間目に入ってからだった。
これから一ヶ月間、大伴花の隣で過ごすことには抵抗ありまくりだったが……。
だけど、もう言ってみても始まらない。
俺がどんなに運が悪かろうと、大伴花がいかに無愛想であろうと、決まってしまったことなんだから。
……と言うか、そうやって自身の感情と折り合いを付けるしかない。
こう言うの、何て言ったっけ?
あ、妥協か……。
でも、心は折れてはいない。
たかが一ヶ月我慢すれば良いのだから。
一ヶ月……。
結構、長いなあ……。
三時間目が始まってから、俺は重要なことに気がついた。
それは、
「とにかく大伴花の口を封じなくてはいけない」
と言うことだ。
だって、そうだろう?
あいつ、死んだ祖父ちゃんと話しているみたいで、それを何でも口に出すんだからさ。
これじゃあ、センテンス スプリングの記者が隣にいるみたいで、俺の気が休まらない。
ただ、祖父ちゃんの口を封じるのは、多分無理だろう。
頑固な上に、正論を振りかざしては俺を一刀両断にしていた祖父ちゃんに、俺が言い合いで敵うわけがないからだ。
だとすれば、祖父ちゃんから大伴に事実関係が知られるのは、もはや避けるすべがないと言える。
だったら、大伴花に知り得たことを口外しない約束を取り付け、被害を最小限にするしかない。
そうだ……。
一ヶ月だけの我慢だ。
頑張れ、俺……。
四時間目は、空腹に耐えながら、いかに大伴に話を切り出すかを考えた。
やっぱ、早く手を打つには、昼休みしかない。
いつもなら昼休みには素振り千回が俺の日課だが、これは緊急事態だ。
今、俺がしなきゃいけない最重要課題なのだからいたしかたない。
……ん?
前の席の山田の奴、早弁してやがるな。
良い匂いさせやがって……。
これは生姜焼きの匂いだ。
四時間目にその匂いは、強烈だぜ。
だけど、どうせ喰ったら寝ちゃうんだろう?
サッカー部も、昼練に備えて体力を温存しておかないとな。
俺も、普段はそのコースだけど、今日だけはそうはいかない。
だけど、いくら考えても、大伴に旨く切り出す方法が見つからないんだ。
「祖父ちゃんの言うことは、黙っていてもらいたい」
こう、ズバッと直球勝負が良いかな?
だけど、これで拒否されたら、どうしよう……。
「なあ、大伴……。おまえの霊感が凄いのは分かった。だけど、頼むから祖父ちゃんが言っていることは内密にしてくれないか?」
これくらい低姿勢な方が、大伴も受け入れてくれるかな?
いや……。
これだと、図に乗られたら目も当てられない。
それに、リアクションの薄い大伴の気を引かなかったら、そもそも聞いてもらえないんじゃないか?
「祖父ちゃんと話せるのか? それって、いわゆる守護霊的な奴なんだろう?」
うん、これくらい遠巻きに攻めるのが良さそうだ。
……で、大伴が何か言ったら、その場の雰囲気を読んで、直球勝負か低姿勢、どちらかにしよう。
どうせ、霊感少女なんてものは、その手の話をされたら飛びつくに決まってる。
ああ、これだっ!
この線で行くしかない。
四時間目が終わるまであと十五分……。
山田の奴、すっかり食い終わって寝てるなあ。
俺も食べたいところだけど、ここはグッと我慢だ。
弁当を食べちまったら、俺が昼休みに席に座ってる口実がなくなっちまうからな。
「花、お昼食べよう~っ」
「あ、今日のお弁当かわいいね、愛美」
「ううん、彩奈のタコさんウインナーだって良いよね」
「……、……」
「田中さんって、お料理上手いのよね。それに、いつも自分で作るのって、立派エライわ」
なっ、なんだこれ?
どうして、女子達が大伴の席の周りに集まって来るんだ?
近藤に長谷川、関口……、って、カワイイ子ばっかりじゃないか。
その中に、何故か大伴と田中が混ざってる。
今、気がついたけど、田中の奴、俺の斜め前じゃないか。
俺、昼休みに教室にいたことなんかなかったから、知らなかったんだが、もしかして、大伴って女子には人気があるのか?
こんな無愛想でノーリアクションの奴が……。
ほらっ、今だって、あいつだけ何も喋ってないじゃないか。
だけど、皆、
「花……」
とか、
「花ちゃん……」
とかって、いかにも親しげに呼んでるな。
うーん……。
女子って分かんねえ。
どうして大伴なんかが良いんだろう?
俺が求めているのは、こういう人間関係なんだ。
自然で、それでいて親密な感じ。
これを女子と作り上げられたら……。
いや、大伴で出来るんだ。
俺だって何とかなるはず。
それに、今、隣にこんな楽園が繰り広げられているじゃないか。
位置的には、いつでも参加可能……。
大伴を足がかりに、他の子と話すことだって出来そうだ。
……って、いかんっ!
