第31話 話が脱線する事ってままあるよね
一先ず訓練場での爆発事故を未然に防げた所で、俺は皆と手すり向こうの非訓練エリアに移動して事情を聴く事にした。
「で、一体全体どうしてああなったんだ?」
アリアから貰った濡れタオルで煤けて黒くなっていた左手を拭きつつ、俺は口を開く。少なくとも現段階で俺が知っているのは、何かしらの緊急事態が発生してそこから魔力測定の時みたいな事になりそうだったって感じのふんわりとした触りだけだ。
「はい……実はラトリアちゃんに火属性の基本魔法の一つ、【
「あの状況になったと」
「はい。座学は私達三人と一緒に勉強して
「……チミ達ぃ、俺には散々休めとか言っといて自分等は一日中勉強会しとったんか?」
じとっとした目で俺が低い声で問うと、ラトリアを除いた三人はふいっと俺から視線を逸らす。全く、いつもより大分遅めに起きたら誰も居なかったのはこれが理由か。
「まって……リーリエ達は、わるくない」
俺の視線から三人を庇う様にして、ラトリアが俺の前に両手を精一杯広げて立ちはだかる。や、やめろ! 俺が悪者みたいじゃないかッ!
「ら、ラトリア。別に俺は三人を責めたり怒ったりしている訳じゃないぞ? だからその……アリクイさんみたいなポーズはヤメテ!」
「そう、なの……? じゃあ、やめる」
「そうしてくれ……」
俺が慌てて弁明すると、ラトリアはすんなり納得して構えを解いてくれた。てか、何も突っ込まれなかった辺りこの世界アリクイが居るのか……いいねぇ、食ってみたい。
まぁそれはさて置き。何故ラトリアはこのタイミングでリーリエ達を庇ったんだ?
「ラトリア、ちょっと聞かせてくれ。お前は“リーリエ達は悪くない”っつったけど、それはつまり勉強会はラトリアの方からお願いしたって事でいいのか?」
「えっと……みんなはお休み中だったから、最初は一人でやろうと思った……けど」
「ワタシ達に見つかってしまったんです」
若干おどおどしながら話していたラトリアの言葉を補足しながら、後ろからアリアがその小さな肩にポンと手を置いて、俺の顔を真っ直ぐ見た。
「見つかった、ってのは?」
「朝、ワタシ達三人はいつも通りに起きて食堂に向かったんです。そしたら、本を何冊か抱えてキョロキョロしながら≪月の兎亭≫から出て行こうとしているラトリアさんの後ろ姿が見えまして」
アリアが状況を説明している内に、リーリエとコトハも自然と視線を戻して口を開いた。
「さくっとうち等で確保して、ちょっとお話を聞いたんよ。そしたら……」
「私が前日の夜に貸した幾つかの魔法関係の書物を見て、一人でこっそり勉強をしようとしていたんです」
「うぅ……」
苦笑しながら頭を撫でるリーリエに、ラトリアは恥ずかしそうに俯いてしまう。ふむ、そう言う事だったのか。
「ラトリアだけで、実際に魔法を使う練習は危ない……だから、まずは本で勉強しようと思った。リーリエ達には、ゆっくり休んでほしかったから……一人で」
「なーるほど。で、リーリエ達はそれに引っ付いて行って一緒に勉強会をしたって訳か」
「そうですね。確かに休業日でしたけど、折角だからと言う事で」
「人数は多い方がええし、うち等も特に予定があった訳でもあらへんかったからなぁ」
「四人で図書館に行って、静かな環境で過ごせたので有意義な時間を過ごせましたよ」
そう言って笑い合う女性陣達。どうやら、俺みたいに≪月の兎亭≫でゴロゴロするだけが休息になるって訳じゃないらしい……だがしかし、一つ言わせろ!
「……勉強会の経緯は、分かった。それがちゃんと休息にもなったって事も……でもさぁ! 何で俺の事仲間外れにしたん!?」
ガッと俺は自分の頭を両腕で抱えて体を大きく仰け反らせると、そのまま地面に倒れ込んでごろごろと悶絶する。
図書館行くんだったらついでに俺の用事もこなせてたのに――あ、駄目だわ。頭使う様な真似したら俺にとっては全く休業日にならんわ。じゃあラトリアに何か教えられる事があるかと言われると……そ、それとこれとは話が別や!
