自動人形と残骸の街

そうしろ

第1話 恋した人形のおはなし

私がこれからお話しするのは、今からずっと昔のことになります……私が店主さんに拾われ、この店に居着くことになる、そのずっと前。

ひとりぼっちの人形師と、彼が造り出したいくつかの人形たちのお話。


『人形の街』が『残骸の街』になるまでのお話。


どうか、怖がらないでください。

どうか、嘆かないでください。

できることなら、彼らを―――あの街にあったすべてを、憐れんでやってください。



その人形は、人形たちのなかでも上等な『心の歯車』を持っていました。なんでもとある聖女の遺骨を人形師が少々失敬して、そこから精製したものなのだそうで。


ここでは彼女のことを、「乙女人形」と呼ぶことにしましょうか。無論、人形にも立派な名前がありますが――プライバシー、というものもございますので。

彼女は『人形の街』に住む他のどの人形よりもよく笑い、よく泣き、よく歌っていました――他の人形たちにも『心の歯車』はありましたが、それでも街の皆がこう思っていました。

彼女はまるで人間のようだ、と。

 

そんな彼女はある日、ある旅人に恋をしました。旅人といっても、彼も人形なのですが。造り手たるかの人形師が設計し、造り上げた、「旅人人形」として街の外から珍しいものなどを持ち帰ってくることを使命とする人形です。彼はロマンティシストで、冒険好きで、街の人気者でした。例の彼女が恋に落ちるのも已む無し、といったところでしょうか。

私?……私はもう、ずっと前より心に決めた方がいましたので。

こほん。話を戻しますと、二人は大変仲睦まじき、街でも一番の恋人同士になりました。街の人形たちも、造り手である人形師も、皆が彼ら二体を祝福していたのです――乙女人形が、旅人人形の旅についてゆきたい、と言い出すまでは。



『街』はそもそも、人形師がある「目的」のために、とある街の再現として一から造り上げたものなのです。その住民である人形たちも、かつての「人間の」住民の再現にすぎません。人形師は人形の一体一体を愛し、その心を大事にしていましたが、乙女人形のその願いだけは聞き遂げてやることができませんでした。

「いいかい、乙女人形」

人形師は優しく、何度も言い聞かせました――勿論、彼女の本名を呼んで。

「君たちの恋は、素晴らしい。ぼくも含めた街のみんなが、君たち二人を見ると幸せな気持ちになれるんだ――でもね、彼は一人旅をする旅人人形なんだ」

「ぼくの知っている、彼のモデルになった人間はね、生涯一人で旅を続けていた。私もよく、土産話を聞かせてもらったものさ」

「だから、ぼくも彼を、旅人人形を同じように造った。即ち、彼は一人で旅をするように。逆に言えば、そうしてさえいれば、彼は彼のままで永久に動き続けていられるんだ」

だから、君が彼に着いて行ったり、あるいは君が彼をずっとこの街に引き留めたりしたら、彼は――そこまで聞いて乙女人形は、走り去ってしまいました。自分の親でもあり、友でもあった人形師にまでこの気持ちを否定されて、とても悲しかったのでしょう。

「好きなひとと一緒にいたいって、人形は願っちゃいけないの?」

ぽたり、と彼女の硝子製の瞳から透き通った油が垂れたのを、私はその時、人形師の背を挟んで確かに見たのです。


それから三日後のことでした。乙女人形の母である人形が、街の広場に走ってくるなり叫んだのです。

「どなたか、うちの莫迦娘を見ませんでしたか!」

いつものように、時計台の鐘が鳴り、彼女が乙女人形を起こしに行くと――ベッドはもぬけの空だったのです。

そこから街のみんなが総出で、乙女人形を探しましたがみつかりません。

誰かが言いました――「昨日の夜更けに旅立った、旅人人形を追ったのだ」と。

人形師はまさか、と思いました。それなら最悪の事態になっていることを、彼は知っていたのです。

彼は慌てて、人形たちで捜索隊を組みました。乗馬の上手い騎士人形を数体と、ペットの鳥人形たち。それと街一番足が速い子どもの人形、「兎足」もいましたっけ。

探しはじめて数日後、「兎足」が街に帰るなり、みんなにこう言いました。

「おいら、今日も見つけられなかったよ」

そうしてみんなが肩を落として帰ってゆきました。すると「兎足」は、残った人形師の服を引っ張り、ひそひそ声で言いました。

「おいら、実は彼女を見つけちゃったんだ」

 人形師は信頼できる二体の弟子人形、そして私を連れて、「兎足」の先導のもとで馬人形を走らせました―――鞄一杯の修理道具と材料を持って。もしかしたらまだ間に合うかも、と期待していたのです。

