第4話 鬼
しばらくして雨もあがり、夜も明けたが、結局、鬼も落武者も姿を現すことはなかった。
もうこの山から去って行ったのか、すでにどこかの誰かによって退治されたのかは知らない。
一晩中泣き明かしたマツは、十三に手伝ってもらい、若い娘夫婦二人の墓を、近くの野原にたててやることにした。
二人が残したお守りを手に、若い夫婦の冥福を祈るマツ。
「落ち着いたら、必ず村のお墓に移してもらうから、それまで待ってておくれよ」
よく見ると、マツは手に何かの紙切れを握っていた。
「何ですかな、それは? 手紙のようだが」
「はい。これは娘が都から私へ、よく送ってくれた手紙でございます。一人残った私を心配してか、今まで何度も何度も、数日おきに送ってくれたものなのです」
答えてマツは、手荷物の中から手紙の束を出して十三に見せた。
「私も娘も田舎育ちですので、文字の読み書きなど、できはしませんでした。きっとフミもむこうで、私を思い一生懸命に覚えたのでしょう。私も読めないので、いつも村長様や、近くのお寺の和尚様に読んでもらっておりました」
何度も何度も読んでもらったり、自分でも読めないなりにずっと見ていたのだろう、手垢で変色した手紙の束は、その枚数分よりも分厚く、所々破れかけていた。
「田舎から来た嫁です。きっと肩身の狭い思いをしていたでしょうに、それを心配させまいと、無理をしていたに違いありません」
確かにそのつたない文字を見ていると、娘が一生懸命に文字を覚えようとしていた様が、まざまざと見えてくるようだ。
(母ちゃん、お元気ですか? 私はこちらで太一様と幸せに暮らしています。先日、近くの神社で………………………)
その手紙は、どれも母の身を案ずる娘の心のこもったものばかりであった。
そして、手紙の所々に残ったシミの跡。
涙の跡と思われるそれは、はたして母を思い手紙を書いた娘のものなのか、それとも娘を思うマツのものかは分からない。
確かなことは、この手紙が、マツと娘の深い絆の証であるということだけである。
その手紙に十三は、胸が熱くなる思いだった。
麓の村に戻ってきたときには、すでに日が西の空に沈みかけていた。
夕日が水田を紅く染め、そこに農具を担いだ村人が、黒い影を落とし家路を急いでいる。
この日もこの村は、平穏にその日を終えることが出来たようであった。
「それではこの小刀を、貸していただいた方に返してきます。できれば、今宵、泊めていただけるようにも頼んでみますので」
マツはそう告げて、そこにいた村人から厳馬の家の場所を聞いて向かった。
その後ろ姿からは、娘を失った悲しい顔をこれ以上、他人である十三に見せまいとする、マツのわずかな気遣いが感じとれた。
それを見送る十三は、マツの姿が見えなくなるとすぐ、きびすを返して再びもと来た方向に向かった。
あの鬼の洞窟に戻らなくてはならない。
そこでもう一度、ある事の確認をしなければ、どうにも気が済まなかった。
「村にいる間なら、あの御老人の心配はいるまい」
そう思い、村から少し出た所で、十三は近くの木陰に人の姿を見つけた。
松葉杖をついたその相手の姿を見て、十三は少し眉根をよせた。
「厳馬………………か?」
「ああ、ようやく山を下りて来てくれたようだな、十三」
以前とは、ずいぶん雰囲気が変わってしまっていたが、その男は間違いなく、共に戦場から逃れ、ここまで数々の悪行を一緒に行ってきた、柳本厳馬であった。
十三は厳馬を真っ直ぐ見据え、
「やはりおまえだったのか、あの御老人にあの刀を預けたのは」
「気付いてくれたのだな?」
「あの派手な装飾を忘れるものか。戦場から逃げて来る間、おまえに何度も自慢気に見せびらかされてきたからな」
「そう思って、あの御老人に預けたのだ」
「やはりな」
「どうだ、鬼のまね事も、いいかげんに止めては?」
「……………………………」
厳馬の問いに、十三は黙ってうなだれた。
「どうかしたのか?」
彼と共に逃げているうちに犯した、多くの罪の数々。それらを繰り返しているうちに、彼は人の心を失っていったのだろうか?
