先輩と僕
なつき
第1話 出逢い
……これは、僕が出逢って死に別れた先輩とのお話。
中学生になって僕は落ちこぼれた。理由は今思い返そうとしても中々思い出せない。
……ただ一番古い記憶にあるのは初めてのテストで満点が一つも無かった時、父親が缶ビール片手に、にやにや笑いながら木刀で叩きのめしてきた事だけ……。確かに成績が悪かったのは自分の責任だ。テスト勉強しないで遊び回っていたのだから。しかしまるでいたぶれる玩具を手に入れたのだと言わんばかりに叩いてくるのは参る。あれ以降、『アイツは味方じゃない』という認識が完全に出来上がった。
学校にも味方はいない。感性が若干ずれている自分はからかわれ苛められるのにちょうど都合が良かったから。もちろん教師もグルになって苛めた。こればかりは仕方ないだろう。だって教師なんかただの仕事に過ぎないのだ。身の安全を考えるならそれが一番の選択肢だ。
楽しくない楽しくない。夏休みに入るまでずっと楽しくない。ゴールデンウィークはあの糞親父が家にいたし、サボり気味だった部活動(無理やり入れられた)から脅迫電話を受けてさらに怒られる日々……。
唯一の慰めは物語を書く事だけ。まぁそれも見つかったら皆から晒し者にされてげらげらと馬鹿にされる事請け合いだ。だから誰にも話さない。だって好きな物を馬鹿にされたら悔しいから。
とにかくつまらない。一日が長く退屈だ。僕は夏休みに入った初日、部活動の事なんか放り出して。電車に乗って市内の中核都市にある図書館へと行ったのだ。
電車に揺られる間、自分はちょっと前に流行ったライトノベルを読んでいた。これは自分がライトノベルに熱中するきっかけになった書籍で、今現在は完結しているものの、三十歳になった今でもさらに復刊し新シリーズが続刊し、マンガも描かれている凄いライトノベルである。
――魔術が登場する十九世紀ぐらいのイギリスっぽい舞台の、作品。いつかこんなの書いてみたいなぁ……。
いつも僕の心の中にはその作品があった。昔も今も、そしてきっと明日も――。
そんな事を考えていたら。電車が中核都市の駅ホームへと停車する。
慌てずに降りて、改札口へと向かい、駅員さんに切符を手渡し出口へと向かう。……中学生の自分にとって、町まで行く切符はとても高い。お小遣いの三分の一は飛んでいく。しかしそれでも、中核都市の図書館には行くだけの価値がある。僕は心軽やかに、スキップのように歩いてゆく。やっぱり本を読む事が一番の贅沢で幸せ……なのである。
うちの町より豪華な商店街を抜けて二車線の大通り。ここを右に折れればすぐそこには県立の図書館だ。もう心は踊り出しそう。わくわくしながら入る。
そして女性の司書に「学習室使わせて下さい」と告げて本棚から本を幾つも抱えて階段を登る。学習室とは文字通り学習をする為の部屋で、貴重な歴史書なんかも数多い。本をゆっくり読むには最高の環境だ。
登り切り扉を開けた。年季の籠った書籍特有の紙の匂いがお出迎え。僕はいつもの窓辺の席に向かおうとして――そこに先客がいた事を知った。
……そう。それが僕が色んな事を教えてもらう『先輩』との、出逢いだったのだ。
◇ ◇ ◇
……あの人も窓辺が好きなのかな? 第一印象はそんな物だった。人見知りな自分は話す事なんかしないで、ちょっと離れた場所――彼の斜向かいに座って本を開く。何故そこにしたのか、未だに判らない。……もしかしたらもう、この時点で彼に惹かれていたのかも知れない……。でもそんな事に気づかないニブ子な僕は。今日適当に借りた本を山積みして、読書をした。
彼はぼんやりと絵本を読んでいる……。眠そうな光の無い双眸で、気だるそうに。本を読んでいるのか……それとも……眠って、いるのか……とにかく真意を図りかねる眼差しである。
気になれば気になってくるもので。僕は本に集中出来なくなってきた。本を読む手が次第に止まり、本の表面を撫でて埃を払うような仕草が出てきていた。これは僕が本を読む時にやる癖みたいなもので、よくページの隙間にある埃や塵を取り除こうとしたり、絶えずページを平たくしようとする仕草があり。これが出てくる時は大体読書に集中出来てはいない時だ。
たまらなくなった僕はバックから原稿用紙の束と万年筆――に、良く似たインクペン。それから国語辞書を取り出す。
そう。これは僕が毎日持ち運ぶ『作品製作キット』だ。僕は物語作りが大好きで、いつも原稿用紙を持ち歩くようにしていた。
さっそく取り掛かる。今日はどんな物語にしようかな……。あぁ、書き途中だったファンタジー作品にしようかな? あれはお気に入りの作品で、主人公が幼なじみと出逢う処から――。
「その文、違うぞ」
……え? 僕はぱちくりした。
「だから。その会話文、何かおかしいぞ。
何だよ『幼なじみだった○○君かい?』『そうです。私が○○です』って。
相手が尋ねているのに何でこいつは自己紹介してんだよ?」
改めて声のした方を向く。
そこには斜向かいの彼が、半眼で僕の原稿用紙を指さしていた。
「……お兄ちゃん、文章解るの?」
僕の間の抜けた問いに、
「あぁ。判る。だって俺も小説書いてるからな」
「ホント?!」
僕は歓喜した。
「嘘なんか吐かない。マジだよ。
……お前、作品創るのは好きか?」
「うん‼」
僕は全力で肯定。
「じゃあ色々。教えてあげようか?」
「うんっっ‼」
さらに激しく首肯。子どもっぽい仕草だが今でも抜けない癖である。
「決まりだ。俺も小説書いてる友達が欲しかったからな。
……今夏休みだろ? 時間はまだあるんだから色々文章教えてやるよ」
……そうして僕は彼――小説家の先輩と出逢った。自分が中学一年生、彼が大学生だった当時の話。
……そして、彼と一緒に『取材』と称した恐怖に出逢う事になるとは、まだこの時は知りようがなかった……。
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