第81話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 2nd.Stage

「本当なら、もうちっと戦術を練った所で挑みたい所だが……そうも言ってられない」


 手足にわずかに残る痺れを振り払いながら、俺は周囲を見回す。

 地岳巨竜アドヴェルーサが残した爪痕は、悲惨な物だった。竜巻が通った後の大地は無残にめくり上がり、緑に覆われていた地表は茶褐色の肌を晒している。

 俺が立ち塞がっていた場所とその後方を除いて、全てその状態である。そして、俺の前方には地岳巨竜アドヴェルーサへと伸びる半円状の道が、地面をくりぬかれて出来上がっていた。

 巨大なトンネルを逆さまにひっくり返した様な、急造の通り道。仮に同じ規模の道路を人間の手で作ろうとすれば、一大公共事業となるだろう。

 しかし、地岳巨竜アドヴェルーサはそれをたった一発の雄叫びで作り上げてみせた。一挙手一投足全てが、桁違いだ。


「全乗せ、という事は……≪ネーベル鉱山≫の時と、同じ事をやるんですね?」


 息を整え、体の土埃を払い落としながらリーリエが立ち上がる。俺は小さく頷き、右手の金重かねしげ地岳巨竜アドヴェルーサを指した。


「あの野郎の攻撃は、間違い無く一発一発がだ。何度も繰り返されたら、地形が変わるどころの騒ぎじゃなくなる。各地の避難所は確実に安全だと言える所に設置されてるが、物事に絶対は無い……最悪のケースを考えるなら、今使えるを叩き込むしかない。その為には、を重視した【全能覚醒強化フルオーバードライヴ】じゃ足りないんだ。リーリエにとっちゃ、キツい話だとは思うが」

「構いません。一点突破の最速最大火力を生み出すのならば、ムサシさんの言う通り全乗せ以外に選択肢はありませんから」

「悪いな、頼む」


 ギチリと奥歯を噛み締めながら、俺は金重かねしげを握る手に力を入れる。

 過去の出現時、地岳巨竜アドヴェルーサは明確な攻撃行動を一切取っていなかったが……これはある意味、だったと言えるかもしれない。

 攻撃の詳細な内容までは予測出来ない。言っちまえば、アイツの繰り出す技は全部初見だからな……ただ、あの図体でしょっぱい攻撃をして来るとは微塵も思っていなかった。

 だから、“ある意味”予想通りなのだ。誤算だったのは、小休止を挟み体勢を整えながらやる暇なんてのは無かったって事だ。


「≪ミーティン≫の避難が終わるのを待って正解だった。こんな馬鹿げた一発を繰り出してくるヤツ相手にして、あそこに人なんか残しておける訳がねぇ」


 ちらりと背後を振り返れば、遠くまで伸びる超咆哮ハイパーシャウトの痕跡が見える。俺達が間に入ったから急激に威力を削がれたものの、下手すりゃ≪ミーティン≫にそのまま届いていたかもしれん。


「次の一撃が、どう来るかは分かりません……やりましょう、ムサシさん」

「うっし……コトハ、ラトリア。すまんがありったけの魔力回復液マナポーションを用意して、リーリエの傍にいてくれ。詳しくは後で話すが、これから十中八九リーリエは魔力枯渇になる」

「――! まかしといて」

「いち、に……ストラトス号に入っているのも、持ってくる」


 リーリエが魔導杖ワンドを構えて詠唱の体勢に入り、コトハとラトリアは手早く魔力回復液マナポーションを揃え始める。

 リスクが高いのは否めない。何せ本来なら十二分に情報を集めた上で討伐するって計画だったのに、全部を全部すっ飛ばしていきなり決めに行く訳だからな。

≪ネーベル鉱山≫でリーリエの補助を受けて俺が繰り出した一撃は、威力規模共に間違い無く今の状況で出せるだ。

 コトハの【神威照雷シンイショウライ天破刃斬アメノハバキリ】は一撃の必殺力は凄まじいが、効果範囲が狭い。コトハには悪いが、まず一撃でアイツを倒すには至らない。

 ラトリアの【六華六葬六獄カタストロフィー】は広範囲で高威力を叩き出せるが、地岳巨竜アドヴェルーサが魔力を吸収すると言う特性を持つ以上、用いる大量の魔力も相まって逆に活力を与える可能性がある。