いや、戦そのものが、彼から心を奪ったのかもしれない。
彼だけではなく、自分も、そして多くの猛者達も、心を失っていたはずだ。
確かに中には、武士としての大義名分で戦っていた者もいただろう。
しかし、誰もがそうだったわけではない。
ー 戦場 ー
それは人を狂気に変えてしまう生き地獄。
白刃の下、我が身を守るため、敵兵を殺める日々を繰り返し、人として冷静でいられる方が、むしろ異常なのだ。
そんな中にいて、彼のように心を病む者がいたとしても、何の不思議もないだろう。
もはや人を殺めることにさえ、何の躊躇いも感じなくなってしまい、厳馬とともにこの地へ逃げてきて以降、彼は鬼となって、今まで悪行を繰り返すようになってしまっていたのではないだろうか?
そうかも知れないと思いつつも、今まで彼に、何もしてやることができなかった。
そんな最中、気の毒な老人マツが、その山に入ろうとしていた。
それを放って見ているわけにもいかず、十三に自分のことを知らせるため、あの小刀をマツに預けたのだった。
「戦ももうすぐ終わる。これからは、きっといい世の中になるはずだ。おまえももう、あんなマネは止めて、山を下りてはどうだ?」
諭すように厳馬は言った。
だが、何故か十三の肩は震えている。
「どうしたのだ、十三?」
力なく、悲しげにうなだれ、妙に小さく見える今の彼からは、昨日まで峠の鬼と恐れられた男の面影はない。
いや、もしかしたら彼は鬼では…………?
「もう遅いのだ…………………」
刹那、十三は抜刀し、切先を厳馬に向けた。
「何のつもりだ?」
「山で遺体を見た。あの老婆の娘夫婦の遺体もな。いずれも死因は刀で切られたものだ。左脇腹から右肩にかけての、特徴のある切り傷を残して」
「ま、まさか、鬼の正体が私だとでも?」
厳馬も元は武家の出。ある程度の剣術の心得もあり、そういった太刀筋の技もあった。
「バカなことを言うな。見ての通り、あのときの怪我も治っていないし、何よりそのような悪事を行った記憶もないのだぞ?」
「おまえが覚えていないだけだ。状況から、私や他の仲間を犯人と勘違いしていたようだが、鬼の正体はおまえなのだ」
「な、何だとっ?」
厳馬は狼狽えた。
この村に帰ってからは、まじめに生きている。
何を今さら………………、
だが、何故か十三の言葉を、厳馬は否定出来ないような気がした。
今にして思えば、思い当たるふしもあった。
「鬼は、おまえの中にいる」
「そ、そのようなことが………………?」
「忘れたワケではあるまい? そして知っているハズだ。おまえも、そして私や一緒に逃げてきた仲間も、かつては戦場において、鬼だったということを」
「っ!!」
戦の最中、厳馬はしばしば我を忘れ、敵を必要以上に斬りつけたことがあった。
しかも、何故かその間の記憶がない。
戦場の狂気が、そして死への恐怖が、そうさせていたのだろう。
当時、それを見た十三や仲間から、まるで別人になったかのようだとも言われていた。
人は苦難を前にすると、それから逃げるために、別の人格が形成されることがある。
いわゆる多重人格だ。
そんな言葉は知らなかったが、そういう事実があることは、二人とも知っていた。
今までそういった仲間を、そして敵を何人も見たことがある。
言う厳馬もまた、そういった一人であった。
「忘れたか。かつて我らは、人の皮を被った鬼だったのだ」
「まさか………………そんな?」
「おまえとこの村で分かれ、私は行く宛もなく播磨や美作のあたりを旅していた頃、この村の近くで鬼が出るという噂を耳にした。もしやと思い、こうして舞い戻って来たところで、あの遺体を見つけたのだ。仏の傷を見て、すぐにおまえの仕業と分かった。鬼の正体が厳馬、おまえであるとな」
