第121話 牢獄の狂人と闖入者

 ◆◇◆◇


 ギルドは、大陸中に根を張る大規模組織である。それぞれの街には必ずギルドの支部が配置され、そこで活動するスレイヤー達の拠点としての役割を果たしている。

 建物の様式はその地方の風習等に合わせたデザインとなっているが、共通して建物内に設置されている部屋がある。それは、何らかの罪を犯しギルドによって捕縛された人間を拘留する為の部屋だ。


≪ミーティン≫のギルド、地下一階。四方が武骨な石造りとなっているその部屋には頑強な牢屋が設置されており、明らかに他の部屋とは一線を画す雰囲気を放っていた。

 牢の中には一つの椅子があった。空椅子では無く、きちんと人が座っている。両手両足を鉄製のフレームにロープで固定されているのは――カシマだった。


「…………」


 身動き一つとれない状態で、カシマは俯いたまま沈黙している。そのカシマを鉄格子越しに腕を組んで見据えるのは、このギルドの長であるガレオだ。

 両者の間に、言葉は無い。しかしガレオがカシマに対して遠慮無くぶつける侮蔑の視線からして、場の空気が険悪な物である事は明白だった。


「……お前はこれから、≪グランアルシュ≫で裁判に掛けられる」


 ピリピリとひり付く圧迫感が室内に満ちる中、ガレオは口を開く。


「罪状が罪状だ。研究に加担した者達共々、相当に重い刑罰が課せられるだろう……そうなれば」

「死刑にはならないよ」


 淡々と言葉を続けようとしたガレオを、突如がばっと顔を上げたカシマが遮った。

 驚くべき事に、その表情に暗い影は無かった。寧ろ浮かんでいたのは――余裕、希望、そして笑み。


「確かにボクはキミ達から見れば“大罪”を犯した罪人だ。でも……絞首台に送られる事は、絶対に無い」

「何故そう言い切れる」

「功績があるからさ。それもキミ達スレイヤーが束の間のひと時に残す様な刹那的な物じゃなく、長く人類の発展に関わるような功績が、ね」


 くつくつと笑うカシマを見て、ガレオが身に纏う防具が軋んだ。無意識に組んだ腕に力を入れた事にガレオは気付き、冷静に思考をクールダウンさせる。


「ボクが人類に齎した恩恵……その価値は、十分に知れ渡っている。立場が高い者達・・・・・・・は、特にボクの希少性を良く理解しているよ。ボクが一つ“牢の中でタダ働きをする”と言えば、それだけで十分な筈さ」

「お前が死ぬ事での利益と損失を、司法院が考慮すると?」

「そうさ。幸い、ボクはあそこの老人方・・・と面識もあるからね。彼等がボクの言葉の意味を履き違える事は先ず無い」


 ガレオは、言葉を失った。カシマの話した事が事実ならば、法を司る司法院の内部にカシマは繋がりパイプを持っていると言う事である。珍しくガレオは舌打ちをして眉間に皺を寄せた。

 司法院は何処にも属さない中立的立法機関であると同時に、法を司ると言う役目上ギルドよりも強い権限を持つ。

 そこにカシマの発言一つを名目にメスを入れるのは、はっきり言ってほぼ不可能である。仮に法廷でカシマと司法院の関係を問いただしても、物的証拠が無い現状では双方がしらを切ればそこで終わりだ。


(全く……何処もかしこも、大掃除が必要だな)


 思わぬ所で憂慮すべき事態を把握したガレオは、一旦思考をカシマから外す。その間にも、カシマは饒舌に喋り続けた。


「勿論、無罪放免と言う訳にはいかないだろうさ。牢には確実に入る事になるだろうし、下手をすればそのまま死ぬまで飼い殺しにされるかもね」


 でも、とカシマは含みを持たせながら言葉を繋ぐ。


「その程度、何て事無い。風向きが変わるまでずっと待つさ、何せ時間は幾らでもある・・・・・・

「……何? 待て、どう言う意味だそれは」


 何でもない事の様に言ってのけたカシマの一言に不気味な引っ掛かりを感じたガレオは、再びカシマへと視線を向ける。


「どうって、言葉通りの意味さ。人の価値観や法何て物は時の移り変わりで幾らでも形を変える、だからボクが罪人では無く英雄と呼ばれる時代が来るまで、暇を潰しながら待つって言う事」

