第125話 心に従った結果……
12/24日の更新はお休みです。
◇◆◇◆
憑き物が落ち、安堵から深く息を吐く。それを見たラトリアが小さく笑うのを見て途端に気恥ずかしさがこみ上げ、それを誤魔化す様に俺は話題を変えた。
「……その、何だ。話し戻すけど、ラトリアは俺に何か用事があったんじゃないのか?」
「あ……う、うん」
そう切り出すと、途端にラトリアはさっきまでの雰囲気が嘘の様に言葉を濁してしきりに重ねた右手を閉じたり開いたりし始めた。いやあの、すげーくすぐったいんですが。
「えっと……その……」
「何だ、言い辛い事なのか? だったら別に今じゃなくても――」
「だ、だめ! 今聞きたい、今聞いて欲しい!」
「お、おう」
何か切羽詰まったかの様なラトリアの気迫に押され、取り敢えず俺はラトリアが言い出すまで黙る事にする。ラトリアは暫く視線を泳がせた後、意を決して切り出した。
「……むっ、ムサシは……ラトリアの事を、どう思ってるの……?」
――ゑ? 何ぃ? なんつった今? 聞き間違いじゃなきゃ、ラトリアは何やら自分の事をどう思ってるかって俺に聞いた気がするが?
「……すまん、もう一回言ってくれない?」
「だっ、だから……! ムサシはラトリアの事を、どう思っているかって、聞いたのっ!」
最早ヤケクソと言わんばかりに勢いを乗せて声を上げたラトリアに、俺の思考はピキリと硬直した。
聞き間違いじゃなかった……! さっきまでのシリアスな空気は何処へやら、俺とラトリアの間には妙に生温い時間が満ち始めていた。
いやお前、これはしょうがねぇよ! 問いの意味をそのまま受け止めるのなら、ラトリアは俺に……自分との関係を、ハッキリさせろと言っているのだから。
これで動揺しない訳が無い。俺は物理的に
(てか、そもそも何でこんなタイミングに改めてそんな事聞くんだ……!?)
――いや、違う。今までの全てが完全に片付いた今だからこそ、ラトリアは確かめようと思ったんだ。多分だが、“仲間”っていう曖昧な感じじゃなくてもっとこう……はっきりとした関係を確立させる為に。
(じゃあ何て言えばいい? 無難に家族みたいなもんとか……いや待て、そもそもラトリアが求めてんのはそういうありきたりな答えなのか?)
ノー、恐らくノーだ。幾ら俺が鈍感だのなんだの言われてる身とはいえ、流石にそうじゃない事位は分かる。となると、これは適当に答えを返す訳にはいかない。
停止していた思考が熱を帯び、今までの遅れを取り戻そうとフル回転を始める。その流れに身を任せて、俺はラトリアと一緒に映っている過去の光景を片の端から手繰り寄せた。
(始まりは、≪ガリェーチ砂漠≫だ。あそこで偶然ぶっ倒れてたラトリアを見つけて、そのまま一緒に行動する事にしたんだ)
軽く身の上を聞いて、スレイヤーになるのを勧めて、一緒にパーティー組んで。ラトリアの境遇を考えれば、最初の頃あまり自分の事を話したがらなかったのは当然と言える。
(だが、今はこうやって互いに気兼ねなく話せるようになってる。それは過ごしてきた時間の中でしっかりと信頼関係を築けてきたからだ)
魔法の訓練をして、一緒にクエストに行って、同じ食卓を囲み、同じ星空の下で眠った。そうしている内に、いつの間にかラトリアが傍に居るのが当たり前になっていた。
(そうか。当たり前になっていたからこそ……俺はもしラトリアが別のパーティーに行くってなら、土下座してでも引き留めるって言ったんだ)
こうして過去を振り返る中で、俺は初めて自分の中にあった気持ちと言う物を掴めた。逆に言えば、今まで俺はどんだけその場の感情に任せて言葉を吐き出してたんだっつー話になるが、それに関しちゃ今はどうでもいい。
兎にも角にも、俺にとってラトリアは単なるパーティーメンバーなんかじゃない。リーリエ達の様に、他の誰にも代えようの無い、言わば特別。
(じゃあその特別ってどんなだ? やっぱり家族みたいなもんなのか?)
