第3話 呼び出し

 ギルドの出入り口を潜ると、いつも通りホールは朝一でクエストを受けに来ているスレイヤー達で活気に満ち溢れていた。

 俺達五人が中に入ると何人かのスレイヤーや職員がこちらを見るが、直ぐに視線を戻して各々がやるべき事に戻る。

 地岳巨竜アドヴェルーサを討伐した事による熱狂が無事鎮静化したという事だ。皆良くも悪くも切り替えと順応が早いので、こっちとしてはいつまでも好奇の目に晒される事が無く助かっている。


「それにしても、私達に用事って何なんでしょうね」


 隣を歩くリーリエの疑問に、俺はギルドマスターであるガレオの顔を思い浮かべる。朝、≪月の兎亭≫に現れたギルドの職員から「ギルドマスターがお呼びです」と言われて、こうして全員揃って顔を出しに来たのだ。


「正直に言うとさ、俺嫌な予感がしてるんだよ。アイツに呼び出される時って大体面倒な話が絡んでるからなぁ」

「そんな事……あるかもしれませんね」

「"全員一緒に"っちゅうのも引っ掛かるわぁ。ガレオはんはうち等のパーティーに関わる何かを話そうとしてるって事やろ?」

「そういう事だ。何か面倒ごとでも押し付けるつもりじゃねぇだろうなアイツ」

「まぁまぁ、あまり今の内から気を病んでも仕方ありませんよ。先ずは話を聞いてみないと」

「ん……」


 やいのやいのと話している内に、あっという間に部屋の前まで着いた。一度ふぅと息を吐き、俺はドアノブに手を掛ける。


「おい、来たぞ」


 ガチャリと扉を開けると、そこには応接スペースのソファーに腰掛けているガレオの姿があった。普段と違うのは、もう一人見知らぬ獣人の男性がガレオの隣に座っているという事。

 立派な丸まった大きな二本の角を見るに、恐らく山羊の獣人。眼鏡の奥に見える瞳は切れ長で、高価たかそうな青色の制服を身に纏っている。如何にもインテリと言った雰囲気だ。


「え、あれって」


 ぽそりと呟いたリーリエと目を細めたアリアとコトハは、どうやら獣人の正体が掴めている様子。俺は小声で聞き返してみた。


(誰? 知ってる人?)

(あの制服、ギルド総本部の職員の方ですよ!)

(≪グランアルシュ≫のか?)

(そうです。多分、私達がらみの何かで中央からここまで足を運んで来たんじゃないでしょうか)


 リーリエの言葉を聞き、俺は小さく歯噛みする。もうすでに俺の中では嫌な予感が確信に変わりつつあった。面倒ごとの臭いがプンプンするぜぇ!


「よく来たな。全員座ってくれ」


 正面で手を組んだガレオに促され、俺達は向かいのソファーに腰を下ろす。この時点で大分警戒心が強まって来ていた俺は、腕を組んでガレオと獣人を交互に見比べた。


「悪かったな、わざわざ朝から足を運んでもらって」

「ギルドマスター直々の呼び出しとあっちゃな。断る訳にもいかねぇよ。で、そちらの方は一体どちら様?」


 俺の問いに、ガレオの隣の獣人は一度眼鏡を中指でクイッと押し上げてから口を開いた。


「初めまして。私はハンブル、≪グランアルシュ≫のギルド総本部で広報主幹を務めさせて頂いております。以後お見知りおきを」


 ハンブルと名乗った獣人は、落ち着いた声音で自己紹介をすると頭を下げる。俺達も礼を返し、改めて口を開いた。


「ご丁寧にどうも。俺はムサシです」

「リーリエです」

「コトハどす」

「……ラトリア、です」

「ムサシさん達の専属受付嬢をさせて頂いてます、アリアです」

「ええ、良く知っていますよ皆さんの事は。何せ地岳巨竜アドヴェルーサを討伐した"英雄"ですから」


 にこりと笑うハンブルさんだが、俺はハハハと曖昧な笑顔を返すに留まった。やはりどうしても"英雄"と呼ばれるのには抵抗があるからだ。

 だが、こればっかりはどうしようもない。人が俺達の事をどう呼ぶかは自由だ、こっちが慣れるしかないな。


「えーっと……結局何で俺達は呼ばれたんだ?」


 微妙にぎこちない空気を誤魔化す様に、俺はガレオへと話題を振る。ガレオは一つ咳払いをしてから、膝の間で手を組み俺達の顔を見回した。


「今日お前達を呼んだのは、地岳巨竜アドヴェルーサを討伐した事への報酬に関しての話をする為だ」

「報酬、か」

「ああ。時間が掛かって申し訳なかったが、漸く目途がついたんでな」


 確かに、俺達は地岳巨竜アドヴェルーサ討伐の報酬をまだ受け取っていなかった。ガレオ曰く「前例の無い話なので、一度≪グランアルシュ≫で協議した後、正式に報酬を渡す」との事だったから、全員その協議とやらが終わるのを待っている状態だったのだ。


「まず一つ目の報酬は金銭だな。専属受付嬢であるアリアも含めて、一人ずつにギルドからこの位の額を支払わせて貰う」


 テーブルに置かれたガレオが取り出した書類に、全員で目を落とす。そこに書いてあった金額は……。


「……ゼロ多くないか?」

「お、おおおおおお多いなんて物じゃありませんよ! こんな金額、私は見た事がありません!」

「十回人生やり直して、十回遊んで暮らせそうやなぁ」

「少なくとも個人で所有するには馬鹿げた金額ですね」

「……ごはん、たくさん食べれる」


 各々の口から一頻り感想が飛び出た所で、ガレオは「ゴホン!」と大きく咳払いをする。我に返った俺達は、慌てて前のめりになっていた姿勢を戻した。


「何万年も前から人類の生存圏を脅かし続けて来た地岳巨竜アドヴェルーサを討伐したんだ。この位の額はあって当然だろう。で、二つ目の報酬だが」

「まだあんの!?」

「ある。二つ目は討伐された地岳巨竜アドヴェルーサの大樹に成らずドラゴンの器官としての形を保ったまま残った素材に関してだ。お前達は使い道が思い浮かばなくて自分達の手には余るから全てギルドに寄付すると言ったが、それじゃ対等イーブンな取引とは言えない。幸い、≪グランアルシュ≫の工房とギルドが協力して素材の加工方法と武具への転用に見通しが出て来た。だから、この先技術が確立された際にお前達が望めば最優先で地岳巨竜アドヴェルーサの武具が提供される事になる。勿論無料でな」

「ま、マジかぁ……」


 至れり尽くせりとは正にこの事か。と言ってもこれに関してはリーリエ達はどうか分からないが、俺は当分世話にはならないだろう。防具も金重かねしげも全く問題なく使えているからな。わざわざ新しい武具を取り入れる必要は、今のところ無い。


「で、三つ目だ」

「まだあんのか!?」


 流石にもう十分だろ! これ以上貰ったら贅沢病に罹っちまいそうだと言おうとしたところ、ガレオの口角が不自然に上がった。


「まぁ聞け。実はこの三つ目が大事だ、ある意味お前達にとっては物的報酬よりも重要な物かもしれない」


 意地の悪い笑みを浮かべたガレオは、たっぷりと時間を置いてから口を開いた。



「――ムサシ、リーリエ、コトハ、ラトリア。地岳巨竜アドヴェルーサ討伐の功績を以って、お前達四人を……紫等級・・・へ昇級とする!」



 高らかにガレオが宣言し、ハンブルさんがこくりと頷く。対する俺達は、皆一様にビタリと体を硬直させた。

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