第82話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 3rd.Stage

 音が消え、全てがゆっくりと微睡む世界を、俺は全速力で疾駆する。

 体感は普段の全力走りと変わらないが、傍から見ると今の俺の姿は瞬きの間に常識から外れた距離を移動した様に見えるだろう。

 そして辿り着く。未だ開け放たれた大口を閉じ切れていない、地岳巨竜アドヴェルーサの眼前へと。急ブレーキで地面は蹴り砕かれ、舞い上がる砂塵の動きは酷く緩慢だった。

 悠然と佇む地岳巨竜アドヴェルーサは、首を真上に向けなければその鼻っ面が見えない。直近で見るその姿は、俺に遠くから見ていた時とは全く別次元の威圧感を感じさせた。


(うん、こりゃすげぇわ。逃げてった連中が恐慌状態に陥るのも無理はねぇ)


 バチンと金重かねしげを大剣形態に変えながら、ぽつりと感想を思い浮かべながら俺は全身の筋肉に力を行き渡らせる。

 さぁ、情景に思いを馳せるのは終わりだ。こちとら大急ぎの特急便、リーリエが魔法を維持出来ている間に終わらせる。

 飛駆竜クラークスを討伐したあの時の様に、大剣形態に移行させた金重かねしげを正眼に構える。狙うは正中線、唐竹割による一刀両断だ。

 極限まで研ぎ澄ませた集中力が全身に行き渡ると、構えた金重かねしげからが消える。その状態を維持したまま俺は静かに金重かねしげを天高く掲げ――狂い無く、振り下ろした。


「――ッッッッ!!!!」


 短い覇気と共に、引き絞られていた全ての筋肉が枷を外されその力を爆発させる。踏み込んだ右脚が大地を砕き、振り抜かれた金重かねしげの剣先が地面を斬り裂いた。

 しかし、音無きこの世界でそれら力の解放が引き起こした音色を聞く事は叶わない。唯一聞こえたのは、無音の壁を撃ち抜いた己の覇気のみだ。

 飛駆竜クラークスを真っ二つにした時は、この時点で相手がどうなったのか悟る事が出来た。だからこそ……理解する。



(……、だな)



 空を伝って掌に届いた、無慈悲な結果。冷え切った思考は、現実を冷静に受け止めた。

 金重かねしげが放った、山をも断つ一撃。それは、間違い無く地岳巨竜アドヴェルーサの頭の先から尻尾の先までを、真一文字に駆け抜けた。

 普通なら、それで終いである。だが……地岳巨竜アドヴェルーサの強度は、俺の予想を遥かに上回っていた。

 見えざる刃が伝えた感触は、これまで経験した事の無い未知の代物だ。とてもではないが、他の存在と比べる事など出来なかった。

 金重かねしげは、なまくらである。しかし一度ひとたび身体強化を施された俺の力が加われば、その比類なき頑強さで全てを受け止め、超常の速度を得る。

 結果、鈍器と呼ばれても仕方の無かった金重かねしげは、如何なる名刀をも上回る大業物となるのだ。

 その金重かねしげの一撃で断ち斬れぬ物など、存在しなかった――今日、この瞬間までは。


(不思議だ、まるで自分がになった気分になる)


 散々今まで周りに『規格外』だの『人外』だの言われ、俺もまたそんな自分自身の特異性と言う物は理解している。自画自賛でも何でもなく、周りが認める事実だ。

 しかし――今の俺は、どうだろうか。仲間の協力を経て自分が出せる最強の一撃を繰り出したにも拘らず、それを凌がれてしまったのだ。

 起きた事だけを見るなら、己の力不足に打ちのめされたいちスレイヤーである。自分のアイデンティティーである魔の山で身に着けた身体能力フィジカルですら、胡蝶之夢こちょうのゆめだったのではないかと思わせる散々な結果だ。


(バカ言え、それこそ夢幻ゆめまぼろしだろうが)


 パチンと下らないセンチメンタリズムを頭から消去し、即座に俺は次の行動を取った。

 己の力不足を嘆いている暇は無い。時間は限られているのだ、一之太刀が通らなかったのならば二之太刀を使うまで。

 と言っても、これ以上の破壊力を生み出すのは現時点では至難の業。ならば、斬る場所を変えるしかない。

 振り切った金重かねしげを流れる様な動作で腰溜めに構え直すと、俺はそのまま地岳巨竜アドヴェルーサ

 地面スレスレを這う様に疾駆すれば、一瞬で目的の場所へと辿り着いた。そこは、人間ドラゴン互いに共通する急所の一つ――の、真下だ。

 見上げれば、遥か上空に生物としてはあり得ない太さの頸部けいぶが見える。他のドラゴンの様に長くは無く、本当に頭部と胴体の渡し船としての役割を果たす為だけに存在しているかの様だ。

