第63話 微かな異変

 背後で、木製で品のある扉がバタンと閉まる。ギルドマスタールームでガレオにラトリアに関す事情説明を済ませた俺とラトリアは、廊下をずんずんと一階のホールへと向かって歩いた。


「いやー……ブチ切れてたな、ガレオ」

「ん……怒ってた」


 ラトリアと互いに頷き合いながら、俺は先程目にした光景を思い出す。


 ラトリアが、自分の過去を包み隠さずに話してくれた翌日。俺達はラトリアから得た魔法科学研究部で行われていた胸糞悪い計画に関する情報をガレオに伝える為に、朝一でギルドへと赴いた。

 初めはラトリアが一人で話すと言っていたが、それは流石にちょっとアレなので俺がついて行く事にした。

 全員で行っても良かったが、あんまり大所帯で押しかけるのも良くないと言う事で、俺だけが同行する事になったのだ。

 今更んな事気にすんのかって話だが、それはそれ、これはこれだ。

 そんな感じで今しがたガレオと話し込んでいた訳だが、ガレオはラトリアの口から伝えられた事と、その体を見て……大層、怒っていたな。


「声こそ荒げなかったけどよ、あんな剣呑な眼差しをしたガレオは初めて見たぜ」

「そう、なの?」

「ああ。無意識に火まで出してたしな」


 あれは中々強烈だった。ラトリアの話を聞けば聞くほど、どんどん目が据わっていく様は強烈な威圧感を放っていた。

 加えて、徐々に体の周りが蜃気楼の様に揺らめいていっていたからなぁ。感情の昂ぶりに呼応して魔力が溢れ出していった結果だが、机に置かれていたマグカップの珈琲をさせちまうとは思わなかった。

 本人は終始落ち着いた様子だったが、その心の内が如何に猛り狂っていたかが分かる。ガレオはあれでいて、その身に宿す炎の如く熱い心の持ち主だったって事だな……火事にならなくて良かった、いやマジで。


「しかし……を刺されちまったなぁ」


 ガレオの内面を賞賛しながらも、俺は頭をガリガリと掻く。

 今回のラトリアの件に関して、ガレオは俺に“余計な事はするな”と言って来た。正直若干カチンときたが、その後に聞いたガレオの話に俺はぐぬぬと唸るしかなかった。



『この一件、そう簡単な物じゃない。魔法科学研究部の馬鹿共がやっていた事は、学院と言う機関を根本から揺るがしかねない大問題だ。同じ様な事が二度と起きない様に、大本から解決する為にもギルドが全面的に動かなきゃならない。後腐れ無く綺麗さっぱり終わらせて、真にラトリアを解放してやりたいと思うなら、一人で突っ走る様な真似は絶対にするな』



 とまぁ、こんな塩梅でギルドマスターとしてのを受けちまった。

 ガレオの言う事はご尤もである。俺が直接乗り込んで全員ぶん殴って「ハイ終わり」ならそうするが、事はそう単純じゃない。

 ラトリアのこれからを考えるならば、無鉄砲に力押しで解決を図る訳にはいかないのだ。


「……まぁ、どさくさに紛れて加担した連中を一発ずつぶん殴るくらいなら出来るだろ」

「……? 何か、言った?」


 ぼそりと俺が物騒な事を呟くと、ラトリアが頭に疑問符を浮かべる。俺はその上から手を置いて、誤魔化す様にわしわしと撫でた。


「いんや、何にも。それよか、こっちの話は終わったんだから、さっさとリーリエ達に合流しようぜ」

「ん……分かった」


 いまいち納得がいっていない様子のラトリアの背を押して、俺は階下へと向かっていった。ま、なるようになるだろ。


 ◇◆


「あ、二人とも! ギルドマスターとの話は終わりましたか?」


 階段を降りてホールに戻れば、数多のスレイヤーの喧騒の中から手を振るリーリエの声が聞こえた。がやがやとした声が溢れる中でも、リーリエ達の声を聞き分ける事など造作も無い。


