第108話 お見舞いと来訪者
◇◆◇◆
簡易塗装を施された木材で作られた廊下をギシギシと踏み鳴らし、俺はリーリエとコトハを連れ立って歩く。
「
「医療施設ですからね。衛生面の兼ね合いもありますから、仮の建物と言えど乱雑には作れませんよ」
ガサガサと抱えた紙袋を揺らしながら答えるリーリエ。中に入っているのは、
「さて、ラトリアは元気してっかね」
呟きと共に思い起こされるのは、ここ数日の激動の日々だ。
――
「大丈夫とちゃう? 別れる時は喋れとったし、案外もう退屈してるかも」
ついと後ろから首を出したコトハが微笑んだのを見て、俺の胸の内にあった微かな懸念は綺麗に取れた。
「そうだな。エイミーさんも“キッチリ栄養を取らせて休ませれば一週間で退院できる”って言ってたし」
あの時、限界を超えた大技を繰り出しながら、ラトリアは自分の力をちゃんとコントロールして死を撥ね除けた。お陰で、運び込まれた段階でラトリアは小康状態まで回復していたのだ。
と言っても、体中の魔力は九割がた抜けきっていた。
「二人も、ありがとな。帰って来るまでの間ラトリアを看病してくれて」
「あはは……正直、あの環境で同じ事は二度とやりたくないですけどね」
「せやねぇ」
苦笑しながら頷き合うリーリエとコトハ。大丈夫だぞ二人とも、流石にもうストラトス号を担ぎながら帰るなんて事は無いだろうから……多分、きっと。
「お、ここだな」
そんなやり取りをしながら歩いていると、漸く目的の病室が見えた。扉の前に立ち、そっとドアノブを回して中に入る。
「あら、皆さん。お疲れ様です」
病室に入ると、ベッドの傍に椅子を置いて腰掛けていたアリアがこちらへと視線を投げた。
「おう、アリアもお疲れ。ラトリアは……」
「ん……起きてる、よ」
もう気聞き慣れた、落ち着きのある声。シーツに空色の髪を下ろして横になっていたラトリアが、ゆっくりと体を起こした。
「おっと、起きて大丈夫なんか?」
「ん……もう、平気。体も、軽い」
そう言ったラトリアは、その場で腕をぐるんぐるんと回して見せる。なんつーか、“元気になったアピール”をしてる子供みたいだな。言ったら怒られそうだから口には出さんけど。
「そうか、でも焦らんでいい。全部終わったんだし、今はしっかりと体を休めろ」
「むぅ……本当に、もう大丈夫なのに」
「まぁまぁ、そう拗ねないでラトリアちゃん。ほら、お見舞いに色々持ってきたから!」
反対側に回ったリーリエががさごそと袋を漁り、品物を取り出す。中に入っているのはアリーシャさんが作ってくれたサンドイッチなどで、それを見たラトリアに瞳は露骨に輝きを増した。
にわかに病室が活気づく。女性陣が和気あいあいと会話を始めたのを見て、俺は一歩引いてから腕を組んだ。
(こうして見ると、本当にほぼ回復してるみたいだな……体質も関わってきてるんだろうが、やっぱ“自分自身をモノにした”ってのが一番デカいだろうな)
今までの様に敷かれたレールに沿って魔法を行使するのではなく、一度そのレールを壊した上で自分で作り直す。それによって、ラトリアは真に己の全てを制御下に置いた。
それが出来たからこそ、本来使ったら死んじまう限界を超えた魔法の行使に成功した。全く、大したものである。
「そう言えば……ムサシさん、ギルドの方はどうでしたか?」
ふと思い出した様に輪から離れて聞いてきたアリアに、俺は頭を掻きながら答えた。
「あぁ、そうか。アリアはずっとラトリアについてたもんな……シンゲンさんには粗方説明し終わった。つっても、ありのままを報告しただけだから、
今回の件は前例が無い事だらけなので、一先ず
「でも、生態云々については正直厳しいと思うわ。何せ亡骸はもう樹になっちまった訳だし」
「それは、確かにそうかもしれませんね」
ううむと、アリアと共に顎に手を当てる。
まさか、
「シンゲン様は?」
「えっとな……事が進むのが自分が予想してたよりもずっと早かったらしくてよ、中央から鷹が飛んで来たってのもあって早馬飛ばして≪グランアルシュ≫に向かったよ」
「そうですか。帰還方針が固まるまでの町の運営だけでしたらワタシ達ギルド職員だけでもどうにかなりますし、防衛に関しては……問題ありませんからね。早めに発って正解だと思います」
「そーゆー事」
アリアの視線を受けて、俺はフンスと胸を張る。一部派遣された青等級スレイヤーは残っており、そこにウチも加わるんだからアリアの言う通り対ドラゴンへの備えは盤石だ。
「ま、取り敢えずは暫くゆっくり出来るよ。何か他の人達も俺等に気ィ遣って仕事回さない様にしてるみたいだし」
もう町の人達には
「なんか、≪ミーティン≫に戻ってから街を挙げての祝勝会みたいなのもやるって話だ。俺等全員強制参加だとよ」
「それは、ムサシさん達の功績を考えれば当然かと」
「そ、そうかな?」
「はい。何せ人類史に名を刻む偉業をやってのけた訳ですからね、その内中央から褒賞の授与もあると思います」
マジか、それはちょい面倒くさそうだな……あったとしたら、多分拒否権は無いだろう。大人しく、足を運ぶしかないのかね。
「ムサシ……」
「おん? どうした」
不意にラトリアから呼ばれたので、俺は腕を解いてベッドの傍まで戻る。そこで、ラトリアは手に持っていた見舞い品を一度置いてから俺の瞳をじっと見詰めて来た。
「自分で言うのも、あれだけど……ラトリアは、頑張ったと思う。すごく、頑張ったと思う」
「お、おう。そうだな、それは間違いない。てか、ぶっちゃけ誰よりも頑張ってたと思うが……」
ちらりと視線を彷徨わせれば、皆一様に首を縦に振った。それを確認してから言葉の意味を考えた時、ピンと俺は頭に思い浮かんだ
「もしかして、何かご褒美的なのが欲しいのか?」
俺がパチンと指を鳴らして聞くと、ラトリアはきょろきょろと瞳を動かしながら小さく頷く。ビンゴだ。
「ほう、ほう! いいじゃんいいじゃん、どんと言ってみ?」
うんうんと頷きながら、俺は笑みを作る。
下手に気を遣わずこう言う事を言えるのは、非常に良い事だ。ラトリアの活躍から考えるなら、相当無茶な事を言っても許される。そして俺はそれを、出来るだけ叶えてあげたいとも思う。
「え、えっと……それじゃあ。ラトリアを、このままムサシ達のパーティーに――」
ラトリアが意を決して口を開いた時、不意に室内の空気が大きく動いた。
誰かが、ドアを勢いよく開け放ったのだ。病院でそれをやっちまうのがまず有り得ないが、次に聞こえて来た
「――――やっと見つけたよ、
視界に入った招かれざる客。それは、如何にも研究者然とした出で立ちをしている……一人の、女だった。
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