「しっ、知らんっ! そのようなこと、私は知らんぞっ!!」
だが、すでに厳馬の目は別人となっていた。
芝居がかった狼狽え方で、顔が見えぬように下を向き、ゆっくりと松葉杖に手を添えた。
同時に、厳馬から凄まじい殺気が放たれる。
それを察して十三は、一瞬早く刀を振り下ろすが、厳馬はすんでのところでかわし、持っていた松葉杖で刃を横に弾いた。
そしてそのまま後方に飛んで間合いをとる。
怪我で動けないはずの足で立ち、薄ら笑いさえ浮かべて、厳馬、いや、彼の中のもう一人の同じ名の鬼は、十三を見据えていた。
「怪我は治っていたのか?」
「ああ、こいつは気付いてないみたいだが」
鬼の厳馬は、自分を指して言った。
そして、松葉杖の仕込みを抜いた。
今まで何人の血を吸ったのか、その仕込み刀の刀身は、血脂で異様な光りを放っている。
目の前にいるのは、もはや旧友であった柳本厳馬ではなく、一匹の悪鬼であった。
「もはや、元の厳馬には戻らぬのか?」
「元も何も、これが本当のオレだ」
すでに言葉遣いさえ変わってしまっている。
十三は残念そうにかぶりを振った。
悪鬼の心を持った厳馬は、これからも殺戮を繰り返すことだろう。
こうなったからには、自分の手で葬ってやることが、友としてせめてもの務めだ。
意を決した十三は、刀を正面に構えた。二尺五寸(約76㎝)の肉厚な刀身。
戦場に向かう数日前に、友人からゆずってもらった肥後(今の熊本)の刀である。
彼の本気を察した厳馬も、仕込み刀故に反りのない真直ぐな刀身の刀を、上段に構えた。
お互い、すきを見計らい睨み合うことしばし。
そして、
「っ!!」
どちらが先か、いや、ほぼ同時に両者は駆け出して刃に火花を散らす。
夕闇の中、二人の刃が一閃、二閃と輝きを放ち、鋭い金属音を響かせた。
一方が切り込めば、一方がそれを刀で受け止め、すぐに切り返せば、それを相手は素早く受け止める。
一瞬でも気を緩めれば、その瞬間に相手の刃の餌食となってしまうこと必至だ。
お互いの実力はほぼ互角。
勝敗をつけるには、時間がかかるかもしれない。
長引けば、関係のない村人に被害が及ぶかもしれなかった。
そう思った十三は、後方に飛んで間合いをとり、一旦刀を鞘に戻した。
そして腰を低くして、ゆっくりと柄に手を添え、居合切りの姿勢をとると、十三の体が一回り大きく見えた。
目に見えぬ彼の覇気に押され、厳馬は一瞬、息を飲んだ。
同時に恐怖を感じたが、それを認めることが出来ず、
「うおあああああぁぁぁっ!」
鬼のような声と形相で刀を振り上げ、構えて待つ十三に迫った。
もはや変な小細工も意味はない。
次の一撃が勝負を決める。
静かな覇気で構える十三と、鬼の覇気で迫る厳馬。
二人の間合いが詰まったその瞬間、十三の刀が、鞘から凄まじい早さで抜刀されたかと思うと、それと同時に半分に両断された一本の刀身が宙を舞った。
「な、何ぃっ?!」
厳馬は驚嘆の声をあげた。
十三の刀『肥後州同田貫』は、刃こぼれ一つ残さず、厳馬の刀を両断したのである。
同田貫とは、九州肥後にて、永禄(室町時代末期)頃から鍛えられた、史上最強の実戦刀である。
刀身の重心が切先寄りに作られ、それ故に抜刀時の威力は絶大だ。
その威力を前に、呆気にとられた厳馬は、一瞬のすきを生じさせた。
この機を逃さず、十三は切り返し際に、厳馬に一太刀振り下ろした。だが、
「浅いかっ?!」
その一太刀は、切先が厳馬の肩をかすめて、皮一枚の傷を刻んだだけであった。
かつての仲間が相手だと、わずかな躊躇いがあったのか、それとも同田貫の重さで太刀筋が乱れたのか、厳馬に致命的な一撃を加えることが出来なかったのである。
