でんアイっ! ~伝説の勇者と呼ばれたアイドル~

御堂寺 祐司

プロローグ



「なんでこんなことになっているんだろう――?」



 日毬桜子はずっとそんな事を考えていた。


 見上げれば、そこには吸い込まれてしまいそうなほどの青い空が広がっている。そして視線を目線の高さに戻すと―――――やっぱりそこには青い空だ。


 桜子は空の只中に居た。


 地上へと視線を移すとミニチュアのような街並みが見える。見るだけで足が竦んでしまいそうな景色も、高度が高すぎるせいか、いまひとつピンとこなかった。


 桜子が居るのは高度2000mの高空。空に浮かぶ大型飛空艇の甲板の上だ。


 そこに作られた円形のステージの上に5人の少女が立っている。5人ともが華やかなステージ衣装に身を包み、ステージの中央に背を向けるようして等間隔に並んでいた。


 本来であれば強風で立っていることも難しいはずの高度ではあったが、ステージを取り囲むように設置されたある『特殊な機構』によって、桜子達の周りだけ無風のような状態が保たれている。


 桜子達はアイドルだった。


 いや、アイドルのはずである。少なくとも桜子は自分達のことをれっきとしたアイドルグループだと考えている。


 だが、こんな観客もいない空のど真ん中で、さらに全長200m以上はある非常識な超大型の飛空艇の上で歌を歌うアイドルグループなど桜子は今まで知らなかったし、これからも登場しないような気がしてくる。

 そう考えると、自分たちが本当に「アイドル」をやっているのか不安になってくるのだ。


(他の4人はどうなんだろう?)


 ふと自分以外のメンバーの様子が気になった。


(トモ姉と美羽ちゃんは楽しんでやってそうだし、メイちゃんは何も考えてなさそうだよね。あと、亜季ちゃんは――)


 そっと後ろを盗み見る。そして――すぐに視線を戻した。涙の浮かんだ目で恨めしそうにこっちを見ていた亜季と目が合ってしまったからだ。


(あはは・・・あれは絶対私のせいだって思ってるなぁ)


 向けられた視線の冷たさに思わず身震いする。


(・・・後で謝っておこう。うん)


 そんなことを考えていると頭につけたヘッドセットから、耳触りなノイズに混じって男性の声が聞こえてきた。


『準備良いですか? 本番行きますよ』


 聞こえてきたその声に背筋を伸ばし、無言のまま返事を返す。この場合の無言は肯定(イエス)の意味だ。


『じゃあ本番5秒前! ・・・4・・・3・・・』


 桜子は瞳を閉じると深く息を吐き出した。毎回のことだが、カウントダウンを聞いていると不思議と頭が澄んでくる。今までごちゃごちゃと拡散していた思考が、これから取るたったひとつの行動に向けて収束していくのを感じる。


 たったひとつの行動――つまり、「歌う」ということに向けて。


『2・・・』


 どんな時も歌うことだけは一生懸命に。それが桜子の想いであり、決意だった。

 きっとこのステージも見てくれている人達がいる。自分の歌を聞いてくれる人が居るのだ。そう考えるだけで体の奥深い処から力が湧いてくるのを感じる。


『1・・・』


 肌に伝わる温度で照明の変化を悟る。世界が静寂に包まれていくような錯覚と共に、不思議と他の4人の息遣いまでが聞こえてくるような気がした。


『GO!』


 聞こえてきた声と同時に目を見開く。息を吸い込み、声の限りに叫んだ。



「SU☆PI☆KA、いっくよおおおおー!!!」



 ステージ両脇に設置された巨大なスピーカーから激しくテンポの早い音楽が流れ出した。

 流れる曲に合わせて桜子達5人がステージ上で飛び跳ね、そのタイミングを見計らったように飛空艇の艦砲が空砲とピンクの煙幕を打ち鳴らした。


 風に流され溶けていく煙幕の中、桜子達は踊った。その顔に笑顔を浮かべ、くるくると舞い踊る。


 上空には巨大なスクリーンが出現し、ステージで踊る桜子達の姿を映し出した。この場に観客はいなくても、それは桜子達アイドルグループ「SU☆PI☆KA」のれっきとしたライブステージだった。

 

 次々に変わっていく鮮やかな照明。腕を振り上げ、髪を靡かせ、歌を歌う。その歌声は澄んだ青空に響き渡り、残響を残すように溶けて消えていった。


『いいですよ! 視聴率30%を突破。すごい反響です!』


 ヘッドセットから聞こえてきたのは、桜子達のステージに対する評価の声。スクリーンに映し出されている映像はそのまま地上へ中継されているのだ。

 桜子には、その数値が『この世界』においてどれほどのものなのかは分からない。だが、聞こえてきた声色から、悪くない値だということは察することは出来た。


 自分がスクリーンに映る瞬間を狙って、調子に乗ってウインクを一発決めてみる。少しは反応があっただろうか。思わず笑みが溢れる。


 桜子は歌うことを楽しんでいた。こうしていると開始前に感じていた不安など、どうでも良いことのように思えてくる。歌っている今この瞬間こそが、何よりも大事なのだと感じた。



 ――そう、その瞬間までは。



『――索敵。発見しました。二次方向に数12。会敵まであと90秒』


 不意にヘッドセットから女性オペレーターの声が聞こえてきた。


 「索敵」――? 「会敵」――? 