確かに、俺は無意識にラトリアの事を妹か何かみたいに扱っていた節がある。背丈は俺よりずっと小さく、歳も一回り以上離れているから、どうしても距離感がそうなってしまうのだ。
普通なら嫌がられる。見てくれ的には下手すりゃ通報される。それが許されたのは、他ならぬラトリアが全てを受け入れてくれて、周りも俺達の様子からその関係を認めていてくれたからだ。
しかし――それはあくまでも表面上の話。実際には俺とラトリアは血も繋がっていないし、最初に生まれ落ちた世界すら違う。
だったら妹ってのは可笑しい。だが家族みたいにラトリアの事を大事に思ってるってのは間違い無い。となると、俺が本当はラトリアの事をどう見てるかという答えは、自ずと絞られる。
(……もしラトリアを傷付けようとする奴が居れば、カシマにやった様に躊躇なく俺はそいつをぶちのめす。ラトリアを俺から引き離そうとする奴が居れば、そいつもぶちのめす)
つまり、どんな形であれラトリアに何かあったら後先考えずガチギレするな……あーもう面倒くせぇ!! 絞られるとか言ったくせに、回りくどく考えれば考える程答えは遠ざかるじゃんかこれ!
(こういう時は心に従う、それがベスト!)
何で俺はラトリアにこんだけ入れ込んでるのか、何で家族以外の答えを出そうとしてるのか。それは、ラトリアの事がリーリエ達と同じく――。
「――大切に、思ってるよ。単なる仲間とかそういうんじゃなく……俺はラトリアを、一人の女の子として大切に思ってる」
理屈染みた思考を全て取っ払って出した俺の本心。何かもう色々と問題がありそうだが、知ったこっちゃない。これが包み隠さない俺の本心だ。
で、これに対するラトリアの返答は? 場合によっちゃ俺死ぬんだが?
「……え?」
ラトリアは、真剣な眼差しの俺を見てポカンと口を開けた。あ、これアカン奴や。
「……こ、こういう感じは違った?」
「う、うん……ラトリアはその、リーリエ達にムサシがラトリアの事を妹か何かと思ってるんじゃないかって言われて……それが本当か、聞きたかった」
よし死のう今すぐ死のうそうしよう。なーにが“流石にそうじゃない事位は分かる”じゃお前、全然分かって無かったじゃねぇか!!
「オーケーオーケー、俺がとんでもなく恥ずかしい勘違いをしたってのは分かった。今のは忘れてくれ」
右手で顔面を覆って途方に暮れながら俺はラトリアに懇願する。もう頭の中にはこの空気をどうするか、これからギクシャクせずに過ごしていくにはどうすればいいかという考えのみが竜巻の様に吹きまわっていた。
「――いや」
しかし、そんな俺の言う事等聞くもんかと言わんばかりにラトリアは短く、はっきりとした口調で提案を拒絶した。
「……忘れてくれ」
「いや」
「忘れて」
「いや」
「忘れ」
「いや」
「わす」
「いや」
「わ」
「い・や!」
「何でぇ!?」
意味が分からない、何故ここまで駄々をこねる!? 結局の所全部俺の勘違いだった訳だから、もう無かった事にした方がいいだろ!!?
どうしようも無いくらい混乱していた俺だが、それを見たラトリアがずいとこちらに身を乗り出して俺の右手をよいしょと引き剥がした。
開けた視界。そこには、目と鼻の先にラトリアの顔があった。慌てて身を引こうとしたが、それはラトリアにがっしと両手で顔挟まれた事によって阻止される。そして――
「ムサシ、これからラトリアの言う事を……ちゃんと聞いて」
息を飲むほどに透き通った眼差しを向けるラトリア。その顔は部屋に差し込む柔らかな月光によって白く照らし出されているが、唯一頬だけが……薄紅色に、染まっていた。
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