第19話 出発、そして急襲

 翌日の早朝。≪グランアルシュ≫の空がまだ白んでいる時間帯、俺達は装備を整えて都市と外界を隔てる門の所まで来ていた。


「ムサシさん、職員さんに聞いたらキールさんはもう≪グランアルシュ≫を発ったそうです」

「マジかよ出遅れた」


 リーリエの報告に俺は小さく舌打ちをする。大分早く出たつもりだったが、それでもキールの方が早かったか。


「向こうもよっぽど負けたくないみたいやねぇ」

「まぁあの性格ならそうだろうな……で、俺達の移動手段なんだが」


 ちらりと俺は視線を動かす。その先にあったのは馬車……ではなかった。


「……何で鉤竜ガプテルがここにいるんだ?」

「グルルッ」


 俺の疑問は当然だと思う。何故なら目の前に、いつでもいけますよ的な感じでフンフンと鼻を鳴らす二体の鉤竜ガプテルがいたからだ。ここ思いっきり街中ぞ!?


「だってこれ鉤竜ガプテル車やもん。そらおるよ」

「馬の代わりに鉤竜ガプテルが車両を引くって事?」

「せやね。野生の卵を人が孵して、世代を積み重ねながら調教した鉤竜ガプテル輓竜ばんりゅうとして起用してる移動車両どす」


 なるほどなぁ。俺達が≪グランアルシュ≫に来る時に使った竜牽車りゅうけんしゃはランドラプトルが牽引してたけど、使用する輓竜ばんりゅうにも種類があるんだな。


「だ、大丈夫なんですか? 襲われたりしません?」


 初めて見る物についてリーリエが恐る恐る質問し、俺もコクコクと頷く。コトハはくすりと笑ってから説明を続けた。


「だいじょーぶ、そうならんようにガッチガチに調教されとるんやから。人慣れしとるしまず襲い掛かってきたりせぇへん。うちも≪皇之都スメラギノミヤコ≫に住んでた頃はよく使っとったよ」

「はぇー……」

「ただ、何処ででも使える訳やあらへん。他の竜牽車りゅうけんしゃと同じく馬よりも維持費はずっと高いし、料金も割高。せやからある程度大きな所、それこそ≪グランアルシュ≫や≪皇之都スメラギノミヤコ≫みたいな都市でしか使われへんどすなぁ」

「まぁ普通は馬車で事足りますからね」

「うむ」


 俺等のとこはストラトス号っつー自分で言うのもアレだけどブッ飛び車両使ってるけどな! 今回は持ってきてないけど!


「せやね。でも鉤竜ガプテル車には馬車には無い大きなメリットがあるよぉ」

「それは?」

「まず“速い”事。馬車で二日かかる道程でも鉤竜ガプテル車やったら一日で行ける」

「半分!? はやっ!」

「もう一つは馬車よりも沢山積める事。見て貰えると分かるけど、この鉤竜ガプテルはうちらが知ってる鉤竜ガプテルよりちょっと大きいやん?」

「確かに」

「人の手で良い物を不足無く食べさせてるから、野生の個体より大きくて強靱やねん。せやからより重い物を長距離運べるんよ。うちらにはピッタリやろ?」


 チラリと俺の方を見るコトハに、俺は納得する。確かにこの面子だと俺が一番の重量物だわ。


「……時間を節約できるのが一番のメリットですかね。今回みたいな状況では特に」

「せやね。さ、そろそろ出発しましょか」


 パンパンと手を叩いてコトハが俺達に乗車を促す。そうだ、今はまったりしてる暇は無かったわ。


「ん? そう言えばラトリアは?」


 ハッと俺は周囲を見回す。


「……どーどー」

「グアッ……」

「……なーにやってんのラトリア」


 姿が見えないと思っていたラトリアは、二体の鉤竜ガプテルの内の一体に跨がっていた。鉤竜ガプテルも御者のおじさんも困り顔だ。


「ほら、降りるぞ。どーもすんません」

「い、いえお気になさらず。英雄のあなた方を運べるのを光栄に思います」


 ぎこちない笑みを浮かべるおじさんに、俺もはははと乾いた笑みを返した。


「なぁラトリア、お前そんなにアグレッシブな事する性格だったか……?」

「……?」

「ラトリアちゃんが腕白になったのはムサシさんの影響だと思いますよ。いつも突拍子もない事をする大きな背中を見てる訳なんですから」

「何も言い返せねぇわ」


 意外な成長を遂げているラトリアの頭をポンポンと撫でてから、俺達は鉤竜ガプテル車に乗り込んだ。


 ◇◆


「――これいいなぁ!」


 朝日が街道を照らし出す中を、俺達を乗せた鉤竜ガプテル車が爆走する。俺が牽引するストラトス号には流石に劣るが、それでも馬車より全然速い!


「おおー……」

「ラトリアちゃん、あんまり乗り出すと危ないよ。ムサシさんも」


 幌から顔をガッツリ出している俺とラトリアをリーリエが咎める。しかしその声音はどこか楽しそうだ。


「みんなはしゃぎすぎたらあかんよ~」

「う、そうですね。あと一時間も走れば北方領域に入りますし……今回向かうフィールドの情報でも整理しましょうか」


 おっと確かに舞い上がりすぎたかな。目的地に着くまではまだ大分時間があるから、今の内に現場に着いてからのプランを……


 ――ピリッ。


「グアッ!?」


 ――俺が異常を察知するのと、鉤竜ガプテル車が急停車したのはほぼ同時だった。


「お、おいどうしたんだお前達!」


 急に言う事を聞かなくなった鉤竜ガプテル達に御者のおじさんは困惑する。俺は素早くリーリエ達に目配せをした。


「……ムサシはん」

「ああ、全員戦闘準備。思ったよりも出会うのが早かったな」


 金重かねしげの柄に手を掛けて鉤竜ガプテル車から飛び降りた瞬間、周囲から多数の殺気が俺達に襲いかかった。

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