 

けれど、もう、なにもかもが手遅れでした。

 

『街』に住む人形たちには、四つのきまりごとがありました。

一つ、人形が人形を壊してはいけない。

一つ、人形は人形師の命令に逆らってはいけない。

一つ、「使命」を与えられた人形は、それに逆らってはいけない。

一つ、人形の「使命」を邪魔してはいけない。

これらは別に人形師の我儘で作ったわけではなく、人形たちがその自我を保つために必要なのだそうです。このうち一つにでも触れてしまうと、ただでさえ人間と違い、不安定な存在である人形は己の存在を認められなくなり―――自壊してしまうのでした。

 人形師にだってそれは分かっていました。だからこそ作った人形たちの回路それぞれに、これらのきまりごとに背けないようにプログラム(現代風に言えば)をきちんと組み込んでました。

ですから、ほとんどの人形は、これらのこれらのきまりごとに無意識化で逆らえないのです――無理に犯そうとすれば、人間でいう「痛み」が彼らを襲います。残酷かもしれませんが、人間の痛覚だって危険信号なのでしょう?それと同じです。

でも、乙女人形はそれに背きました。

全身を激痛が襲ったでしょう。立ってもいられないほどの。

 

それでも乙女人形は、旅人人形と一緒にいたかったのです。

彼の使命を邪魔することになろうとも。


だから――だから「兎足」が見つけたのは、乙女人形ではなく、彼女であった残骸なのでした。


「あぁ、なんてことだ!」

人形師は嘆き悲しみました。乙女人形はみんなの人気者なだけでなく、人形師にとっては他の人形たちと同じように、自分の子どもにも等しい存在だったのです。永く生きるため、彼も自分の身体の一部を人形のパーツに置換していましたが――それでも、涙は流れるのでした。

あんまり人形師が悲しむもので、着いてきた二人の人形も、「兎足」も、その涙で彼の身体が錆びてしまわないか心配になるほどでした。

 

その時です。がしゃり、という機械の駆動音が聞こえたのは。

初めはその場にいた全員が、期待してしまいました――ただし、人形師を除いて、ですが。何故かと言えば勿論、乙女人形がまだ動いているのだと思ったからです。けれど悲しいことに、彼女の動力はとうに絶えていました。走ったのでしょう、下半身は見るも無残にばらけてしまい、元の状態を保っているのは頭と腕、それらを辛うじて繋いでいる胴体上部くらいのもので、辺りには螺子や歯車が散乱していました。

そういう有様なので、その駆動音は勿論、乙女人形が発したものではありません。

 ではどこから聞こえてきたのかと申しますと、

 

「―――あぁ、あぁ、ロザリタ!私の可愛い、やさしいひと……」


 それは、今にも砕け散りそうな、旅人人形の身体から聞こえてくるのでした。

 ……あら。私はうっかり、彼女の本名を口走ってしまいましたね.

失礼。

 でも彼女は本当に優しい『心の歯車』を持っていましたから、許してくれるでしょう。人形に「壊後」なんてものがあれば、の話ですが。


 脱線してしまいました、話を続けさせていただきます―――旅人人形、いえ、ジャックは、ロザリタの残骸に劣らない程にその身を損なっていました。自分の「使命」を果たせなくなった人形は、ぼろぼろと、自壊してゆくのです。それは恐ろしい光景でした、あの見目麗しかった旅人ジャックの顔が、まるで怪物のように剥がれ落ち―――いえ。私が本当に恐ろしいと思ったのは、