「おう、何とかな。そっちはどうだ、何かいいクエストはあったか?」


 アリアの居る専属受付窓口の所に集まっていたリーリエ達の元へ歩み寄り俺はそう聞く。窓口のカウンターには、数枚の依頼書が置かれていた。

 俺とラトリアがガレオと話をしている間、リーリエ達には今日受けるクエストのピックアップを頼んでおいたのだ。折角別行動を取ったのなら、その時間は有効に使わないといけないからな。


「えぇ、幾つかこちらの方で見繕ってみました」

「サンキュー。どれどれ……」


 依頼書を手に取り、俺は視線を落とす。

 フィールドは、結構バラバラ。山岳地帯での物もあれば、森林地帯での物もある。≪ガリェーチ砂漠≫の様な、砂漠地帯での物も……しかし、そのは皆一緒だった。


「うーむ、全部調査クエストか」


 俺がそう言うと、リーリエとコトハ、アリアが頷く。

 調査クエストは、原則採取も討伐も無い初心者向けのクエストだ。一番印象に残っているのは、リーリエと一緒に初めて受けた≪ネーベル鉱山≫での調査クエストだな。

 つっても、アレは途中から調査所じゃなくなった相当稀なケースだが。


「はい。他の討伐系のクエストも探してみたんですが、見つからなくて」

「見つからない?」


 はて、それは妙だ。どれだけ他のスレイヤー達に出遅れても、いつもなら低難易度のドラゴンの討伐クエスト位ならそこそこな数が残る。

 しかし、リーリエの口振りから察するにそれすらも無かった様だが。


「少なくとも、クエストボードには貼られとらへんかったね。うち等だけじゃなくて、他のスレイヤーの人達も困惑してはったなぁ」

「ワタシの方にも、討伐系の指名クエスト等は回って来ていませんでした」


 そう言って首を振ったアリアとコトハを見て、俺は顎に手を当てる。

 何らかの、があると見て間違い無い。普通はあり得ねぇ事だし、俺達以外の連中もどう言う事だと思ってる訳だからな。

 それと、依頼書に掛かれている内容も気になる。


「これ、全部発注元はギルドか?」

「ええ、そうですね。これだけ多くの発注元がギルドのクエストが出ているのは、ワタシも初めて見ました」


 マジかよ。俺がこの街に来る前から受付嬢をやってるアリアがそう言うって事は、益々怪しい。と言うか、キナ臭さすら感じるぞオイ。


「……内容としちゃ、生態系の調査が多いな」

「はい。そのフィールドでドラゴンの異常発生などが無いかの調査が、殆どですね」


 うーん。発注元がギルドなら、ガレオに聞いてみるのが一番手っ取り早いんだが……アイツ、忙しくなりそうなんだよなぁ。

 と言うのも、ガレオはラトリアと魔法科学研究部の事で今から直ぐに≪グランアルシュ≫へと発つつもりらしい。

 俺とラトリアが部屋から出る頃には準備を始めていたから、ガチで超特急で向かうって事だ。それを足止めするのは、流石に気が引ける。


「……しゃーない。今はこれしかねぇんだから、こっから選ぶしかないっしょ」


 ふぅと一つ息を吐いて全員の顔を見渡せば、皆一様に頷く。

 正直に言えば、中型種か複数の小型種の討伐クエストに行きたかった。理由としては、ラトリアに魔力弾を用いた戦闘の経験を積ませたかったから。

 ラトリアの力は、漸く新しい階段を一歩上がったばかり。まだまだ粗削りで、未知数な部分が多い。魔力弾を習得してから全然日数が経っていないので、当然の事だ。

 それを手っ取り早く磨くには、実戦が一番である。整った場所での訓練よりもリスクは伴うが、そこは俺達がカバーすればいいだけの事。

 だが、現時点でその目的に見合ったクエストは無い。となれば、今選べる選択肢の中で最善を目指すしかない訳だ。


「ま、は幾らでもあるか」


 そう呟いて、俺は重なった依頼書の中から一枚を選んでついっと引き抜く。与えられた手札が事故ってるのなら、脳筋なりに知恵を働かせないとな。

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