「お前は……一体、どれだけ遠い未来の話をしている? ヒト族のお前が、そこまで長く生き永らえる事など不可能に決まっているだろう」


 ガレオの当然の指摘。しかしそれを聞いたカシマは、クワッと目を見開いて盛大に高笑いを上げた。


「くっ、あっはっはっはっはっはっは!! 少しは他の人間より頭が切れるかと思ったけど、やっぱりキミも凡人だね。ギルドマスターでも、この程度か」


 心底人を馬鹿にした様な視線を投げ掛けるカシマ。しかしガレオはその挑発に乗る事無く、ただじっとカシマが調子に乗ったまま次の言葉を放つのを待った。


「はーっ……知識の探求に、終わりは無いんだよ。なのにボク達人間には寿命と言う名の終わりがある。ここまでは、いいかな?」

「…………」

「だんまりかい、まぁ良いよ。兎にも角にも、ドラゴン動物人間問わず生命を持つ者は何もしなくても老いと共に死を迎える。長命種のエルフならまだしも、ボク等ヒト族の寿命何て一〇〇年ぽっちさ」


 一〇〇年も生きれば大往生だろうと言いたくなったが、ガレオはぐっと堪える。今は聞き手に徹する時だ。


「ボクには永遠に知識の海に潜り続けられる頭脳がある。でも、生命体としての寿命が足を引っ張るんだ。ボクにはそれが許せない……だから、自分の体に手を加えた・・・・・


 ひゅうと、二人の間に居座る空気が冷えた。ガレオは得体の知れない悪寒を覚えながらも、視線を逸らさずにカシマを見据え続けた。


「要は、老いなければいいんだ。そうすれば永遠にボクは考え続ける事が出来る、考えた末に得た知識を元にどんどん新しい研究に取り組む事だって出来る。だからボクはボク自身の手で自分から老いを取り去った・・・・・・・・!」

「馬鹿な! そんな事出来る筈が――」


 ガレオの言葉は、カシマの絶叫で遮られる。沈んでいた狂気が、完全に息を吹き返していた。


「出来ない訳が無いだろッ!! ボクはキミ達の様な凡人の有象無象とは違う、そんなボクに不可能は無いッ! 現に、十年前からボクの容姿は一切変わらなくなった!」

「な、に?」

「髪の毛だって、一切手を加えていないのにこの長さのままだ。肉体的な衰えも無く、ただ只管に頭脳だけが成長を続けていく理想の体を、ボクは手に入れたんだ!!」


 一頻り言い切ってから、カシマは荒く息を吐いて俯いた。言葉を失うガレオを他所に呼吸を整えたカシマは、再度顔を上げる。


「不死になった訳じゃない、ただ年を取らなくなっただけ。でもボクにとってはそれで充分……少なくとも時間の制約からは解き放たれた訳だからね。だから、幾らでも待てるんだ」


 カシマは、この上なく愉快な物を見る様な視線をガレオにぶつけている。対するガレオの目つきはどんどん険しくなっていった。


「ボクの言っている事が妄言かどうか分かる時は、いずれ来る。尤もその時には、キミ達は死にゆくだけの老いぼれになっているだろうけどね。精々霞んだ瞳でボクが太陽の下に舞い戻る姿を眺めればいいさ」

「……怪物め」


 全てを聞き終わったガレオは、静かに背負った大剣の柄に手を掛ける。

 この女は――生かしておいては、いけない。ガレオは理屈では無く、人間としてこの狂人を未来に送り出してはいけないと結論付けた。


 ガチャリと音を立てて、ブレードホルダーから大剣が抜き放たれた――その時。



「――よぉ、随分と楽しそうな事してんな」



 不意に地下室に響いた、低い深みのある声。ふわりと出入り口の扉が開いた先から、ここに居る筈の無い人物――ムサシが、姿を現した。

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