第100話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 18th.Stage

 迫り来る破滅の光に真っ向から対峙した大男――ムサシは、双剣形態の金重かねしげを大きく振り被った。


「――フンッッ!!」


 剛腕一閃。渾身のパワーを込めて振り放たれた斬撃は、目と鼻の先に広がっていた視界一杯の地岳巨竜アドヴェルーサ竜の吐息ドラゴンブレスを、暴風と共に一瞬で散華させた。

 周囲に霧散した魔力が、粉雪パウダースノーの様に降り注ぐ。さらさらと体の上を伝って落ちていく薄緑色の粒子を振り払って、ムサシは背後を振り返った。


「いやぁ、色々とギリギリだったなオイ!」


 カッカッカッと笑いながら、ムサシはコトハに支えられているリーリエを見る。くたびれた笑みを返すリーリエだったが、注視した限りどこにも外傷が見受けられなかった事に、ムサシは一先ず安堵した。


「……とっ!」


 視界の下方で、ふっと動いた小さな影をムサシは右手の金重かねしげを地面に突き立ててから慌てて抱き止める。

 片膝を付いて、影――ラトリアの顔を見れば、一目でよろしくない状態・・・・・・・・だと言う事が分かった。


「リーリエ、一体何があった?」


 目を閉じて小さく呼吸を繰り返すラトリアを気遣いながら問い掛けるムサシに、リーリエは小さく首を横に振った。


「分かりません……【六華六葬六獄カタストロフィー】の行使中に、ラトリアちゃんの体に組み込まれた“あの機械”が、突然妙な動きを見せ始めて」

「妙な動き?」

「はい。状況が状況なので、詳しくは省きますが……マジカルロッドと、ラトリアちゃんの背中からせり出した機械が、一人でに動くケーブルで繋がったんです」


 何だそれは、とムサシは絶句する。まるでSFの世界だと思った。


「そのケーブルを介して、ラトリアちゃんの体内から直接魔力が取り出されました。その魔力がマジカルロッドに注がれた事で、【六華六葬六獄カタストロフィー】の威力が途中から爆発的に上がったんです。でも……」

「危険やね。そないな荒業、下手したら命に関わるわ」

「はい。この一連の流れに、ラトリアちゃんの意志は介在していませんでした。なので、魔力が消失してしまう前に、私の方で強引に供給を断たせて貰いました」


 成程、とムサシは納得する。今の会話で、大地を疾駆している間に目撃した宇宙戦争・・・・が勃発した理由が分かったからだ。


(しかし……本人の意思とは関係なく、勝手に魔導機構ギミックが作動したのか。十中八九、ラトリアは把握してなかっただろうな。把握してたのは――)


「博士か」とボソリと呟いた時、ムサシの腕に体を預けていたラトリアが小さく呻き声を上げた。


「っ、魔力回復液マナポーション体力回復液キュアポーション!!」


 ムサシが弾かれた様に呼び掛けるとほぼ同時に、がらがらと回復液ポーションの類が足元に転がり、幾つかが素早くムサシに手渡された。


「ラトリア、ちょい口開け……ラトリア?」


 手に持った回復液ポーションを飲ませようとした時、ムサシは異変を感じる。ラトリアの顔から、みるみる内に血の気・・・が引いて行ったのだ。


「お、おいリーリエ! これやば――」

「【治癒ヒール】・【加算アディション】!!」


 ムサシの声を遮って、リーリエが損耗した体に鞭打ち力強い詠唱と共に治癒魔法を発動させた。


 ◇◆◇◆


【Side:???】


(くらい、暗い、くらい)


 ぼうっとしたまま、ラトリアは真っ暗な世界を下へ下へと墜ちていく。

 ここが何処なのかは、分からない。ただ、暗くて冷たいとても嫌な場所だ。進んで長居をしたいと思う様な所ではない。

 でも、戻れない。戻ろうにも、光が見えないのだ。加えて、手足の自由も効かない。全身を闇に包まれたまま、ただふわふわと下へと引かれていくのみだ。


(……これは、きっと罰だ)


