第122話 『死』のカタチ

「ムサシ!? どうしてここに……祝勝会の途中じゃないのか?」

「いや、ちょいとやるが事あってな。リーリエ達には悪いが、切りの良い所で抜けさせて貰った」


 開けた扉を後ろ手に閉めて、ムサシはガレオの下へと近付く。そして抜刀しかかっていた大剣の柄にポンと手を乗せた。


「とりま手ぇ離せ。ギルドマスターのお前が、ここでそれやっちゃいかんでしょ」

「……そうだな。すまない、少し熱くなった」

「おう。まぁ気持ちは分かるけどよ」


 深く気を吐いて思考をクールダウンさせるガレオから視線を外し、ムサシは牢の中に居るカシマへと目を向けた。


「よう。ちっとも会いたく無かったが、また会ったな」

「…………」

「無視かよ、まぁいいけど……ガレオ、悪いが椅子借りるぞ」


 そう言って、ムサシはガレオの返事を待たず看守用の椅子をガリガリと引き摺って傍に寄せた。背もたれを前にしてどっかりと腰を下ろし、鉄格子越しのカシマと対峙する。


「全部外から聞いてたぜ、随分とまぁコスい事しようとしてるじゃねぇか。頭ばっか一丁前に回るお前らしい」


「ここは防音仕様になっている筈なんだが」と言うガレオの呟きは、重く立ち込める不穏な空気に溶けていった。カシマは一つ鼻を鳴らして、口を開く。


「ふん、そんな陳腐な挑発には乗らないよ。ボクはそこの男に聞かれたから素直に答えただけさ、何も可笑しくは無い」

「ほーん、素直って言う割には随分と人をナメ腐った態度取ってたみたいだが」

「アレがボクのいつも通りさ……と言うか、さっさと消えてくれないか? 正直オマエの顔が不快でしょうがないんだ」

「そりゃ良い事聞いた、暫くにらめっこしようぜ」


 自分への暴言を一切意に介さずくくっと笑うムサシに、カシマはピキリと青筋を浮かべた。


「……オマエ達はまんまとボクを貶める事に成功したんだ、もうボクに用は無いだろ。おめでとうと言ってやるから、早く帰ってくれ」

「お? お前の口から“おめでとう”何て単語が出るとは思わなかったな」

「ボクはこれから長い時間を檻の中で過ごすんだ。外での最後の記憶にこれ以上オマエの姿と声を刻みたく無いんだよ。この程度の賞賛でボクの前から消えてくれるなら、幾らでも言うけど?」

「さいですか。でもそれはいらん、何の価値も無いからな……それに」


 一旦言葉を区切って、ムサシはコキコキと首を鳴らす。深く息を吐いてから、再度カシマへと語り掛けた。


「俺は一仕事する為にここに来たんだ。その仕事を終える前に帰る訳にはいかないんだよ」


 一仕事。その単語が出た瞬間、室内に緊張が走った。日常シーンならいざ知らず、この場面では不穏さしか感じれないのだから当然と言えるだろう。


「お前、さっき言ってたよな? 自分は不老だって、だからほとぼりが冷めるまで幾らでも待てるって」

「それが、どうした」

「いんや? 凄ぇ都合が良い・・・・・なって思ってさ」


 トントンと指で背もたれを叩くムサシを見て、カシマならずガレオもその言葉の意味を図りかねていた。ムサシは、目を細めて言葉を続ける。


「ずっと考えてたんだよなぁ……果たして、お前にとっての一番の罰って何なんだろうって」

「は?」

「自分の為だけにラトリアを十年以上に渡って踏みにじり続けたお前に、法の裁きを与えただけで十分なのかなってよ、考えてたんだ」


 この時点で、ギルドマスターであるガレオは止めに入るべきである。ムサシの口振りからして、明らかにこれからカシマに対して法を超えた何かをしようとしているのが明白だったからだ。しかし――