 俺は視線を細め、その首を見定める。ただ力任せに斬ったのでは、さっきの二の舞だ。なので、狙うのなら外殻と外殻の境界が望ましいのだが……。


(……参ったな、が無い)


 視界から入って来たこちらの思惑を叩き潰す情報に、俺は眉間に皺を寄せて歯噛みした。

 通常、ドラゴンの体表は硬い外殻や鱗に覆われている。飢渇喰竜ディスペランサの様な例外もあるが、少なくともこの地岳巨竜アドヴェルーサはその例外に当て嵌まらない。

 途方も無い巨体を有するが、その体はきっちりと外殻に包まれている。正面から斬り伏せられなかった以上、首を落とすにしてもより防御の薄い外殻と外殻の継ぎ目に斬撃を叩き込む必要がある訳だ。

 しかし……地岳巨竜アドヴェルーサの太く短い頸部は、他の部位とは明らかにで覆われていた。

 頭部や背面、脚をカバーする外殻とは全く違う。かと言って、飢渇喰竜ディスペランサの鱗の無い肌と言う訳でも無い。

 パッと頭に浮かんだのは……だ。深い緑色だが、その表面は他の部位の様に苔生してはいなかった。

 外殻でも鱗でも無い、全く見た事の無い特異な材質。だが、決して体表が剥き出しと言う訳では無い……不気味な重厚感を見せるアレは、間違い無く防御器官だ。


(クソッたれ、迷ってる暇はねぇか!)


 言いたい事、考えたい事は多々あるが、今は動かなければ。

 不可解な頸部を見上げながらも、俺は思い切り両脚に力を入れる。脚を起点として全身に一瞬で筋力をフルチャージした所で、俺は金重かねしげを腰から天に向けて抜剣した。

 再び放たれる、不可視の斬撃。繰り出した際の体勢的に正眼の構えからの一撃には、威力で劣る。しかし、位置関係なども踏まえて、この場所から使える最大威力の一撃だ。

 理想は、輪切りによる一刀両断。それをカタチにするべく地岳巨竜アドヴェルーサへと襲い掛かった斬撃は、寸分の狂いも無くその頸部を捉えた。

 未知の防御器官で守られていようが、そんな事は関係無い……が。


(――駄目だ、けねぇッ!!)


 果て無く伸びた見えざる剣先が、またしても弾かれた。

 何だあれは、伝わる感触が不気味過ぎる! 実際に斬った痕を明確に視認できるのは、この加速時間が過ぎ去った後だろうが、それを待たずともこの二撃目が不発だったのが分かった。


(まだだッ!)


 振り抜いた体勢から右脚を軸に体を回転させる。発生した遠心力を利用し、俺は直上へと跳び上がった。

 刹那の間に地面から俺の体が上方へと舞い上がる。そこで更に空中を数度蹴り抜き、段階的な加速を経て俺は完全に地岳巨竜アドヴェルーサの頭上へと躍り出た。

 眼下に広がるのは、大地その物を思わせる広大な面積を有する地岳巨竜アドヴェルーサの頭部と、頸部。頸部は上面もあのカーボンの様な見た目をしている器官で覆われている。


(今度は重力もプラスして……っとォ!)


 ギチリと筋肉を引き絞り、俺は空中に留まった状態で勢いよく体をの様に回転させた。空を蹴り、重力に従って落下を始めながらも、回転速度を更に加速させる。

 筋力+身体強化+遠心力+重力。四つを合わせた渾身の一撃を、俺は地岳巨竜アドヴェルーサへと――ブチ込んだ。


フンッッッッ!!!!」


 気合いと共に放たれた斬撃は先の二撃とは違い、直接金重かねしげの剣身を地岳巨竜アドヴェルーサの首に叩き込む形となった。

 バキリ、と何かを砕く感触。一瞬たりとも閉じられる事無く見開かれた俺の両目は、得体の知れない地岳巨竜アドヴェルーサが引き裂かれたのを、確かに見た。

 同時に、斬り口から覗く内部構造も捉える。それを見て、俺は目を見張った。

 破れたの裏側にあった物。それは、一番上を守る平織の物質とは明らかに違う複数の素材で組み上げれ、幾重にも積み重なった第二第三の装甲だった。


複合コンポジッ装甲トアーマー!?)


 瞬間的に呼び起こされた地球に居た頃の古い記憶から、当時何かの拍子で知ったミリタリーな情報を引き出す。

 しかし、それが正しい物かを確認する前に、

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