第66話 古より来たりし竜

 地鳴り、などと言う生易しい物では無い。強烈な振動に、受け身を取る間もなく俺達の体は宙へとカチ上げられた。


「うおっ!!」

「きゃあっ!?」

「なんやッ!?」

「あぅっ!」


 予想だにしていなかった不意打ち四者四様の声を上げたが、俺は即座に体勢を整えて三人の体をキャッチし、地面へと着地する。

 設置されていた簡易テーブルや椅子は薙ぎ倒され、乗っていた食器や食いかけの料理が無残にも地面へと投げ出されてしまった。

 その間にも、森全体を揺さぶる轟音と衝撃は収まらない。傍を流れていた川は跳ね上がり、水飛沫が辺り一帯へと撒き散らされた。

 一体何事だと考える間も無く、俺達の上からミキミキと言う音と共に幾つもの影が降って来る。反射的に首を上げると、振動で根っこから地面から引き抜かれた幾つもの巨樹きょじゅが、こちらへと向けて倒れ込んで来ていた。


「あっ、テメ! ふざけんな!!」


 弾かれる様に俺は安定しない足場を強引に踏みつけて立ち上がり、俺達を圧し潰さんと迫る木々へ拳を叩き込んでいった。


フンッッ!!」


 震える空気を引き裂き放たれた拳は、直撃コースにあるヤツだけをピンポイントで撃ち抜いて行く。一〇〇mを超える巨樹きょじゅは、俺の一撃でその幹を粉砕されて吹き飛んでいった。

 そうしている内に、徐々に揺れが収ま――らない! 何だこりゃ、一体どれだけ……いや、でも多少はマシになったか?

 少なくとも、ウン千年生きて来たセコイア級の巨樹きょじゅが倒れて来る事は無くなった。だが、その他の細かい木の枝やら何やらがまだあちらこちらから降って来たり飛んで来たりしている。さて、どうしたもんかなコレ……。


「――【防壁展開プロテクション】・【加算アディション】ッ!」


 俺が次の手を打ち損ねていた所、響き渡る轟音を切り裂いてリーリエの鋭い詠唱が飛んだ。

 詠唱と同時に、瞬く間に俺達の真上に幾つもの青白い半透明の魔法障壁が現れる。それら一つ一つが結び付き、一〇m四方のハニカム構造のが出来上がった。

 それのお陰で、降り注ぐ枝や石は悉く俺達に届く前に弾き飛ばされていく。視線を移せば、そこにはラトリアに覆い被さりながら魔導杖ワンドを天に掲げ、必死に【防壁展開プロテクション】を維持しているリーリエの姿があった。


「すまんリーリエ、助かった!!」

「い、いえ! それより、これは一体……!?」


 魔法を懸命に維持しながら困惑の声を上げるリーリエに、俺は言葉に詰まる。

 いや、思い当たる節はある。だが、実際に姿を目にしている訳じゃ無いので、確実にそうだとは言い切れないのだ。

 しかし……体中の全細胞が感じ取っている、この全方位から襲い来る圧倒的な存在感。この正体を確かめるには……動くしか、ない。


「リーリエ、この場を任せてもいいか!?」


 俺が大声でそう聞くと、リーリエは大きく目を見開いてから、ハッとした様な表情になり何度も頷いた。


「よしッ! しんどいかもしれんが少しの間持ち堪えてくれ、直ぐに戻るッ!!」


 そう言い残して、俺は揺れる地面を足で叩き潰しながら傘の下から出る。そのまま跳躍すると、近い範囲にある中で一番大きく、いまだ健在の巨樹きょじゅを全力で駆け上った。


「どぉぉおおおおりゃぁぁっっせええええいコンチクショウがぁぁああああッッ!!」


 体に当たる木々の枝などを掃う事もせず、俺は最速で天を目指す。

 いつぞやの≪オーラクルム山≫の絶壁を登攀した時よりもはやく、俺の体はぐんぐんと空へ向かって突き進んでいく。

 細かい枝を蹴散らし続け、俺は巨樹きょじゅの天辺へと辿り着いた。突き出ていた一番太い枝にズンと足を下ろして、俺は感じ取った途方も無く巨大な圧力プレッシャーの根源へと視線を向ける。