一方、傷を受けた厳馬はそのおかげで放心状態から立ち直り、慌てて間合いをあけた。
折れたとはいえ、仕込み刀の刀身は、まだ半分だけ残っている。
状況は不利でも、闘えないことはない。
何とか十三に勝つ手だてはないものかと、厳馬が迷っていると、
「お、おやめくださいませっ!!」
二人の間に一人の村娘が割って入ってきた。
厳馬に思いを寄せる、村娘の多恵である。
どこから二人のやりとりを見ていたのか分からないが、彼女は厳馬に背を向け、必死に十三に懇願した。
「どうかお助け下さい。このお方は村の………………………あっ?」
ここでようやく、多恵も相手が以前、厳馬と共に村に来たことがある十三だと知り、驚嘆の声を上げた。
二人の仲を知る彼女には、何故彼らが闘っているのか分からない。
戸惑う多恵に、十三は、
「離れよっ、娘。もはやその男は、おまえの知る厳馬ではない。奴の魂は、すでに峠の鬼に喰われてしまっておるのだっ!」
真実を話している暇はない。
話しても、彼女には理解してもらえるとは思えなかったので、咄嗟にそう言ったのだが、それでも多恵には何が何やら分からない。
「え、えっ?」と、戸惑い狼狽えるばかりだ。
すると、この機に厳馬は多恵に駆け寄り、背後から彼女を羽交い締めにし、首筋に折れた刀を押し当てた。
「動くな十三。動けばこの娘の命はないぞ」
「ひぃっ!! 厳馬様、何を?!」
あまりのことに声さえ上げられない多恵は、厳馬の腕の中で恐怖に震えている。
「かつて、この村を救うために落武者と戦ったおまえが、今度は村の娘を殺めるのか? きさま、そこまで堕ちたのか?」
「知ったことか。今となっては何人殺したとて同じこと」
「やはり峠の鬼は、おまえなのだな?」
「そうとも。人を殺めたときの、あの肉を切り裂く快感は忘れられん」
狂気の声で厳馬は笑った。
笑い声で震えた刃が、多恵の首筋に小さな傷をつける。
だが、それでも多恵は恐怖で動けない。
愛した男の変わりように、気が狂いそうだった。
「あの老婆、マツさんの娘夫婦を手にかけたのも、おまえに間違いないのだな?」
「いちいち覚えてねぇなぁ。だが、あの峠の洞穴に遺体があったってんなら、間違いなくオレがやったんだろうぜ」
「もはや、きさまを斬るより、他にないようだな」
「できるのか? 赤の他人である村娘一人、人質にされただけで戸惑いを見せるお人よしのおまえに?」
勝ち誇り、多恵を盾にしてにじり寄る厳馬。
どうすることも出来ない十三。だが、
「んぐっ?!」
突如、後から背中を刺されて、厳馬は驚嘆の声をあげ、人質の多恵を突き放した。
見れば、いつの間にか戻って来たマツが、厳馬の背中を、あの家宝の短刀で貫いていた。
「ま、まさかあなた様が、娘を、フミを…………………」
マツの顔は、涙で濡れていた。
怒りか、それとも悲しみでか、声を震わせ、それ以上の言葉が出ない。
「お………おのれぇ」
厳馬は今度はマツを突き飛ばし、折れた刀を振り上げた。
しかし、
「させぬっ、これ以上おまえに罪を犯させるものかっ!!」
十三は厳馬に駆け寄り、その腕を薙ぎ払った。
折れた刀を持つ手が宙を舞う。
その様子を、呆然と見つめるマツと多恵。
それはまるで、時間がゆっくりと流れているかのような光景であった。
その間の二人は、目に見える事以外、全ての感覚が無くなってしまったかのような、静寂の中に包まれていた。
しかしそれは、すぐに厳馬の悲鳴によって打ち消された。
いつの間にか日は暮れ、夜空には月が冷たく光っていた。
水田に映るその月が、妙に物悲しく見える。
二人の闘いは、二人が感じていた以上に長引いていたようだ。
畦道に横たえられ、もはや虫の息の厳馬。
