第14話 新たなる四つの紫

 遂に式典当日となった。早朝からセントラルギルドに赴いた俺達は控え室でギルド職員と共に準備を進める。


「き、キツい……」


 思わず口から苦悶の声が漏れる。ギルドが何とか用意した制服は特大サイズなのだが、それでもなお着込めるギリギリだ。


「パッツパツですね……」

「ちょっとおもろいかも」


 ギクシャクと動く俺を見て苦笑いを浮かべるリーリエとくすりと笑うコトハ。二人も用意された制服に身を包んでいるが、俺と違ってしっかりと着こなしていてとても凛々しい。


「他人事だと思いやがって……あれ、そういえばラトリアは?」


 ギギギと首を傾けた時、背後に人の気配を感じた。


「……えい」

「ふおっ!?」


 不意に腰辺りを姿を消していたラトリアに突かれた。まさかの不意打ちに思わず変な声が漏れてしまう。


「ら、ラトリア! アカンアカン、今そういうのやられると不味い! 制服が爆ぜる!」

「爆ぜる……えい」

「うおおいっ!」

「ラトリアちゃん、ダメだよ悪戯しちゃ」

「ムサシはんが裸で式典に出る羽目になってまうよ~」

「……残念」


 珍しい行動に出たラトリアをリーリエとコトハが優しく咎める。な、何だろう。俺の世紀末的スタイルが見たかったのか?


「皆様、ご歓談はそれ程にして頂いて。そろそろ式典が始まりますのでご案内致します」

「あ、はい」


 職員の言葉に従い、俺達は控え室を出て会場へ向かう。もってくれよ、俺の制服……!


 ◇◆


 叙勲式は、セントラルギルド前の広場を会場として行われた。天気も良いしスペースも十分、何よりグランアルシュの住人も自由に見物する事が出来るのが最重要ポイントらしい。


「っべー……人多すぎだろ……」


 四方八方から聞こえるガヤガヤという喧噪、無数の視線。今までの人生でこんな場に立つ事など当然経験した事がないので、流石の俺でも緊張した。


「は、吐きそう……」

「リーリエ……頑張って」

「こんな所でげろげろはあきまへんよ~。ムサシはんは……見物客全員ドラゴンとでも思えば幾分かマシになるんとちゃいます?」

「それは闘争本能が沸き立つからアウトなんだよなぁ」


 軽口を叩いていたら何だか気が楽になってきたぞ。てかコトハは全然緊張している様子が無いな、寧ろ余裕すら感じさせる。ラトリアは……特に何も考えてなさそう。


「おや、始まるみたいどすな」

「っ!」


 騒がしかった住民達が徐々に静かになっていく。

 それもその筈、この式典にはグランアルシュに残っているスレイヤーも参加しているのだがその中には――現役の紫等級スレイヤー達もいるのだ。

 紫等級は最強の証、人々から尊敬され畏怖される存在。その紫等級スレイヤー達がぞろぞろとセントラルギルドから歩いて出て来たのだから黙るのも当然だ。


「おー、あれ全員紫等級か」

「せやね。どう? 見た感じ」

「強いねぇ」


 コトハの問いに俺はシンプルに返す。

 全部で六人。出で立ちは様々だが、男も女も全員間違いなく強い。立ち姿というか、纏っている|雰囲気(オーラ)が違うのだ。


「あれで全員、って訳じゃないよな」

「せやね。他の地方に派遣されてる紫等級とかもおるやろうし、多分グランアルシュに残ってる面々やないかな……勝てそう?」

「無論」


 当然だと言わんばかりにニヤリと笑う俺に、コトハはくすりと笑う。


「確かにあいつ……彼等は強いよ、ありゃ最強の部類だ。だけど、単純な戦闘力だったらそらもう俺が圧倒出来るぜ」

「ふふっ、ほんま頼もしいわぁ」

「……お二人とも、その辺で。聞こえちゃいますよ」


 コソコソと話す俺とコトハだが、持ち直したリーリエの言葉で会話を打ち切った。姿勢を正し、粛々とその時を待つ。


「――皆の者、待たせたの」


 厳かな声が、広場に響いた。同時に横一列に並んでいた紫等級スレイヤー達がザッと左右に割れる。

 ゆっくりと、しかし確かな足取りで全スレイヤーのトップ――ダグザさんが現れた。

 そこに俺達と話していた時の好好爺の面影は無く、代わりに見る者を圧倒する威厳を身に纏ったグランドマスターの姿があった。


「それでは、これより叙勲式を執り行う。ムサシ、リーリエ、コトハ、ラトリアの四人は前へ」


 ダグザさんの言葉で俺達は用意されていた椅子を立ち、広場に設置された雛壇へと上がる。住民の、スレイヤーの、紫等級達の視線が一斉に俺達へと集まった。


「お前達四人は、獅子奮迅の活躍をもって地岳巨竜アドヴェルーサの討伐を成し遂げた。悠久の時の中で誰もなし得なかった、正に歴史に残る偉業と言うほかない。その功績を認め、特例としてギルドは四人を紫等級へと昇格させよう。異論はあるかの?」


 ダグザさんの問いに、俺達は口を揃えて「ありません」と答える。それを見てダグザさんはうむと頷いてから再度口を開いた。


「では、四人に等級認識票(タグ)を贈呈する」


 そう言って側に控えていた職員から紫色の等級認識票(タグ)を受け取ったダグザさんは、頭を下げた俺達四人の首に順番に等級認識票(タグ)を掛けていく。

 全員に掛け終えた後、ダグザさんはすっと姿勢を正し俺達もそれに倣って背筋を伸ばした。


「――今ここに、グランドマスター・ダグザの名をもって新たなる四人の紫等級スレイヤーが誕生した事を宣言する!」


 ダグザさんが声高に叫ぶ。一拍置いて、辺り一帯から割れんばかりの歓声と拍手が上がる。晴天と太陽が見守る中、こうして俺達は紫等級スレイヤーとなった。


 しかし、これはゴールではない。首から下がった紫色の等級認識票(タグ)は、俺達を新たな戦いへと導く――特急券だ。

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