 彼が、笑っていたからなのです。


 目の前には自分の想い人の残骸が。自分自身もあと数時間も待たず活動停止に陥るであろうその時に、彼はさも嬉しそうに、にっこりと笑っていました。


「造り手様」

 ジャックは普段の清らかな、唄うたいの声とは程遠い、パイプから漏れる蒸気のような声で人形師に語りかけました。

「私にはこの通り、可哀想な彼女よりも、まだ、まだ使える部品があります。私を分解し、その部品を以て彼女を救うことはかなうでしょうか」

 人形師は心底からの悲しみをたたえ、首を横に振りました。

「ぼくの腕でも、もう、彼女を再び動かすことはできないだろう。動いたとしても、それは最早ロザリタとは別の「乙女人形」だ」

「ただ―――逆ならば、できる。できてしまう。ロザリタの残骸から部品を貰って、ジャック、ぼくの愛し仔。君を救うことならば、できる」

 ジャックはそれを聴いて、静かに笑いました。不思議と、今回の笑みは恐怖を感じません。彼がよく遠くを眺めて浮かべていた、見るひとを安心させるような、けれどどこか淋しそうな、そんな笑み。

「造り手様、感謝致します。けれど―――あぁ、私は、その提案をお断りいたします」

「ロザリタの、彼女のいない世界で動き、歌い、旅したところで、今の私には何の意味も持たないのです」

 そういった途端、ジャックの右腕がぼろり、と付け根から崩れ落ちました。

 人形が自分の存在を否定したため、崩壊の進行速度がぐんと早まったのでしょう。

「ただ、もし願いをきいてくださるのなら――どうか私たちを、ここで静かに眠らせて欲しいのです。静かに、二人で……」

「……そうかい」

 人形師は人形たちに、帰ろう、と手だけで促して、人形馬に跨りました。

「君は、君たちはそれでいいんだろうね。ぼくは、悲しいけれど」

「さようなら、ぼくの愛し仔たち。さようなら、ロザリタとジャック。君たちは数十年に一度、できるかできないかの傑作だったよ」

 それだけ言い残して、人形師はまるで涙を乾かすかのように、馬を走らせて行ってしまいました。街への森の中間地点という所に差し掛かると、突然涙を洗い流すかのような雨が降ってきました。それでも彼は、馬を走らせました。

 なぜって、街に着いたらまた、二体とは別の、けれど同じの「乙女人形」と「旅人人形」を造る作業に取り掛からないといけませんでしたから。



 そうして街は、悲しみにくれました。ロザリタとジャックの厳かな弔いが行われ、街のはずれにある人形墓地に、二体の墓が並べて建てられることになりました。

 墓碑銘は、こうです。

「ジャック」

「ロザリタ」

 なぜこんなに短いのかって、それは勿論、例えば「乙女人形」や「旅人人形」なんて銘を入れてしまったら、二週間後に揃いで稼働を始めた「乙女人形」エトワーレと「旅人人形」トマスに失礼だからです!

 それに、このお墓は空っぽなのですから、それでもいいと思ったのでしょう。

 二体を失くした街も、新たな二体を。かつて「ロザリタの母人形」であった彼女も、立派に「エトワーレの母親人形」として稼働していました。

 人形の街は、住民という歯車に関しては、いくらでも補充が聞くのでした。まるで動きの悪くなった時計の、歯車を取り換えるように。

 そうしてエトワーレとトマスが街に馴染んできた頃に、私はふと思いました。

「ジャックはあの時、どうして笑っていたのだろう」―――なんて、今となっては、今の私には、もう知ることのできない疑問を。

 貴方になら、分かるのかもしれませんね?

 余談ではありますが、「兎足」がロザリタの残骸を発見した場所に、先月、店主さんの御友人が私を連れて行ってくださったんです。驚くことに、今では観光スポットになっていました―――「緑の祝福」という立札がかけられて、そこには、たくさんの草花を纏った二体が、今に至るまで、今に至っても、しっかりと互いを抱きとめていたのです。

 

 ……これで、二体の恋した人形の話はおしまいです。店主さん、彼に紅茶のお代わりでも。

 え、私ですか?味覚は残っていますが……今はごらんの有様なので。クッションと床が水浸しになってしまうのは、もうお嫌でしょう?

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