誰かの代わりの世界認識
双場咲
榊原修の世界認識
第1話 目覚め、スタートアップ
――まるで、海の底にいるようだった。
瞳に意識を灯した瞬間、真っ先に目の当たりにしたのは、果てしなく広がる暗闇の情景だった。静か過ぎると言ってもいいぐらい雑音が聞こえてこない。同時に、全身の動きが頭の上からつま先まで鈍い。いくら身体を動かそうと足掻いても拒絶されてしまう。
――駄目だ、早くこの場から抜け出さなければ。
そうしなければならないと、管制塔とも言える脳は危機感を抱いている。脳は現場を担当している身体に対して、「さあ動きなさい」と命令を投げ掛ける。だが身体はいつまで経ってもその意思決定を受け付けようとはしない。結果として、「ここから抜け出したい」と考えた俺の目的はいつまでも果たされないまま、歯車は動き出そうとしなかった。
その違和感が、とても不思議だった。
苦しみを感じずに淡々と時間が過ぎていく中で、もしかしてこれは夢の中なのではないかと違和感の正体に気が付いた。自分が見ているそれが夢であると認識できる場合は、『明晰夢』というものに分類されるらしい。
時にはその内容を操作することも出来る、いわば魔法の真似事さえ可能だという明晰夢がどのようなメカニズムを辿った末に脳から働きかけた結果なのか、未だ科学的に解明されてはいない。
そんな限定的過ぎる雑学を、見も蓋もない解釈に置き換えてしまえば――要するに、ちょっとした幸福に預かっている嬉しい『気付き』だったらしい。
だったらこの静かな世界で、もう少しこの時間を堪能してもいいかもしれないと俺は思い始めていた。夢の中では何をしてもいい、何かをしなければならない縛りはないのだから。
目を覚ましてしまえば、再びその『縛り』に晒される事になる。今日はこれだけの事をしないと駄目なんだよ、とノルマを課せられる。食欲、睡眠欲、性欲の三大欲求。人間が健全に生きるためにクリアしなくてはならない課題は複数存在する。
それをノルマと捉えてしまう事はある意味人としては不健全かもしれなかったし、中にはいずれかの欲求を我慢という箱で閉じ込めている人達も多分に存在しているのが実情であり、それによって人間社会が成り立っているのもまた事実だった。
欲求を満たすことが生きるために必要だとすれば、それを維持するために学校で学び、社会で実践する。そのサイクルの果てに『生活』というものが成立しているのではないか。
しかしこれは夢の世界。人間に限った話ではないかもしれない、一種の神秘的な空間に今の自分は存在している。ならばこの束の間の一時を楽しんでいたかったのだが……
「……ちゃん」
――なんだろう
「……ゅうちゃん」
――なにか聞こえてくる
「修ちゃん!!」
深い意識の底から、無理矢理それを引っ張り出そうとする声に呼ばれてしまった。それがまるで最初から、この夢の終わりだと決まっていたかのように。榊原修は、『現実』という名の眩しい太陽の光の下に晒されることとなった。
夢は覚めるから夢なのだと、当然わかっていたはずなのに。願うことならこのまま一生眠っていたかったなと、後々後悔してしまった。
それは今まで観てた夢とは違う、辛い『気付き』だったのだから。
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