「ラトリアだけじゃない」

「なぬ?」

「この女は、過去にも同じ様な実験を何度も行っていたんだ。種族を問わず、ラトリアの様に適性がありそうな者を片っ端から集めていたのが、強制捜査の際に分かった」

「……その集められた人達は、どうなったんだ」

「記録上は全員行方不明者となっている。記録された場所も時間もバラバラだが、未だに一人として所在が掴めていない。魔法科学研究部に突入した際にも、姿は見えなかった……恐らくはもう」

「死んでる……いや、実験の過程で殺されたか。おけ、もう十分だ」


 うんざりだと言わんばかりに首を振ったムサシは、椅子から立ち上がる。このタイミングでガレオがムサシに、カシマの過去の悪行を伝えたと言う意味は、語るに及ばずだ。


「ふぅー……俺はお前を牢屋にぶち込むだけじゃ気が済まねぇ。死刑にでもなりゃ良いとも思ってたが、それは望み薄と来た」

「じゃあ、どうするんだい? ここでボクを殺す?」

「当たりだ、が。恐らくお前の考えている“死”と俺が与えようとしてる“死”は違うだろうな」


 カシマは、首を傾げた。考えている事など手に取る様に分かると思っていた短絡的な男の言っている意味が、本気で分からなかったからだ。


「仮にお前の根回しが全部無駄に終わって死刑が言い渡されて執行されたとしても、そりゃ法の下に与えられる死……どんなやり方かは知らねぇが、多分一瞬で終わるだろ。それじゃ苦痛の果てに死んでいった連中が浮かばれない」

「法の下に生きるなら法の下に裁かれるのが道理だろう。オマエはその道理を勝手に妄想した死人の感情を盾にして踏み外すのか? ハハッ、とんだ無法者だな!」

「……よりにもよってお前が法と道理を説くか」


 椅子に縛られながらも高らかに嘲笑するカシマに、ガレオは大きく舌打ちをする。しかし真正面から言葉を浴びせられているムサシは、平然と言い放った。


「その無法者に、お前はこれから自分の一番大切な物を奪われるんだよ。法を犯した人間がこれから法を犯そうとする者に裁かれる……三流脚本だが、お前にはぴったりだ」


 不意に、カシマの背筋に悪寒が走る。自分の命が脅かされている事には違いないが、ムサシの言い方から得体の知れない異質さを感じ取ったのだ。


「さてと……率直に言わせて貰う。お前、自分の命よりも大切にしてるモンあるよな?」

「は? 何を、言って――」

「そ・れ・は!」


 カシマの言葉を遮ってムサシはずいと顔を鉄格子に近付けて、右手の人差し指で自分の頭をコンコンと叩いて見せた。


ココに、全部しまい込んである。そりゃあもう大事に、厳重に、堅牢にな」


 ここに来て、カシマは漸くムサシが何を言いたいのかを理解した……理解して、しまった。ぶわりと脂汗を滲ませたカシマを見て、ムサシは満足気に笑う。


「図星だったみたいだな。そうだ、お前が心の底で本当の本当に失いたくないと思っているのは命じゃなくて……カシマと言う天才を天才たらしめている頭脳を使って築き上げた、記憶・・だ」


 ムサシの指摘は鋭い刃となり、カシマの平常心を一刀の下に切り裂いた。けたたましく心臓が肋骨を叩く音が脳内に反響するが、今のカシマにそれを止める術は無い。


「『お前の考えている“死”と俺が与えようとしてる“死”は違う』って言葉の意味が、分かったな?」

「……やめろ」

「俺はお前を物理的に殺すつもりは微塵も無い。寧ろ体には傷一つ付け無ぇつもりだから、そこは安心して良いぞ」

「やめろ」

「良かったな、俺に拷問とかの趣味が無くて。あぁでも、お前からすりゃ肉体的苦痛の方がまだマシか……何せ」

「やめろッッ!! それ以上喋るなぁッッ!!」


 薄暗い空間に響く絶叫。しかしカシマの願いは当然聞き入れられる訳も無く、ムサシは一切の慈悲無く告げた。



「――お前はこれからその大事なモン全部奪われて、生きながらにして死んでいくんだからな」



 ムサシの指から、ゴキリと音が鳴る。その瞬間、カシマの目には長身強躯ムサシの姿が人間では無く……ぐぱりと咢を開けた、ドラゴンに見えた。

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