 何も残せなかった、何も出来なかった自分への罰なのだ。だから、こんな場所へと送られてしまった。

 ……あの時、頭の中に響いた声。それが何の声なのかを確認する間もなく、ラトリアの中にあった扉が勝手に開かれた。

 同時に襲い掛かって来る、激痛いたみ。生命いのちその物が摩耗していく感覚に、ラトリアは目を瞑って耐えるしかなかった。

 ぼんやりと記憶の中に残っているのは、信じられない程に凶悪な破壊力を得た自分の魔法だ。

 一瞬、勝てるかもとも思った……でも、ダメ。好き勝手に動かれたけど、自分の体の事だ。これだけの代償を支払っても、地岳巨竜アドヴェルーサを殺す事は叶わないと、本能で理解してしまった。

 そして、リーリエがラトリアを止めた。その判断は正しかったと思う。あのままじゃ、ラトリアは確実に自分自身に喰われてしまっていたから。


 でも、それでおしまい。自分で自分を殺すか、地岳巨竜アドヴェルーサに殺されるか……結局、その二択しかなかったのだ。


(リーリエは……みんなは、どうなったんだろう)


 ぼんやりと、もう会えないであろう人達の事を思う。すると、唐突に足の先端がとんと底を突いた。

 いまいち足元が安定しないまま、ラトリアは立つ。踏み締めた足の裏に伝わる感覚は、柔らかい砂を踏んでいる様だった。


(ここは、どこなんだろう)


 さく、さく。子気味良い音を立てながら、ラトリアは闇の中を歩く。歩いてはいるが、あては無かった。出口があるとも、思っていなかった。


(……寂しい、なぁ)


 ふと、涙が零れる。自分は感情が薄いタイプだと思っていたが、どうやら辛い現状に泣く事くらいは出来る様だった。

 だが、果たして今の自分にそれは許される感情なのだろうか。涙が足元に落ちるのを見ながら、そんな事を漠然と考えた……その時。


(……え?)


 ひゅっと、ラトリアの前方から光が差した。弾かれた様に、頭を上げる。

 そこには、二人の人影があった。片方は男性で、もう片方は女性の様だ。果てしない闇の中で、その二人だけが白く輝き、光を放っている。

 見えるのはシルエットだけ。でも、電撃的に脳内に閃いた感覚が、二人の正体をラトリアに伝えた。


「……おとう、さん? おかあ、さん?」


 震える声が漏れると、二人の光は更に強くなる。思わず、ラトリアは駆け出していた。


「お父さん、お母さん!!」


 まだ幼い頃に両親を喪ったラトリアにとって、父と母の記憶は朧気にしか残っていない。

 それでも、必死に走る。会ってどうするのか、触れてどうするのか……そんな事は、考えていない。ただ今は、このこどくから少しでも逃げたかった。


「うあっ!?」


 しかし、そんなラトリアを突然闇が掴んだ・・・・・

 ずさりと、ラトリアは地面に転がる。肌の上をざわざわと這い回りながら体を覆いつくしていく得体の知れない漆黒に、心の底から嫌悪感と恐怖を感じた。


(いやだ……いやだ、よ)


 視界がじわじわと狭まっていく中で、ラトリアの瞳からぼろぼろと涙が零れた。

 どうして、どうしてラトリアだけがこんな目に合うんだ。小さな頃に親を失って、良く分からない所でひたすらに辛い目に合わされて……こんなのって、あんまりだ。


「結局……ラトリアは、最期まで……ひとり、だ」


 薄れていく意識の中、乾いた笑みが浮かぶ。

 もう、何もかもがどうでもいい。ここでラトリアは完全に消える……もう、全てが遠い・・・・・

 心を覆いつくす諦観。しかし、突如として明瞭な声が聞こえた。



『――――本当に、そう思ってる? 本当に、全部諦めてる?』



 降って湧いた、灯火の様な声。それは、他の誰でもない……ラトリア自身の声・・・・・・・・だった。

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