今の俺には、浮かれてる暇なんかないんだ。
とにかく大伴の口を封じなくては……。
このミッションを完了出来なければ、楽園なんて夢のまた夢だぜ。
だけど、女子達が話しかけてるから、俺は大伴に話しかけられないんだ。
く~っ、こんな誤算が生じるなんて、思いもしなかったよ。
あっ、もう、俺の弁当がなくなっちまう。
何とか、弁当がある内に切り出さないと、超不自然に居残ることになっちまう。
……って、今日の唐揚げ、美味いな。
昨日の晩ご飯の残りだけど……。
「花ちゃん……。次の授業、教科書見せてくれない?」
「……、……」
「私、昨日予習したあと、鞄に英語の教科書を入れたはずなんだけど、さっき見たら見つからないの」
「……、……」
田中が、大伴に話しかける。
ちょ、ちょっと待て、田中。
今、大伴に用があるのは俺だ。
あとにしてくれないか?
「田中さんが、教科書を忘れるなんて、珍しいわね」
「そうね、滅多にないんだけど……」
「隣の山田君に見せてもらえば? 山田君なら、いつもロッカーに教科書を入れっぱなしだから……。それに、午後はお休みの時間でしょう?」
「それも考えたんだけど……」
長谷川の提案に、田中が口ごもる。
……って言うか、じゃあ、山田に頼めよ。
それより、とにかく大伴を解放してくれ。
お、俺のミッションが……。
「山田君の教科書って、開けた形跡がないのよね。だから、私が開けたらなんか悪いような気がして……」
「あははっ……。いるよね、運動部の男子には、教科書をまったく開かないで寝てる人……」
あっ……、長谷川。
それ、俺も当てはまるかも。
だけど、山田と違って、英語の教科書は、とりあえず開けたことがあるぞっ!
「そっか……。でも、前と後ろじゃ見難いんじゃない?」
「でも……」
「あっ! じゃあ、花の霊感で捜してもらえば? 花ならすぐに見つけちゃうわよ。入れたような気がしているんでしょう?」
「うん……」
おいおい……、話が何か妙な方向に進んでないか?
それに、霊感で捜すって、そんなこと出来るのかよ。
「花ちゃん……、出来る?」
「……、……」
田中が、しおらしく手を合わせて大伴に頼む。
弁当を拡げた女子達が、皆、大伴に注目した。
田中……。
おまえ、そんな表情をすることもあるんだな。
素直に頼んでるその仕草、い、意外とカワイイかも。
……って、いつも無愛想だった田中か、これが?
俺、超ショックだよ。
「深呼吸をしなさい」
「は、花ちゃん?」
「早くせいっ!」
「は、はいっ……」
「ふむ……。気持ちが落ち着いたら、もう一度鞄を見てみることじゃ」
「……、……」
「ひょんなところから見つかるかもしれんからのう……」
「……、……」
「そそっかしい宏太には、いつもこうやって失せ物を捜させたわい」
「……、……」
「……と、結城君のお祖父さんが仰ってるわ」
「……、……」
一同の視線が、大伴から俺に移ってくる。
おっ、おい、大伴っ!
何を言ってくれちゃってるんだ?
今、俺の祖父ちゃん関係ねーだろっ!
それに、祖父ちゃんも気軽に大伴に話しかけるんじゃねーよっ!
大体、霊感で捜すって、そう言うことじゃなくね?
何か、こう、もっと、超自然的な力を使って、誰も知り得ないような事実を指摘して謎を解き明かしたりするもんだろうが。
祖父ちゃんも祖父ちゃんだよな。
そんな子供だまし……。
出てくるわけねーだろ、田中の教科書が……。
「あ、あった!」
「ぶっ……!」
「結城君、ご飯粒が……」
「あったのかよ、そんなんで」
「ノートの間に挟まっていたの。昨日、眠くて一緒に閉じて鞄に入れちゃったのね」
「……、……」
「ところで、結城君、私達の話を聞いていたの?」
「……、……」
た、田中……。
確かに俺は聞いていたけど、別に、盗み聞きしてたわけじゃないぞ。
大伴に用があって、たまたま聞いていただけだから誤解するなよ。
な、何だよ、そのうさん臭そうな目つきは……。
こ、近藤っ!
お前、何でそんなに俺を睨み付けてるんだよ。
長谷川っ! 関口っ!
ニヤニヤするんじゃねーよっ!
「さすが花っ! 霊感で見事解決ね」
「……、……」
「それに、結城君のお祖父さんも、的確なアドバイスだったわね」
「……、……」
「花が、早くせいっ! って叫んだときには、何事かと思ったけど」
「……、……」
関口……、何か、まとめてるけど、それってちげーよ。
絶対、何かおかしい。
おまえら、うなずいてる場合じゃねーぞっ!
それに、そんなアドバイスだったら、霊感もいらないし、祖父ちゃんじゃなくても言えるだろ。
……って、もしかして、俺の方が変なのかな?
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