第5話 やってやろうじゃねぇかよォ!

「……恐らくだが、上の連中はお前達に"首輪"を付けたいんだと思う」

「首輪?」

「ああ」


 出された珈琲に口を付けながら聞き返すと、ガレオは頷く。


地岳巨竜アドヴェルーサ以外にも、お前達がこれまで討伐して来たドラゴンの情報は全て伝わっている。碧鋭殻竜ヴェルドラ飢渇喰竜ディスペランサ、特異な進化を遂げた斬刃竜ハガネダチ……いずれも並大抵のスレイヤーでは手に負えない、強力なドラゴン。そんなギルドで本格的な討伐隊を派遣するような相手を等級に関係なく捻じ伏せて来たお前達を、好き勝手に遊ばせて置きたくないのだろう」

「言いたい事は何となく分かるが、それと紫等級を与えるってのにどんな関係があるんだ?」


 ぐいっと珈琲を飲み干して空になったカップをテーブルに置き、俺は腕組みをする。遊ばせて置きたくないっつっても、仮に紫等級になったとして俺達はホイホイ楽をしようとかは考えていないんだが。


「紫等級っていうのは、スレイヤーの中でもかなり特殊な立ち位置だ。ただ単に階級が一番上ってだけじゃなく、紫等級以下のスレイヤーを統括する立場でもある。有事が起きた際には自分が活動拠点としている場所のギルドに所属しているスレイヤー達の先頭に立って指揮を執る事もあるし、状況に合わせて街全体を動かす事だってある。紫等級はそれだけの権力が与えられている、一種の特権階級なんだ。そしてその紫等級スレイヤーに指示を出すのは、≪グランアルシュ≫のギルド総本部だ」

「つまり、紫等級スレイヤーはお上の意向を聞いて動く機会が多くなるって事か……成程、確かに首輪付けられてるみてぇだな」

「そう言う事だ。本部からの指令は最優先でこなさなきゃならないって決まりもあるしな」


 昔、コトハが紫等級になりたくない理由を話していた時の事を思い出す。確かにこんな重たい立場を手にしたら、自分の思うように動くのが難しくなる場合があるだろう。血眼になって斬刃竜ハガネダチを探していたコトハからすれば、足枷以外の何物でも無い。


「勿論、常に上意下達じょういかたつが徹底されている訳じゃない。それでも、紫等級のスレイヤーは強権と高額な定期的給金を受け取る代わりに、本部の意思に沿って動く機会が多くなるのは事実だ」

「うーん……」

「ただし、その分メリットも大きい。今も言ったが、紫等級スレイヤーはクエストをこなさずとも定期的な収入が入る。それも、かなりの額だ。あとはクエストの優先権があるから、他のスレイヤーと競合する事も無い。理に適った理由があれば、法を超えた無理を通せる時だってある」

「でも、紫等級になったらお前みたいにギルドマスターやらされたりするんだろ? そしたら暢気にクエスト受けてる暇なんて無くない?」

「紫等級の全員がギルドマスターをやってる訳じゃない。個人での活動に重きを置いている連中だってちゃんといる」

「ぬぅ」


 ガレオの話を聞く限り、紫等級になるメリットは大きい。行動が制限される事もあるだろうが、そんなに頻度が多い訳じゃないだろう。

 そもそも、紫等級になるのは一つの目標でもあった。であるならば、断る理由は特にない気がする……が。


「大体の事情は分かった。ただ気になるのはハンブルさんが俺の話聞いて焦った理由だ。地岳巨竜アドヴェルーサ討伐の功績を称えてって話だったから、昇級を受けるかどうかの選択権はこっちにあるんだろ? でもハンブルさんの態度を見る限り、最初から俺達の昇級は既定路線になってるみたいな感じだった。でもってあの反応……あれじゃまるで、俺達に紫等級の昇級を拒否されたら困る事があるみてぇだ」

「あるみたい、じゃなくて実際困るのさ」

「何故?」

「お前達をスレイヤーの最高位たる紫等級に据える事には、政治的に大きな意味があるからだ。地岳巨竜アドヴェルーサを討伐した新進気鋭のお前達をスレイヤーの頂点に立たせれば、ギルドの権威を更に知らしめる事が出来る。景気のいい話だから外部から多大な支援を受けられるだろうし、偉業を成し遂げた英雄を自分達の膝元に置く事でこれまで以上に市井からの支持も得られる。だからもしお前達にこの話を蹴られると、そういったギルドとしての思惑が全部パーになってしまう。だからハンブル殿は焦ったんだろう」


 おおお……凄く難しい話だが、納得はいった。それだけ先の事を見越しての話なら、そりゃ断られる訳にはいかないだろう。直接赴いたハンブルさんにとっては自身の責任問題にもなるだろうし、必死になるのも頷ける。


「まぁ、お前達なら大丈夫だと思うがな。等級で言えば遥かに格上のシンゲン殿を押し切って行動を起こすくらいの気概を持ち、守るべき者達の為に危険を冒す事を厭わないお前達なら」

「げっ! そ、そこら辺の事情知ってんの?」

「シンゲン殿が楽しそうに話してたぞ、"久方振りに骨のある若者たちに出会った"ってな。お前達ならただただ素直に上の意向に従うだけの犬にはなり下がらないだろうし、その辺も加味してオレは昇級に賛成したんだ……で、どうする?」


 一通り話したガレオの手から、カップがテーブルに置かれる。静かな視線を向けるガレオに対し、俺達は暫し考え込んだ。


「……ムサシさん。この話、ワタシは受けても構わないと思います。本部の考えはどうあれ、紫等級に上がる事が出来れば今まで以上にスレイヤーとしての活動の幅が広がるのは確かです。紫等級としての権限はギルドがある場所ならどこでも有効ですから、いざとなった時人々を守るのに紫等級の肩書が役立つのは確かです。ムサシさんとリーリエの考え方的には、少し複雑かもしれませんが」


 真剣な眼差しでこちらを見詰めるアリアに追従し、他の面々も声を上げた。


「私は……アリアさんに賛成です。ショートカットをするつもりはありませんでしたけど、昔と今ではあまりにも状況が違いますから」

「うちは昔と違ってもう青等級の立場に拘る理由があらへんから賛成。下手に断って目ぇ付けられて、スレイヤーとしての活動に支障でも出たら本末転倒やしね」

「ラトリアは……みんなが良いって言うなら、それで良い。立場とか、そういう難しい話はまだよく分からないけど……これから勉強、する」


 各々の意見を聞いて、俺は考え込む。と言っても、心の内はもう殆ど決まっていた。リーリエ達がここまで覚悟を決めているのに、俺が悩んでどうするって話だ。


「一旦、この話は持ち帰るか? ハンブル殿は暫くこの街に滞在するだろうから、考える時間はあるぞ」

「いや、大丈夫だ」


 瞑っていた目を開けて、俺は背筋を伸ばした。周囲の視線が俺に集まる中、ほぅと息を吐いて宣言する。



「紫等級への昇級……謹んで受けさせて貰う。ハンブルさんに、そう伝えてくれ」



 いつになく真剣な面持ちで伝えると、ガレオはにやりと笑って「分かった」と口にする。緊張が解けると同時に、何となく両肩が重くなった気がした。


 紫等級へ飛び級でのランクアップ――俺のスレイヤー人生の中で、大きな通過点となったこの出来事を忘れる事は、きっと無いだろう。

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