 そう考えれば、常人とは比べ物にならない突き抜けた量の魔力を有するラトリアが、魔力枯渇と引き換えに繰り出す【六華六葬六獄カタストロフィー】に比べて、魔力量に関して常人のリーリエが扱う強化魔法は、使用魔力が前者に比べて圧倒的に少ない。

 つまり、もし魔力を吸われてもそれが地岳巨竜アドヴェルーサに与える影響はより少なく済むのだ。かなり打算的な考えではあるがな。

 しかし、それでも魔力吸収によってリーリエに過度の負荷が掛かる可能性がある事には変わりはない。なので、超短期決戦が必須となる。

 でもって、幸いな事に全乗せ状態の俺は数瞬と言える時間の中で最大の一撃を繰り出せる。つまり、≪ネーベル鉱山≫を叩き斬ったあの斬撃だ。

 全ての条件をクリアし、この切迫した状況で切れる最善のカードである。威力的にも規模的にも、地岳巨竜アドヴェルーサにブチかませるのはこれしか無い。


(ただ……問題なのは、場合だな)


 静かに意識を研ぎ澄ませていく俺の脳内に、現実的な懸念が浮かび上がる。

 当然、俺はこの一撃で決着ケリを付けるつもりでいく。だが、それでも常に駄目だった時の事は頭に入れておかなくてはならない。

 地岳巨竜アドヴェルーサは山の様な巨体を有するが、れっきとしたドラゴンである。無機物の≪ネーベル鉱山≫とは違う。

 防御力、魔力吸収以外の能力、etc.……分からない事だらけなのだ。圧倒的情報不足の中、何もかもを前倒しでやらなきゃいけない。改めて考えると、滅茶苦茶無謀だなオイ。


「二人とも、一つ聞かせてくれ」

「うん?」

「なに?」


 集中力を高めているリーリエを邪魔しない様にしながら、俺は気になっていたをコトハとラトリアに確認する。


「さっきの竜巻あったじゃんか。アレ、魔力的なもんって入ってたか?」

「入っとらんかったね」

「ん……ラトリアも、特に感じなかった」

「成程ね。じゃあアレは竜の吐息ドラゴンブレスでも何でもなく、ただ単に吸った息を吐いただけの純度百%の物理攻撃だったって訳だ……馬鹿かアイツ、無茶苦茶すぎんだろ」


 げんなりしながらそう吐き捨てた俺に、コトハは溜息を吐いて同意し、ラトリアは小さく頷く。

 もしかすると、地岳巨竜アドヴェルーサの真に警戒すべき所と言うのは、身体に備わっている特殊能力などでは無く……その体躯を活かした、圧倒的パワープレイなのかもしれない。

 そう考えると、俺とアイツはの部分は似た者同士だな。


「……ムサシさん、こっちは準備が終わりました」


 その言葉と同時に、リーリエの魔導杖ワンドが白く力強い光を帯びる。俺はコトハとラトリアとの会話を打ち切り、全身に力を漲らせた。


「おっけ、こっちはいつでもいいぞ」

「はい。では……」


 すぅ、とリーリエが息を吸う音が聞こえ……詠唱が、始まった。


「――【脚力強化レグフォース】・【加算アディション】! 【腕力強化アムフォース】・【加算アディション】! 【膂力強化ストレグフォース】・【加算アディション】! 【心肺強化クオレフォース】・【加算アディション】! 【骨格強化フレムフォース】・【加算アディション】! 【感覚強化センスフォース】・【加算アディション】っ!!」


 夥しい数の強化魔法が一つ発動する度、俺の体が軋みを上げる。対象者の地力が高ければ高い程その効果を増す光魔法の身体強化は、相変わらず俺との相性が抜群だった。


「ありがとな。ちっとばかし持ち堪えてくれ」

「は、い……」


 必要な分全てを詠唱し終え、苦し気な表情を作りながらも小さく笑ったリーリエに、俺もまた笑みを返した。


「行ってくる――――ッッ!!」


 白光を身に宿した俺は、一息吸って全力で地面を蹴る。瞬間、回っていた世界は……その時を、止めた。

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