恥も年甲斐も全てかなぐり捨ててデカい身体をガンガン転げまわらせる俺を見たリーリエ達が、焦った声を上げた。
「ち、違うんですムサシさん! 別に、仲間外れにしようとしたって訳じゃ……」
「じゃーなんで起こしてくれなかったん!? 言っとくが、俺休日の朝に叩き起こされたくらいじゃ怒らんぞ!!?」
「お、起こそうとはしましたよ? でも、部屋の外からワタシ達が何度呼び掛けても反応が無くて……」
「じゃー部屋に入って来ればいいじゃん! 鍵なんか掛けてねぇよ!!」
「そ、そないな恐ろしい事出来る筈あらへんやん! 寝てはるムサシはんに近付いたら、何されるか分からへんし……」
「どう言う事なの!?」
コトハの言葉で一様に顔を赤くした三人を見て、俺の頭に疑問の嵐が巻き起こる。いや、マジで俺寝てる間に何やってんだよ……定点カメラで録画したい所だが、そんなモンこの世界に無いだろうしなぁ。
そんな感じでギャースカ俺達が言い合っていると、一人蚊帳の外だったラトリアがとてとてと歩いて来ると、スッとしゃがんで俺の顔を両手で挟んだ。それだけで、暴れ狂っていた俺の体はピタリと動きを止める。
「……ムサシ」
「お? どうしたラトリア」
「だいじょうぶ……次からは、ラトリアが部屋の中まで行って、ちゃんと起こすから」
「「「っ!?」」」
視線を逸らさずにそう断言するラトリアだが、事情を知っているであろう三人が非常に慌てていらっしゃるな。
「ら、ラトリアちゃんそれはダメ!」
「……? どうして?」
「そ、それに関してはワタシ達が後で説明しますから……兎に角、危険ですので止めて下さい」
「………っ!」
わたわたと大雑把に事情を説明するリーリエとアリア、コトハはその後ろで顔を両手で覆ってプルプルと震えていた。白いケモ耳が赤く染まっている辺り、恐らくあの謎の
「まぁ、アレだよラトリア。俺も事情はよく知らんが、寝ている間の俺はドラゴンばりに危険な存在らしいから、あんま不用意に近付かない方が良いみたいだぞ。気持ちだけ受け取っとく」
「むぅ……でも、仲間はずれには、したくない」
「大丈夫、次からは気合で起きるから……して、ラトリアよ。俺から一つ忠告をしよう」
「……? なに?」
きょとん、と首を傾げるラトリアだが、今から伝える事に対する反応次第では……俺、衛兵の詰め所に出頭せなアカンかも。
「倒れてる人間にその姿勢はいかんぞ――パンツ、丸見え」
「……あっ」
重々しく告げられたその言葉に、ラトリアがハッとした様な顔になる。対して、散々騒ぎ立てていたリーリエ達はピタリと静止した。
そう、今のラトリアは俺の顔面の前に膝を八の字にしてしゃがみ込んでいる状態。即ち、
丈の長いあの私服ならいざ知らず、今のラトリアはきっちりクエストに使う防具を着込んでいる。つまり、ミニスカな訳で、その状態でしゃがめばそらこうなるよ。
しかしそうか、ラトリアは縞ぱんなのか……やはり、下着も魔法少女のイメージを忠実に守っていると言う事なのかね。
俺がそんな風に冷静に分析していると、少しそわそわした後――表情を変えずに、ラトリアが口を開いた。
「……もっと、みる?」
「勘弁して下さい……これ以上は俺殺されるっす……」
ラトリアの背後に見える三柱の鬼神を視界の端に捉えながら、俺は丁重にその申し出を断る。そして、ラトリアの手が俺の顔から離れると同時にシュパッと立ち上がった。
「お叱りは後で受ける。今は話を元の路線に戻そう」
「分かりました。今は、そちらの方が大切ですからね……でも」
色々と諦めた俺に、リーリエが代表して話し掛ける。うーん、張り付いた様なこの笑顔……相変わらず怖いなぁ!!
「あ と で 、 お は な し を し ま し ょ う」
「……ハイ」
にっこりと笑ったまま無感情にそう言うリーリエに、俺は乾いた返事を返す事しか出来なかった。
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