 およそアイドルのステージでは聞き及ばないであろう単語に、「何を言ってるの?」と頭の中で突っ込む。それが表情にも表れそうになるのを必死で堪えた。


『敵機、無人型飛行ゴーレム。既にコチラへ照準を合わせている模様です』


 音楽は続いている。桜子は耳元から聞こえてくる物騒な単語を出来るだけ聞き流しながら、歌と踊りに集中しようとした。だが再び聞こえてきた男の声がそれすらも邪魔しようとする。


『――聞いてもらった通りです。もうすぐそこは戦場になります。予定通りにね』


 その声色は淡々としたものだった。


 『予定通り』・・・。確かにそう言った。

 桜子達がいる空域が戦場になる、それが予定通りだと言ったのだ。

 ――いや、確かにそれは『予定通り』だった。桜子達5人も聞いてはいたのだ。ただ、ライブ前に「ああ、ちなみにライブ中戦闘になるから気をつけてね」とサラっと言われただけで、その時は意味が良く理解出来なかった。


 戦闘。それは桜子が生きてきた中で最も縁遠い言葉のひとつに違いなかった。全く実感が沸かない。普段、友達や親と喧嘩することもあるけれど、それを戦闘と呼ぶことなんかありはしない。


(多分、大げさに言ってるだけなんだよね。それか戦闘って何か別の意味があって・・・うん、きっとそうだよ。私が想像しているようなことじゃないんだ)


 気持ちを切り替えて、精一杯の笑顔でカメラに向かって両手を伸ばす。ちょうど曲はサビに入るところ。音楽の盛り上がりも頂点に達しようとしていた。


 桜子が口を思い切り開き、サビのフレーズを歌おうとした――その時だった。


 目の前で一瞬何かがキラっと光ったかと思うと、次の瞬間にはオレンジ色の光が桜子達の乗っている飛空艇のすぐ横を通り過ぎていった。実際には何も感じてはいない。だが、その光の持つ熱によって体の左半分が焼かれてしまったかのような、そんな錯覚を覚える。



(う・・・そ・・・)



 瞬間、思考がフリーズする。およそ戦闘という行為の経験が無い桜子にも、それが「敵」と呼ばれる存在からの攻撃であることが分かった。


 続けて1本、2本と光の帯が飛空艇の脇を通り過ぎていく。


 光が来た方向を見ると、遥か遠くから、黒い点のように見える飛行物体が複数で向かって来ているのが分かった。桜子達は茫然とした表情のまま身を寄せ合う。そうしているうちにも降り注ぐ光線の雨は激しさを増していき、いくつか被弾したことを示すかのように大型飛空艇は大きくその身を揺らした。


「ちょ、ちょっとおおおお!?」


 叫ぶ桜子の耳に先程の男の声が聞こえてくる。


『困りましたね――』


「ですよね! じゃあ早くこの場から逃げ――」


『いえ、早く歌ってくれないと困ります、という意味ですが』


 ヘッドセットから聞こえてくる淡々とした口調に、桜子は唖然として立ち尽くした。よくよく聞いてみれば音楽は今も変わらずに流れ続けている。



 歌う――、 歌う――? この状況で――歌うの?



 理解することを拒むように頭の中を同じ単語がいつまでもリフレインする。


『さあ、早く! 歌って下さい!』


 いやいやいやいやいや―――。


『おお! 視聴率45%突破! これは凄い記録が出そうですよ!』


 それはそうだろう。アイドルのライブがいきなり戦闘画面に変わったらそりゃ見ちゃう。絶対に見ちゃう。


『これでパンチラとかのハプニングがあれば、なおベター!』


 死んでもやるものか。



 歌う事を執拗に要求してくるその声に、桜子の我慢も限界に達しようとしていた。降り注ぐ光の数が増していき、飛空艇の揺れも大きくなっていく。


『なんでしたら、伝説の勇者らしく、敵をやっつけても良いので!』


 もはやライブとしての要求ですらないその言葉に、桜子の中で何かが音を立てて切れた。

 その目にうっすらと涙を浮かべ、桜子が叫ぶ。



「出来るかああああああああああああああっ!!」



 照明のようにステージを染め上げる光の雨の中、桜子の声はどこまでも響いていった。


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