夜の街

戸賀瀬羊

第1話

“ねむけ”ってのはタオルケットの形をしてて、はしっこでさえつかまえるのがけっこう難しい。ぼくの近所の子だったらみんなその話を知ってたはずなのに、今は忘れてしまってるみたいだし、大人に言っても信じてくれないから、ちょっと前の話になるんだけど、聞いてもらってもいいかな?



“ねむけ”ってのは、つかまえようとするぼくの手をひらひらかわして、ふわりと浮いて、やがて部屋を出てしまう。ぼくは毎晩ベッドから抜け出してそれを追いかけてたんだ。「そのはしっこでもつかめると、夜のパーティに行けるらしい」誰に教わったんだったかは忘れたんだけど、いつの間にかそう信じていて、でも、いつもいつも、もう少しのところで指からすり抜けてしまうから、ぼくはまだ一度もパーティには行ったことがなかったんだ。


“ねむけ”を追いかけて部屋を出ると、そこはもう昼間とはちがう世界でね。ただ夜ってだけじゃなくて、信号の進め、止まれの中の人たちは信号から抜け出して、歌い踊っているし、横断歩道は前後に好き勝手に動く。月は涙を流したり、笑ったり、口笛を吹いたりしていて、空は好き勝手に色を変える。マンションがお城になったり、近所の野良猫には羽が生えて自由に飛び回っている。とにかく夜はにぎやかなんだ。


そんな夜の街で、ぼくと同じかそれより小さい子達が集まって、みんな自分のタオルケットを追いかけていたんだ。たしか前はもっと年上の子たちもいたと思うんだけど、“ねむけ”から目を離してしまうと一瞬で朝になってしまうから、周りの子たちがどんなだとかちゃんと確かめたことはないんだよね。


そうして追いかけ続けて、月があくびをするとタイムリミット。ぼくたちは家に帰らないといけない。帰りは、不思議と足が覚えている道を行くと、いつの間にか家にたどり着いている。ベッドに戻り、目を閉じると、もう朝になってるんだ。


10歳の誕生日の前の日、その日もいつものようにベットから抜け出して眠気を追いかけ始めた。でも家のドアをそっと開けると、いつもと様子が違う。信号の中の人たちは外に出ていないし、月に顔はなくて、ただ昼間を暗くしただけの静かな街がそこにはあった。

他の子たちの気配もなくて、ただ立ち尽くしていると、“ねむけ”が光を発して、路地を曲がろうとするところだった。ほんの少しの光だったけれど、周りが暗いからやけに目立っていた。


ぼくはそれを追いかけて、いつものようにまず路地に追い込み、手を素早く伸ばしてつかむと、ついに“ねむけ”のはしっこをつかめてしまった。

なんかかんたんすぎじゃないかな?


そんなことを思ったとたん、月がいつもの顔に戻って、声を出して笑い始めた。

「あっはっはっはっは」

大きい声にびっくりしたけれど、こわくはなかった。ほんとに楽しそうな笑い声で、ぼくはお祝いされてるみたいに感じたんだ。そしてそれを合図にして、街はいつも以上にもりあがり始めた。


信号の中の人たちは歌い、踊り、横断歩道は動き出し、空はいろんな色を映し出す。ぼうっと見ていると信号機の中の人たちに誘われたので、一緒に歌って踊った。どこからか楽しそうな笛の音も聞こえてきて、いつまでもいつまでもその夜を楽しんだ。たぶんパーティってのはこういうことなんだなって思った。



気が付くと自分の部屋で、誕生日の朝だった。いつ帰ったのか覚えていないけど、ただただ楽しかった記憶は、2年経った今でも残ってるんだ。


とまぁそんな話なんだけど、君は信じてくれるかな?

ん?それからどうなったのかって?



そうしてはしっこをつかめてしまってから、タオルケットはただのタオルケットになってしまったみたいで、あの夜の街にはそれから行けてない。でも、ぼくはまだ信じてるんだ。12歳の誕生日の前日だし、今夜あたりまた行けないかなってね。






おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜の街 戸賀瀬羊 @togase

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