そのすぐそばで、マツと多恵は放心状態で座りこんでいる。
「何か言い残すことはないか?」
「………………………いや、何もない」
問う十三に、死を前にした厳馬は静かに答えた。
その表情は、とても穏やかだった。
むしろ、晴れ晴れとしている。
「ただ、思い残す事だけは、山ほどあるがな………………………」
「言ってみろ?」
厳馬はゆっくりと、マツと多恵の方を見て、涙をうかべた。もはやその顔には、さっきまでのような鬼の表情も、殺気もなかった。
そこにいたのは、昨日までの気のいい一人の男、柳本厳馬だった。
「二人には………………いや、他にも数えきれないほど、多くの者に迷惑をかけてしまった。今さらながら申し訳なく思う」
「こんな世の中だ。私とておまえのことは言えない。いつ誰が鬼となったとて、おかしくはなかったのだ」
「だが、これは間違いなく私の罪だ。なかったことにはできぬ」
そう言い厳馬は、もう一度マツの方を見て、
「許してくれとは言わぬ。いや、言えぬ。本当に申し訳ないことをした。せめて、せめてその私の小刀で、娘夫婦の仇にとどめを」
その言葉に、マツはビクンッと震えた。
そして思いだしたように、全身を怒りに震わせた。
手の中で小刀も、カタカタと音をたてている。
だが、すぐにその震えは止まった。
そしてマツは、涙ながらに、
「いえ、それはできません」
言い、手荷物の中から、今までフミがマツに送った手紙を一通取りだした。
文字は読めずとも、内容は一字一句残らず覚えている。その手紙を一度胸に抱き、
「これは去年、娘が私に送った手紙でございます。いつも私を心配させまいと、こうやっていつも身の回りの出来事を、書いては送ってくれていました」
手紙の内容を語った。
「それは、京の都もいよいよ物騒になって、人々が都から逃げ出し始めた頃、ある日、娘が嫁いだ山城屋に、一人の落武者が逃げ込んで来たのだそうです。
その方は名を藤野弥兵衛様といい、婿殿の幼なじみだったので、太一様はお店の中にかくまいました。
命からがら戦場から逃れて来たその方は、敵や見方の追手が来はしまいかと、かくまわれながらも、いつも脅えていたそうでございます。
そしてある日、その方は店のお金を盗み、店から出て行ってしまいました。
ですが太一様は少しも怒らず、それどころか、弥兵衛様の無事を祈ったのだそうです。
弥兵衛様から戦の話しを聞かれた太一様は、その様な恐ろしい体験をされたのなら、いくら温和だった弥兵衛様が、そのように変わってしまっても、致し方の無いこと。
いずれ、きっと改心してくれるに違いないと言われました。
事実、その十数日後、その弥兵衛様は申し訳なさそうに、盗んだお金を全て返しに、店に戻って来たそうでございます。
その方の罪を責めずに許した太一様に、弥兵衛様は、とても晴れやかな笑顔を見せられたそうです。きっとフミも、二人と同じく心和む出来事だったのでしょう、その気持ちは手紙の文字を見れば分かります」
マツは表情を和らげ、横たわる厳馬を見つめた。
「おそらくは、そのときの弥兵衛様もきっと、今のあなた様のようなお顔をなさっていたのでしょうね。そのようなお方に、何でとどめを刺せましょう?」
「……………………すまぬ……………」
涙ながらに厳馬は一言そう言い、そのまま目を閉じた。
そしてその瞼は、もう開くことがなかった。
穏やかな顔で厳馬は、ようやく鬼の呪縛から開放されたのであった。
足利義昭が織田信長に追われて室町幕府が倒れ、戦国の世が終わったのは、それからまもなくのことであった。
鬼住う山 京正載 @SW650
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