 そして――遂に、見た。



「う、わ……マジかよ……」


 視界に映った、おおよそこの世の物とは思えない光景に、俺は思わず自分の目を擦った。


 ――そこは、大地が。比喩でも何でもなく、白亜はくあ樹海じゅかいの一部が、大量の土砂をとんでもない高さまで巻き上げて弾け飛んでいたのだ。

 まるで、地下で核実験が行われているような光景……最早、災害の域である。その中心に、を、俺は視認した。


「……ちょっと待て、あんな所になんて無かった筈だぞ」


 そう口にしつつも、俺の目は確かにその有り得ない光景を捉えていた。

 見間違いでは無い。この森に生える巨樹きょじゅが爪楊枝に見えてしまう程の、巨大な

 しかもそいつは、白亜はくあ樹海じゅかいをズタズタに引き裂きながらのだ。

 大地を割って徐々にその面積を増していく正体不明の山……否、そうではない。


 ここまで来たら、認めざるを得ないだろう。眼前に映るアレは、地形じゃない……意思を持って動く、だ。

 俺がかつて暮らしていた地球に生息していた動物の中で、最大の種は白長須鯨シロナガスクジラである。そのデカさときたら、大昔に生きていた恐竜なども含めた中で一番だ。

 しかし……は、そういうレベルじゃない。確かな事は、アイツが全長・体高・重量、その他面積や体積。そう言った情報を測るのが、あまりにも馬鹿馬鹿しいと感じられる程の巨躯の持ち主だって事だ。


「“山より高く海より深い”……成程、あのデカさならその表現も納得だ」


 俺がそう呟くと同時に、一際大きく広範囲の樹海が吹き飛んだ。

 ゆっくりと地面から現れたが、天を仰ぐ。ずんぐりむっくな途方も無く太い首を重厚な音と共に起き上がらせ、それに合わせる様にしても地面から引き抜かれた。

 次の瞬間に響き渡る、大気をビリビリと震わせる爆音。それは、地表に出たアホほど巨大な前脚を、地面に叩き付けた事によって生じた音だった。

 踏んだ場所を大きく沈めながらも、前脚はぐぐぐっと身体を支える。もう、ヤツは自身の姿を殆ど晒す程に地表へと這い出て来ていた。


 その威容を見て、パッと頭に思い浮かんだのは“”だった。飼育放棄されて池や用水路に捨てられ、偶にニュース番組で取り上げられる、アイツである。

 つまり、山だと思っていた場所はワニガメで言う“甲羅”だった訳だ。この場合は、と言った方が正しいか。

 バラバラと土砂が落ちれば、その下からは大小様々な突起が組み合わさった背面外殻が露になる。表面はびっしりと苔生しており、一部にはこの白亜はくあ樹海じゅかいにある巨樹きょじゅをも凌ぐ巨木らしき物まで生えていた。


 アイツが如何に長い年月を生きて来たかを物語る、痕跡。今まで地面の中に潜っていたのなら、ボロボロに崩れ落ちていても良いと思うが、随分と綺麗に生えそろっている。

 かなり深く根付いているのか、それとも環境の特殊性故に既存の常識に全く当て嵌まらない成長を遂げたのか……まぁ、だろうな。


 その頭部にある巨大な双眸が、厳かに見開かれる。俺はヤツをワニガメに例えたが、瞳孔が縦に伸び見る者全てを圧倒するその深い金色の瞳は……れっきとした、ドラゴンまなこだった。



「――グゴォォォオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!」



 大口を開けて放たれた超咆哮ハイパーシャウトは、足元に残っていた土砂や木々を根こそぎ吹き飛ばす衝撃を伴い、白亜はくあ樹海じゅかいを飛び越えて遥か彼方まで轟いた。

 余す事無く拡がったそれは、空に掛かっていた薄暗い雲をも打ち払い、果て無く続く蒼空を俺の視界に引き摺り出して見せた。



 ――【地岳巨竜ちがくきょりゅう】アドヴェルーサ。古の時代より語られる伝説の存在が、今を生きる俺たちの時代に、その姿を現した瞬間だった。

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